逆側から叩くと引っ込む
鎖を解いたパトロは扉の取手を両手で握り締めると、ゆっくりと左右に動かして扉を開放する。ギシギシと金属が擦れる音と共に開いた先には寂れたエントランスホールが広がっていた。寂れた外観と同じく、内観は床や天井、壁も含めて全体的にあちこち傷んでボロボロになっている。家財道具などの類いも一切ないただ広いだけの空間だ。
『……ここも生体反応、熱源反応は共になし。進みましょう。地下保管庫はこの先よ』
窓の隙間やひび割れた壁の合間から差し込む月明かりだけが光源の薄暗い空間を、パトロは迷いのない足取りで進む。歩く度に床がギシギシと軋む音がするが、相当年季の入っている建物のようだ。床板の所々には穴が空いている箇所もあるので注意しながらついて行く。
エントランスホールを抜けて突き当りを右に曲がると、すぐに下りの螺旋階段が現れた。地下へと繋がる場所であるから月明かりが差し込まず、完全な闇が待ち構えている。
『サウス。探照灯を』
「ハッ!」
パトロの指示を受けたサウスと呼ばれた部下が前に出ると、彼はヘルメットの右側頭部を2回叩いた。するとヘルメットの上部から小さな筒状の物体が迫り上がり、眩い光が炸裂した。
「ッ!?」
「うわまぶしっ!?」
闇を払いのける閃光に目がくらんだ俺とレオレクスは思わず顔を背けた。まさかのヘルメットから出るのかよ!?懐中電灯を取り出すとかじゃないのか。あとしれっとおもしろギミック披露しないでくれ。なんで側頭部叩くとライトが頭頂部から出てくるんだ。
『あら、ごめんなさい。大丈夫だったかしら?』
「な、なんとか……」
「閃光弾でも炸裂したのかと思ったんだけど?そもそも明かりがあるなら最初から使うべきじゃないのかい?」
『そうしたい所なのだけど、この探照灯形態は連続照射時間に制限があるからあまり長くは使えない機能なの、ごめんなさいね。今は一刻でも時間が惜しいわ、ひとまず先を急ぎましょう』
「……、ハイハイ」
そう言われては流石に返す言葉がないのか、レオレクスは大人しく引き下がる。頭頂部から光を発するサウスが先頭に代わり、階段を下っていく。それから地下へと下り続けて数分。螺旋を下り続けて若干の目眩を覚えはじめたころ、ようやく開けた空間へと辿り着く。
「ここが地下保管庫とやらかい?」
『ええ、そうよ』
「…………保管庫、ねぇ。何を保管してたのかはあえて訊かないでおくよ。説明も要らない」
レオレクスの声音が下がるのも無理はなかった。なぜなら辿り着いた地下の空間は、さながら監獄のようであったからだ。
中はもぬけの殻だが鋼鉄製の檻がいくつも立ち並び、壁には鎖で繋がれた手錠が吊り下がっていた。……いや、監獄というよりは保管庫という名称から推測するに、この中に収監されていたのは犯罪者ではなく奴隷だろうか。
という事は、この廃墟は奴隷商館だったのか。地下深くにあるのも、奴隷が簡単に脱走出来ないように設計されたのだろう。
そしてこの空間のどこかしらにあるとされる隠し通路がジオフロンティアに繋がってるというのであれば、それはその建物も犯罪に関わる、もしくは関わっていた建物であるのは当然か。
【用語解説】
・奴隷商館
ムルフィームの街中にはかつての大戦の名残でいくつも奴隷商館が立ち並んでいましたが、現在はゴルドノア主導による区画整理の影響を受けて奴隷商人は一斉摘発を受けて地上から姿を消し、摘発を逃れた商人達は監視の目が届かない広大な地下空間を開発してジオフロンティアを創り上げるに至りました。
なのでジオフロンティアのとある区画には、現在も奴隷商館が存在しており、サンセット、ルナティスの大陸から連れ去られた人々が労働力として使役されています。
ムルフィームの地下は全体に特殊な魔力溜まりが形成されており、従機士の『機械魔臓』が過負荷状態になりやすく、熱暴走を起こしてまともに稼働が出来ずに労働力としての代替が出来ない為です。




