罵倒と喧嘩は地下の華
『立て続けに予想外の事態に見舞われているけれど、改めて気を引き締めて捜索に取り掛かりましょう。……流石にこれ以上は起こらないと思いたいわね』
妙にフラグっぽいセリフを後付けしたパトロは歩き出す。俺達もその後ろ姿を追いかけて路地裏を進む。
地上の路地裏とは異なり建築物は木造建築ではなく土を外壁に使用しており、どの建物もどこか全体的に角ばって屋根はドームのような丸みを帯びた形をしている。
こんな感じの見た目の建築物、どこかで見覚えがあるんだよな。えーっと、どこだっけかな……島の名前はど忘れしてしまったが、エーゲ海に浮かぶ白い建物がいっぱい立ち並んでいる島、あんな感じだ。建物そのものは白色ではなく茶色だが。
そして建物のほとんどに窓らしきものが見当たらない。地下であるから日が差し込む事も、雨が降る事も、風が吹き込む事もないので、窓そのものが不要なのかもしれない。パット見だと屋根のついた土で出来たコンテナみたいな感じだな。
路地裏を進むに連れて、大通りにあたる方角から喧騒の声が徐々に耳に届き始め、次第に怒号、罵声、悲鳴が混じり合いながら各々のボリュームが増していく。
「ったぁ、テメェーどこ見て歩いてんだゴラァ!?どこの組織のモンじゃワレェ!?」
「あァン!?テメェこそどこに目ん玉くっつけて歩いてんだボケコラカス!!切り刻まれてェのかぁ!?」
「舐めた口利きよってからに……ドタマかち割ったるわ!!」
「やってみぃボケコラカスがァ!!」
「――クソがどこ行きやがったあのアマァ!!?」
「頭ァ!あっちで上の奴が暴れてまっせ!!」
「あんだとぉ!?んだってこのクソ忙しい時に!!わーった!!すぐ行くからテメーはあの逃げたアマを探せ!!」
「了解ッス!!」
任侠映画の一幕を想起させるような罵詈雑言が大気を震わす。ガシャンと何かが割れる音が響き、どこかで発生した衝撃が地面伝わり、振動が足元に届く。
「……え、これ本当に大通りに出て大丈夫なのかい?」
「『黒隠糸』を装備していれば問題はない……、はずなのだが、今日は前回私が此処へ着た時より随分と殺気立っているな……」
『普段はこれの3割減といった具合なのだけれど、確かに飛び交う怒声が少し多いわね……』
「何かあったんですかね」
『そう考えるのが妥当ね』
突入前に説明を受けていた通りの世紀末っぷりである。いや世紀末というか無法地帯というか。鉄火場や激戦地を連想させる劈くような怒声混じりの罵り合いがそこかしこから届く。
「喧騒の中に気になる会話もあった。上の奴、という発言は地上の人間の事を指している。つまりムルフィームの街から降りてきた誰かが地下で暴れ回っている余波を受けての事だろう」
『うちの別部隊の誰かかしら。奴で単独だと数人思い当たるのはいるけれど……』




