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005 決意の孤児

死霊術、つまりはネクロマンスとは死体や死者の霊を操る事を得意とする魔法だ。


この魔法の使い手は一般に死霊術師、または死霊使いと呼ばれる。前世の、あまりこの手の話に詳しくない頃の私の知識で言えば多くのゲームや漫画では悪役や、敵役として見かける事が多かった印象だけど、この世界では当たり前にその存在を認められている……らしい。


らしい、というのは実のところ私は死霊術師というものをこの目で見た事がなかった。私は魔法使いを目指した日から、時々教会を訪れる魔法使いをよく観察していたし、タイミングが合えば積極的に話しかけたつもりだけど死霊術師というものを見た事がなかった。


理由は考えるまでもない。

死者の魂を操り糧とする者、死体を動かし辱めるもの、死霊術というのは教会の教えに真っ向から反する存在だ。


執務室での勉強のおかげで、当初考えていた教会の教えと魔法の関係については思っていたより悪くないのは分かった。この世界において魔法は前世における電化製品やインフラのようなもので、生活に溶け込んでいてアテルリシア王国(この国)では当たり前のように使われている。


だけど当然、すべての魔法が教会に認められてるわけじゃない。

死者の魂を辱める死霊術は教会のような宗教を根幹にしている組織には受け入れられない、どころか積極的に敵対しているらしくに出会い頭に殺し合いとまで言わなくても、かなりそれに近い関係らしい。


しかしここで一つ疑問が生まれる。


アテルリシア王国、別名を魔導国『黄昏』


この国は人口が10億を超える大国であると同時に魔導国の名を冠する魔法先進国だ。

街のインフラは魔法によって維持されていて、柵越しに見える街も魔法の街灯で照らされているし、上下水道も魔法によって維持されてるらしい。


そしてそんな国を作ったのが黄昏の魔法使いと呼ばれる()()()()()()


そもそも魔導国というのは単に魔法が発展した国のことではなく、一つの()()()()において最も発展した国を示す言葉、世界中の魔法使いが自身の術を極めるために集う、言わば魔法の本場。


そして『黄昏』は()()()の魔導国だ。


これは私が死霊術師を目指す上で優位に働く事実だけど何度も考えた通り、私が住むこの孤児院は聖書の神を信仰する宗教組織だ、いったいどういう理由でほとんど敵の巣窟みたいな国に馬鹿正直に教会なんて建てたのか、少なくともそれがわかるまで迂闊な行動はできない。


いや、どちらにせよ私が死霊術師を目指すことはほとんど決定事項だけど、それでも自分の立ち位置や状況を把握せずに動くつもりはなかった。

考え無しの行動がどういう結果を招くのか私はよく知っているのだから。


というわけで


「どういうことなんですか? 神父様?」


素直に聞いてみることにした。


「…………………………………………………………………どういう事とは?」


絶句というものを人はこれだけ表情に表情に込められるのかという顔で、何とか言葉を絞り出した神父様に、私は読んでいた本を掲げるように見せた。


『魔導国黄昏の歴史』と書かれた本見せながら教会と死霊術師との確執について聞いたのは雨上がりの午前中のことだった。


もちろん、詳しい内容を聞く前から明らかに私の質問がなかなかにセンシティブなものであることは分かっていた、それでも私が素直に疑問を発したのは一刻も早く死霊術について学びたかったからだ。


そのためにもここはあえて子供っぽく、空気を読まずに無垢な少女を演じて聞いてみようと考えた訳だ……決して空気を読みながら相手の表情をうかがって怪しまれないように聞き出すのが面倒だったわけじゃない。


私の無垢な演技が効をそうしのか、幸いにも彼は私の言葉の裏にも気づかずに額に汗を流しながら答えた。


「もちろん死霊術師の方々とは意見が食い違うこともあります。ですが主の光はこの世のあまねくを照らします。それにアテルリシア王国には死霊術師以外の国民もいます。彼らが救いをもともるのであれば手を伸ばすのが我らの使命なのですよ」


神父様らしくもなくまるで台本を読むがごとくの早口だ。

なのですよって……動揺しすぎて喋り方が最後のほうに裏切る師匠ポジみたいになってる。


うん、でもまぁ、いくら孤児院の子供が相手とはいえ、こんなに分かりやすく動揺を悟らせてる辺り、私が思い描いてたような……そう、例えば異教徒と化け物は殺していいタイプの武装神父的な狂信を、少なくとも彼は持ち合わせていないようだった。


彼と教会の死霊術師に対するスタンスは何となくわかった。後はいつものように上手く誤魔化される前に聞にくい質問を一気にしてしまおうか、と私が考えたあたりで神父様はわざとらしく時計を見てから口早に言葉を続けた。


「……!そうだシロナさん、朝話した通り本日は予定があり、私はそろそろ部屋を出なくては!」


やっぱり誤魔化し方も下手!?


