急ハンドルは事故の元
敏捷が大きく上昇した影響だろうか、足全体がものすごく軽くなった気がする。敏捷約3倍とパッシブスキルの効果、果たして一体如何ほどのものか。
「…………準備は済んだのかしら?」
「はい、大丈夫です」
「…………そう。なら、その言葉が偽りではないことを確かめさせてもらう」
そうして停止状態からの再びの加速。鎖に繋がれた左手が引っ張られ、身体が前へと押し出される。出だしは若干の不安はあったが、小柄な体躯にも関わらず豪脚で進む彼女の後ろ姿を付かず離れず一定の距離を保ちながら追跡が出来ていた。これが敏捷200の効果か。
スタミナの減少も先程よりははるかに緩やかになっていた。パッシブスキルの『高速走行』の効果もあるのだろうが、敏捷が上がるとダッシュ時の消費スタミナ自体も軽減されるのだろう。
「…………私の目に曇りはなかったようで安心した。なら、もう少し疾くする」
「え」
前方を走る少女が頭を下げて前傾姿勢になった途端、牽引する力が一層強まるのを感じた。それでも急成長させた両脚はもつれることなく、息も切れる事なく前へ前へと身体を突き動かしていく。
この速度上昇で変化があったとすれば、スタミナの消費速度が少し早まった事だ。つまりこれは、俺自身まだ速く動く事が出来るということではないだろうか?
VRゲームでは自身が操作するアバターに対して脳波による操作を行う。ダッシュであれば「走れ」モノを掴むのであれば「掴め」障害物を飛び越えるなら「飛べ」といったように、脳で思考した事を機械が読取り、アバターの動きに反映される。
現在アバターを操作して走っているのも、自分の考えうる限りの全力疾走なのだが、眼の前を走る少女を見ていると自分のイメージする全力、限界といった壁が拡張されていくのを感じる。
重力や慣性の法則といった物理法則が現実と同レベルで実装されているゲームだ、空気抵抗などの要素もあるのだろう。いやまあ物理学に詳しいわけではないので、どの程度まで完全再現しているのかはよく知らないのだけれども。
それでも走行中の姿勢を変化するだけで移動速度が上昇するのであれば、その恩恵は俺自身にも訪れるのではないだろうか。同じような前傾姿勢を先程のトネルオラージュ戦でランゼルがやっていたな、確かこう、地面に潜るんじゃないかってくらい低い姿勢だったような。
眼前の手本も合わせて見様見真似、ぶっつけ本番で身体を徐々に傾けてみるが……、
「――あ」
――そう簡単に出来れば苦労はしない。傾けた瞬間に気づいてしまった、間違いなく転倒する。先程の転倒寸前回避より遥かに速い速度で気付いた時点でもう遅い。バランスを自ら崩した事で俺は地面に顔面から飛び込んだ。
「ぐげ!?」
ド下手くそな腹部強打のヘッドスライディングを披露したことで鎧を貫通して衝撃が肉体に襲いかかり、20のダメージを負う。
「――っ!」
そして鎖で牽引していた俺が転倒した事により、前を走っていた彼女も急停止を強いられて後ろへと引っ張られるが難なく着地。俺の背中に。追加で20のダメージを受けた。




