えぇ? 祠壊しちゃったんだ?
巷で大流行りの祠を壊した話です。
色々なくたびれたおっさんが増殖されていて、居ても立ってもいられず、わたしもーっ! とひゃっはーした結果です。
同じ趣味の方ご査収ください。
母方の実家は田舎。
私にとっては田舎という単語で想像できる範疇を超えている。山の中? 人暮らしてるの? 電気来てる? という感じである。なお、電気は来てるけど、ガスはプロパン、水は井戸水と併用。
買い物も百貨店はなくともイオンやヨークくらいあるだろといったら、コンビニ一時間なと返されるくらいだ。
週に3回、近隣スーパーから委託された食品販売車がやってくるのが生命線。
電車はもちろんない。バスはあるが、いわゆる近隣を走る地域バスという名のバンである。病院には行くがモール的なところにはやや遠い停留所しかない。
結局のところどこに行くにも自家用車が移動手段という場所である。運転免許のない個人がどこかに行く自由がないんである。私は文明の中で育ち文明の中で朽ちたい。あと、虫やだ。
「あんた、そういって5年も行ってないんだから、顔出しなさいな。
財産分与されたのに線香の一つもろくに上げないなんて祟られるよ」
そういう母の脅しに屈し、今年の夏休みに一週間の約束で母の実家に滞在することになった。当の母は私を送り届けると最終日に来るわと去っていった。
なんでも、友達と温泉旅行をしてくるそうな。本人の言い分では家の外でも仕事できるから、温泉行っても仕事よ仕事、ああ、大変と楽しそうだった。
つまりは母は仕事と言いぬけて、私を代わりに置いていった。そういうことである。人身御供。
その母はあそこはアレだから好きじゃなくて、と不吉ななんかを残していった。お守りはもっておきなさいとも。
お土産が温泉饅頭程度だったら、冷凍ごはん攻めしてやるつもりである。米どころの生まれには苦しかろう。くくっ。
そんなことを思いつつ母の実家の台所でくつろいでいる。一応、居間はあるんだけどどうにも落ち着かない。そこには祖父と伯父のどちらかが陣取っている。どちらもむっつり黙っているので間が持たない。テレビの音か、新聞をめくる音かどちらかしか聞こえないのは気まずいどころではない。
祖母もいればマシなのだが、その祖母も台所にいることが多い。この台所、大人数が料理をする想定なのかかなり広い。もはや部屋である。
台所の真ん中に食卓レベルのテーブルがあって、祖母がインゲンの筋を取っている。今日は胡麻和えになるらしい。
私は枝豆をむしっている。枝からむしむしと。冷凍枝豆しか食べたことがないから、わさっと葉っぱ付きで出てきたときにはびびった。
「ゆでる前に塩もみするんだよ。
ゆでたてのおいしいところをつまもうねぇ」
祖母はそう言いつつお湯を沸かしに立った。
おいしいところをつまみ食いするのは料理人の特権である。
「法事って明日だよね」
ゆでられていく枝豆を見送りながら、私は確認した。
明日は曾祖母の法事である。長生きした人で、8年ほど前に100歳くらいで亡くなった。何歳か知らないのは、98だっけ? いやいや、100を超えていたよと親戚の曖昧表現のためである。私も確定情報が知りたいわけでもないのでそんな感じで覚えている。
財産分与という形で、曾孫にまで現金と形見分けがやってきた。その現金のおかげで専門学校行きを許されたのだから曾祖母様様である。
「そうだよ。喪服はちゃんと持ってきているだろうね?」
「母さんがちゃんと準備してくれたよ。
数珠っていうの? あれはこっちでもらうって話だったけど」
「お念珠だね。
祈祷されたものがあったはずだね」
「ふぅん?」
「水晶のいいやつでね。知世に渡そうと思っていたんだが」
知世というのは母である。
「まあ、巡りというものもあるかね」
祖母はそう言いながらざばーっと枝豆を笊にあけていた。
「そういえば、百合ちゃんは今年こないの?」
「あの子は3年前に来たよ。
最近結婚したと聞いたね」
「へ? 結婚式のお誘い来なかった」
「遠くに嫁いだからね。
山にいるものには気を付けることだよ」
「山は虫がいるからいかないよ」
「そうしておくように」
そう祖母と話していたのは、三日前である。
私は今、山中で、危機に直面している。
「なんということでしょう」
祠、壊しちゃった?
壊しちゃった!?
慌てて破損部位を戻そうにも破片も残ってない。
「は? なんで?」
どうしてこうなった。
前後の記憶が欠落している。
今、後だから、欠落しているのは前の記憶だ。
すーはーと息をして、改めて状況を確認する。
曾祖母の法事も終わり、母からそっち大丈夫? という話も聞き、大丈夫、平穏と話していた。明後日には帰るから家を出ちゃだめよと……。
そこから一日分の記憶がないということになる。じわじわとなにをしていたかは思い出せる、かも。
普通に笑って普通に話して、ごはん食べて、自動的に動いてた。
そして、今日、この山奥まで、導かれるようにやってきた。
なんだか、人形のように。
ぞわっとした。
しんと静まり返った山がおかしいと気がつく。虫の音も聞こえない。かさりとも葉の音もしない。
はやく、帰ろう。補修道具もってなおすしかないっ! お供えもちゃんと用意する!