とはいえ、お利口さんな私としては、あるいはお利口さんを自称する私としては、彼に逆らうつもりもなく神父様が促すままに部屋を出ると足早に教会を出た。


前々からおそらくはそういう事なんだろうと思っていたけれど、多分この教会は黄昏に対する教会側のスパイの拠点のようなものなんだろう。


スパイというのは言い過ぎにしても、あまり親しくはない国家に対する情報収集用の拠点、教会全体からすればあるいは敵対国に対する数少ない魔毒のようなものなのか。

案外アテルリシア王国(黄昏)側から見たら大使館みたいなものなのかもしれない。


とにもかくにも、状況は出そろった。


まず私が目指すべきはやはり死霊術師だろう。

教会の教えに反している、というのは問題だけどこの国が死霊術の魔導国であるという点、私が知る不老不死の魔法使いの中でも最も数が多いのが死霊術師である点、この二つのことを考えれば他の選択肢はない。


教会の教えに反しているというのも、ばれた時のリスクがあるというだけで正直、私自身は神を強く信仰してる訳では無いし、教えに背くこと自体にはそれほど抵抗を感じていない。


問題なのはやはり死霊術を学ぶための方法だろう。


この教会には、当然、孤児院も含めて死霊術に関する本がない。例え、この国が死霊術師達の楽園だとしても、寺や神社に聖書が置いていないように、自身の教えに真っ向から反する書物を置いて置くわけないし、多分、教会内では禁書扱いされてるに違いない。


執務室はもちろん、リスク承知で入った年長組用の図書室にもほかの魔法に関する教科書

(『魔法書』と呼ぶらしい)は多くあったのに死霊術に関する本はなかった。


魔法を学ぶためには先達たる師匠、最低でも魔法書の存在は必須らしいし、教会で暮らしながら堂々と死霊術の師匠を探すわけにもいかない。それに私にはまだ教会の庇護と保護が必要である以上、たとえ師匠といえる人物を見つけ出しても師事を受けるのは難しい。


必然的に私がとるべき手段は死霊術の魔法書を手に入れることなんだけど年少組は教会の敷地を出る権利がないし、外に出られたとしても私には魔法書を買うお金はない。


つまりはどん詰まりという訳だけど……私には計画があった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その日の夜、満月がてっぺんを超えたころ私はベッドから体を起こした。


年少組である私は大部屋で寝起きしている。

一部屋には学校の教室四つ分ほどの面積があってそこで50人ほどの子供たち、主に年少組の子供が一日の半分を共にしている。


そんな部屋なので私のパーソナルスペースはベッド一つとカラーボックスくらいの大きさの棚があるだけで中身も年に数度もらえる衣服が入ってるだけだ。何かを買えるほどのお金もなく、そもそも私物を増やす機会のない私たち年少組には持ち物なんてほとんどない。精々、花冠とか泥団子とか年齢にふさわしいガラクタがあるくらいだ。


だけど今日、私の棚にはガラス製のコップに注がれた一杯の水があった。

中には一枚のコイン。シスタークロエのお手伝いをしたご褒美に強請ったもので前世の感覚で言えば10円玉くらいのものだ。当然、それで何かを買うことなんてないけどお金はお金だ、条件は満たしている。


ところで魔法というのは奇跡だ。

だけど、奇跡には奇跡なりの(ことわり)があり、ルールがある。


多くの魔法は『術式』を用い『リソース』を消費することで自身が望む効果を生み出す。


術式を描くこと自体は必要な知識さえあれば誰でもできて、そこにリソースを注ぎ術式を発動させる者のことを人々は魔法使いと呼ぶわけだ。


死霊術は魔法の中でも珍しい2種類のリソースを利用する術なのだけど、ひとつは死霊術の名の通り死霊を源とする物なので死霊術師が()()で用意するリソースは魔力だけだ。


そしてここで最も重要なのは『魔力』は『魔術師』も使う『リソース』だという事だ。


私の計画とはつまり表向きは魔術師を目指しながら、こっそりと死霊術を学ぶというものだ。

学んだ内容が正しければ、魔術は応用力も高く、魔術師は人口が最もを多い魔法使いだというし、魔術を学んでお金を稼げるようになれば死霊術に関する魔法書も買えるようになる。身を立てれるようになれば孤児院を出て一人暮らしするという選択肢も出てくる。

幸いにもこの孤児院には死霊術の魔法書はなくとも魔術の魔法書は存在している


そんなわけで、私は今日、眠い目をこすりながら窓から見える満月を見上げていた。


リソースとして魔力を使うのであれば当然ながら自身で魔力を生成できなければならない。そして私にとっては幸いな事に魔力を生成するための方法は難しくは無い。


棚の上のコップはそのための準備だ。

最初はまず朝焼けの時間に井戸水を掬う。次にその水を硬貨とともにガラスのコップに沈め夜まで置く。あとは簡単だ、満月の夜にコップの水を口に含みながら息を吸い、そして吐く。


これを繰り返すことで身体はそのうち魔力を生成し始める。

最終的には『魔力感知』というスキルを習得することで魔法使いとなるための下準備が完了する……この世界にはスキルというものもあるらしい、魔法といい世界観的にはこの世界は某国民的RPGに似たものなのかもしれない。


リソースの生成……これをリソースの固定と呼ぶわけだけど、リソースの固定作業の条件上、満月の日にしかチャンスがないものの短ければ一夜で、長くとも平均で数か月の期間で肉体は魔力を生成を始める。


そんなわけで、私は満月がほとんど真上に来た頃、行動を開始していた。


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