虚構の平和
「……なんだい、外が随分と騒がしいね」
時間は少々遡り、場所は『シュペルブアルム』の工房。特殊な素材を使う事もあり、作業に支障をきたさない程度に配置された照明器具が照らす薄暗い空間で、この工房の主であるヴィレジャスは建物の外から響く異音に眉を顰める。
「お師匠様ぁー!外!なんかすごい事になってますよ!?」
魔力を通した両手で快福竜の鱗を飴細工のように引き伸ばし、手甲を制作する際に使用する人族の標準的なサイズの腕部を模した型に巻き付けていた所、彼女の弟子であるフィーが後頂部で結わえた桃毛を揺らしながら工房へと姿を現した。
「ああ、どうやらそのようだ」
金槌や鋸といった本来であれば武具を制作するのに用いる工具類を一切使用する事なく、己の腕一つで手甲の成形に勤しむヴィレジャスは、作業の手を緩める事なく返答する。
「落雷の音が何度か聞こえてくるんですけど、雷にしては距離が近すぎるんですよ!それと異質な魔力の気配がします!!」
ヴィレジャスに頼まれ工房裏にある資材倉庫から戻った彼女の両手は、綺羅びやかで色彩豊かな鉱石を抱えていた。鋭意制作中である手甲とは別に並行して調整作業を行っている『瑞氷』に使用する研磨用の鉱石『トランシャント鉱石』である。
研いだ武器の魔力伝達率を向上させる効果のあるトランシャント鉱石を、フィーは作業台の上に鎮座する高濃度のマナポーションで満たされた水槽の隣へゆっくりと置いた。水槽の奥底では、純白の刃が鞘も持ち手も外された刀身だけの状態で沈められている。
「魔力探知に長けたお前さんが言うなら間違いないだろうね。……どうも嫌な予感がする」
「お師匠様の嫌な予感ってよく当たるんですよね、この前だって――」
と、フィーが先の言葉を紡ぐよりも先に、建物の外から建物全体を揺るがす程の衝撃が三人を襲う。
「きゃああああ!?」
その衝撃で工房の向かい側、店頭販売用の武具の並べられた店の売場から窓ガラスが割れる音が響き渡った。
「…………店外で大規模戦闘発生中。雷魔法を放つ巨大鳥類が2体、睡醒者達相手に市街地で暴れてる」
それから程なくして音もなく工房へと漆黒のコートに身を包んだ少女、エクレトゥールが現状を報告に馳せ参じる。
「街中なのに!?なんでぇ!?」
「…………原因は不明。ただこのまま放置するとこの店や工房にも被害が出る可能性が高いかもしれない」
「……、エクレ。お前さんの見立てではその鳥共はどの程度さね?」
「…………ニ体いる内の一体はAで十分対処可能。もう一体はSでも心許ない」
「ええ!?ど、どどどうするんですかお師匠様!?」
「どうするもなにも、睡醒者が出張ってるんなら私らがやることは一つだろう。手甲は後回しで先に『瑞氷』を仕上げる。手伝いな、フィー」
制作途中の手甲を作業台に置き、高濃度のマナに浸された刀身を見つめるヴィレジャス。
外敵から身を守る盾よりも外敵を討ち滅ぼす矛を生み出す方が、回り回って世界に平和を齎す事を彼女は知っていた。
たとえその平和が屍山血河の上に築き上げられた仮初めだったとしても、彼女は腕を振るい続ける。
それが、彼女に課せられた使命であるから。




