本日の営業は終了しました。――嘘である。
ログイン後、もはや満員電車内かと思うほどに溢れたプレイヤーの大群衆をすり抜けてギルドから出た俺は、予定の時間よりはまだ早いが『シュペルブアルム』へと向かう事にした。
その道中、トネルオラージュとの戦闘の余波で崩れた建物を修理するNPC達を見かけた。
戦闘が終了したら崩れた建物は即座に元通り――という事はなく、現実と同じように壊れたら壊れたままなのだ。自動修復というゲームでよくある復元機能が存在しない事実に、このゲーム内のNPC達はこの世界で生きているのだと実感させられる。
首からぶら下げたタオルで汗を拭いながら崩れた屋根の修復作業を行う、小麦色にこんがり肌の焼けた茶髪ショートカットの女巨人族のNPCに目を奪われつつ、ヴィレジャスさんの店まで歩みを進める。
我ながら巨人族相手になると視覚から取得する情報量が多くなる事実に、若干の自己嫌悪を覚えつつも、目的地である『シュペルブアルム』が見えてきた。
『ディパート』や『フォルジュロン』と同じようにプレイヤーが大挙で押し寄せていたらどうしようかと思ったが、どうやら杞憂だったらしくプレイヤーの姿はなかった。
もしかしたらこの店の存在はあまり知られていないのかもしれない。解放条件の詳細はよく知らないが、戦闘訓練をこなしてNPCから紹介してもらう必要があるから誰でも利用出来る武器屋じゃないしな。
入口である扉に近づき、ぶら下げられた立札には『本日の営業は終了しました』と書かれていた。
……あれ?これ入っていいのか?雨は上がっているから立札は変更したんだろうけど、大丈夫だよな……?
不安を抱きつつも扉を軽く押してみると、上部に取り付けられた鐘の音がカランと鳴りながら扉は動いた。どうやら施錠はされていないようだ。
「お、お邪魔しまーす」
ゆっくりと扉を押し開けて恐る恐る店の中へと足を踏み入れる。つい数時間前に入店した時は足元に漆黒の短剣が突き刺さったが、今回は飛来してこなかった。もしかして休憩中なのか?休憩の概念があるのか知らないけど。
静まり帰った店内に人の気配はなく、特異な形状の武器や防具が並んでいるだけである。
……ん?あのなんかやたらデカい斬馬刀売れたのか見当たらないな。モーニングスターもない。他のプレイヤーが購入していったのだろうか?
「…………戻ってたのね」
「――うぉは!?」
いつの間に背後にいたのか、背中から聞こえた声に驚き素っ頓狂な声を上げてビビリ散らかす。振り返ると、そこには店の用心棒を務める少女の姿があった。
「…………戻ったのなら返して」
「返す?……あ、ハイ。ちょっと待って下さいね」
そういえばレインコートを借りていたなと言われて思い出す。戦闘中に破損しては困ると装備解除したので、今の今まですっかり忘れていた。ステートウォッチを操作して『漆黒のレインコート』を取り出し、手のひらへと置いた。
「ありがとうございました」
「…………ん。破れたりはしてないようね」
ジロジロと返却されたレインコートを調べているが、耐久値が減少していたら何かしらのペナルティがあったのだろうか?返さなければ吊るすとは言っていたが。
「…………もし破けていたら、破けた箇所と同じ数だけあなたを破いている所だった」
人を破くとは一体?もしかして紙か何かだと思われてる?




