都立星煌台高等学校1年C組 担任教師 紅井朔夜
翌朝。前日の雨で濡れた通学路に落ちる水溜りを避けながら最寄り駅まで徒歩10分、そこから更に満員電車に揺られて15分、更に歩いて10分進むと俺が通う都立星煌台高等学校が見えてきた。
偏差値はまあそこそこで部活動実績もあったりなかったり。毎年赤門に合格者を出しているなど、進学科は都内でも指折りらしいが普通科の俺には特に関係のない話。昇降口で上履きに履き替え、2階にある教室へと向かう。正面の黒板から見て6列並ぶ席の窓際から二列目最後尾、そこが俺の席である。
「おはよー蒼馬」
「…………ん?ああ、おはよう鏡」
ちなみに前の席に座っているのは蒼馬である。やや鈍い反応で振り返る蒼馬の目の周りにはくっきりと隈が浮かび上がっていた。寝不足なのか?珍しいな。
「なんか目の隈すごくないか?」
「ああ、これか。これはまあ……、色々あってな」
「ふーん?」
自分から理由を話したがらないならまあ無理に聞かなくてもいいだろう。話したい時は勝手に話してくるからな蒼馬は。背負っていたリュックの中身を机の中にぶち込み、教室の後ろに並ぶ個人用ロッカーへ空になったリュックを片付ける。そういや龍斗とは昨日一緒に遊んだけど蒼馬は誘ってないから何やってたのか知らないんだよな。運営から配られたお金、何に使ったのやら。
「っかーあぶねぇー!!ギリギリセーフ1分ま――ふげぇ!!?」
けたたましい声とどんがらがっしゃーんというギャグみたいな音が教室に響き渡る。音の発信源へと視線を向けると、そこには教室の机へとボウリング玉のように飛び込んだ龍斗の姿があった。
「痛ってェェェ!?」
「まーた龍斗がバカやってら」
「1週間に1回は転ばなきゃいけないノルマでもあんのかよ森河」
「ちげぇって!!なんか入口めっちゃ滑ったんだって!?」
「あー、オレさっきそこで飲んでた水零したからかも」
「拭いとけよ!?」
「廊下走る森河が悪いんじゃん?」
「森河!アンタ早くぶつけた机直しなさいよ!」
「ぐぅ……!朝からついてねぇ……!」
「ハイハイ、テスト終わって休み明けで元気一杯でなによりだけど、もうそろそろ朝のHR始まるから席につけー」
龍斗がクラス内を騒がせていると朝のHRの予鈴が鳴り響き、前扉から気だるそうな顔をしながら担任の紅井先生が出席簿で肩を叩きながらやってきた。
「あ、アカちゃんせんせーおはー」
「アカちゃんおはよー」
「アカちゃん言うなー?遅刻扱いにするぞー?」
紅井先生はゆったりとした足取りで教壇に立つと、欠伸を噛み殺しながら出席簿を開く。
「んー、欠席は……連絡のあった影宮だけか。他は全員いるなー、ハイ出席確認終わりー。連絡事項は……今日は1限目に先週のテストを返します。赤点取ったヤツは補習の課題を出すので今週中にやってくるように。あとは今月末体育祭なので、6限目のLHRでは出場する種目を決めます」
「おお!体育祭!!」
「えー、だっる」
「どうせスポーツ科のB組が勝つでしょ」
「ガリ勉の特進科のA組には負けたくねー!!」
「ハイ!朔夜先生ー!」
「なんだー後藤」
「体育祭優勝したら朔夜先生からご褒美とかあったりしますか!?」
「あるわけないだろー?教師の安月給を舐めるなよー?……まあ万が一勝てたら考えてやらんでもない。ハイ、朝のHR終わり。1限目始まるまで私は寝てるから静かにしてろー?騒がしくしたら現国の成績下げるからなー」
教壇から降りた紅井先生は、すぐ傍に置かれた教師用の机と共に置かれたリクライニング調整が可能な少し高そうな椅子に座ると、ポケットから取り出したアイマスクを付け、背もたれを傾けて宣言通り寝た。
入学当初は度肝を抜かれたが、二ヶ月も経過すれば今やすっかり見慣れた光景となってしまった。慣れって恐ろしいなぁと思いつつ、机の中から筆記用具を出して、1限目のチャイムが鳴るまでぼーっと過ごす。