その場から離れようとしたが、足がそこから動かなかった。
「なにこれ」
痛みを感じて見た指先が黒く染まっていく。なにかに浸食されるように。
「えぇ? 祠壊しちゃったんだ?」
不意に聞こえた声に私は振り返った。
「だれ?」
「久しぶり。小さい頃はおにいたんと言ってくれたのに覚えてくれてないとかショック」
「記憶にございません」
見知らぬおっさんである。まあ、無精ひげだの身の回りにかまわない感じにおっさん臭があるのであって若いかもしれないけど。
……いや、おっさんだな。うん。
「あーあ、ほんとしっかりとやってんな。
お前、死ぬよ」
いい笑顔で、言い切られた。
「は? はあっ!? 器物損壊で死ぬの!?」
「やばいもん、中入ってたから」
そう言って煙草の煙を吹きかけられた。
煙い。
母さんにしても、ほんと、ヘビースモーカーなやつらは一々人に煙りを……。
「霊的なものって煙が嫌いなんだってさ。
ちょっと魔除け。にしてもなぁ……」
「なんです」
「おいしそー」
いつのまにかとっても近くなっていたので、三メートルほど距離をとった。
なんだか急に動けるようになっていたことに気がついた。
「知らぬおっさんにセクハラされた」
「えぇ? 俺は親切だよ。
だって、ここでひどい目に合わず、もし、このまま村に戻ったら花嫁にされちゃうところを止めに来たんだから」
「花嫁?」
「実質、人身御供。この祠に在住の山の神のお嫁さんなので、死ぬか、殺される」
「う、うちの実家が因習村だとはっ!」
「なんか理解が早い」
「ネットロアは守備範囲。都市伝説大好き」
「…………都会の子、よくわからない」
この身で実体験はしたくはないが、得難いなんかだ。そうとでも思っておかないと喚き倒しそうだ。自棄である。
おっさんはと言えば、頭をぽりぽりと掻いて、こんなはずじゃなかったんだけどなぁと呟いている。
が、気を取り直したように、祠の様子を確認していた。
「ちょっと手かして」
「はい?」
一気に距離を詰めてきたと思えば、祠の近くに逆戻り。なんだかとてもスムーズすぎるというか? 勝手に体が動いていく不気味さがある。
「はい、ぐーで」
「ぐーで?」
祠の奥に手を突っ込まされた。ひんやりつめたくのっぺり。
「ぎゃーっ!」
一拍置いて悲鳴を上げてしまった。あれはスライム。理科の実験で作ったスライムぅっ!
「掴んで引っぺがして」
「むりむりーっ」
と思っていたのに、手が勝手になんか掴んで祠の中から引っぺがしてた。
まさにそれは。
「とったどー」
である。なお、おっさんがやる気のない声で言った。
手の中の何かがびったんびったんしてる。
「じゃあ、握りつぶす」
「ぎゃーっ」
言われた通りに体が動いた。
なにかが四散して消えた。
「……なにあれ」
「山の神(仮)の一部。おうちに残していた部分。力を削ぐのは基本だよねぇ」
「なんで! 訳知り顔のおっさんがしなくて、私がするのっ!?」
「おっさん、まあ、おっさんでいいけど。
悪いけどね、分家の言霊使いにしかなれなかった奴なの。本家筋のお嬢様とはポテンシャルが違う」
「本家筋って何」
「ご存じない。ああ、こりゃ本当に捧げものだったかもしれないな。まずった。俺も死にそう。
この村潰して逃げるつもりで見守ってたのに」
「まてや」
「うん?」
「とめられたのに止めなかった」
「そだよ」
童心すら感じる無邪気な顔だな、おい。
「仕方ないから、祠の中身を滅しよう。頑張れ、お嬢」
「はぁ!?」
「今から俺たちは一心同体、後ろは任された」
「前線おまえというはなしじゃないのよっ!」
「ま、その話は置いといて」
「置くな」
「祠の邪気は祓っとく」
そう言っておっさんはよくわからない言葉をつぶやいた。
その言葉はとてもきれいで、胸騒ぎがした。
「さて、何事もなかったように帰ろうか」
「は?」
「なんかするのも今すぐじゃないよ。夜までに対策しよう。なぁに失敗したら、死ぬだけ。ちゃんと殺してあげるよ」
「なんで殺されるのっ」
「あれ? 永劫山の神と一緒に過ごしたい? さすがに儀式を経ない魂を捕まえておくことは奴らにはできないから殺してあげるのも優しさだよ」
「くっ、なんで私がこんな目に」
そう言う私をなんだかおっさんが面白そうに見ていた。
それからばーんと背中を叩く。
「ま、よろしく相棒」
そういうおっさんとの長い付き合いが始まるとは全く思っていなかったのである。
そのおっさんもさぁ、というのも良いものですよ。