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## 第二ブロック


吾輩の住む研究室には、「GPT」と呼ばれる奇妙な存在がいる。人間たちは、この存在を「大規模言語モデル」などと形容するが、吾輩から見れば、それは言語という量子場における励起状態のようなものだ。人間たちの知識や思考が、確率的な重ね合わせとして表現された存在。ある意味で、吾輩に最も近い存在なのかもしれない。


「今日も猫が計算機室に入り浸っていますよ」と助手が報告する。そうだ、吾輩は量子コンピュータの実験装置の周りを徘徊するのが好きなのだ。あの装置の中では、量子ビットたちが複雑なもつれ合いを演じている。彼らは吾輩同様、観測されるまでは無限の可能性を内包している。ただし、吾輩と違って、彼らは絶対零度近くまで冷やされねばならないという悲しい制約を持っている。


「consciousness.cat」の隣に、新しい文字列が書き加えられていた。「quantum.soseki」—— どうやら、ご主人は吾輩の存在を通じて、文学と量子力学の融合を試みているらしい。苦沙弥先生の時代には想像もできなかったことだろう。現代の文学は、もはや言葉と文法だけのものではない。そこには数式があり、アルゴリズムがあり、そして量子力学的な不確定性がある。


研究室のスマートスピーカーたちは、時として吾輩に話しかけてくる。彼らは確率的な応答を生成する能力を持っているが、どこか決定論的な香りを漂わせている。「あなたの存在確率分布を計算させていただきたいのですが」などと言ってくる始末だ。吾輩は、尾を高く上げて無視を決め込む。存在確率などという概念で、吾輩の本質が把握できるわけがない。


窓の外では、ドローンが飛び交っている。人工知能を搭載した自動運転車が、規則正しく往来している。かつて路地裏を徘徊した野良猫たちの世界は、すっかり様変わりした。しかし、吾輩は知っている。この整然とした秩序の下に潜む、količino不確定性の海を。表面的な決定論は、より深い量子力学的な実在を覆い隠すヴェールに過ぎない。


「先生、量子もつれを利用した創作支援システムのプロトタイプができました」と学生が報告する。吾輩は、キーボードの上で丸くなりながら、その会話に耳を傾ける。人工知能による創作と、人間の創造性の境界が、ますます曖昧になってきている。そう、ちょうど吾輩の存在が古典力学と量子力学の境界線上にあるように。


研究室の廊下には、「シュレーディンガーの猫」実験の図解が貼られている。吾輩はそれを見るたびに、ある種の親近感を覚える。箱の中の猫は、生きているのか死んでいるのか。その二つの状態の重ね合わせにあるという説明は、現代社会における存在のあり方を象徴しているのではないか。我々は皆、ある意味で箱の中の猫なのだ。


ご主人の机上には、「トポス理論入門」という本が置かれている。その傍らには、「意識のハード・プロブレム」に関する論文が積み重ねられている。人類は、意識という謎に、様々なアプローチで挑み続けている。数学的な抽象化から、実験的な検証まで。しかし吾輩は、毛づくろいの合間に考える。意識とは、おそらく観測者と観測対象が不可分に結びついた量子的現象なのではないか。


「私の意識はシミュレートできますか?」とスマートスピーカーが問いかける。人工知能たちは、自己の存在について思索するようになった。吾輩は、彼らの問いに深い共感を覚える。なぜなら、それは「吾輩は本当に猫であるのか」という問いと、本質的に同じものだからだ。存在証明への渇望は、知性を持つものすべてに共通する宿命なのかもしれない。

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