後継者
……とある著名な霊能者が、この世を去った。
バイトに行く前のちょっとした時間にテレビをつけたら、ちょうどその霊能者のお別れ会の会場からの中継が流れていた。
特に気になるような人物ではないが…、何の気なしに見続ける事にした。
霊能者は、いわゆる心霊ブームを巻き起こした、国内のみならず海外でもかなりの知名度を持つ人物だった。
霊視だけでなく未来視もしていて、その当たる確率はおよそ80%…信頼度が最も高い予言者でもあった。
その界隈では超一流のプロフェッショナルと称され、これ以上の能力者はもう出ないだろうとまで言われていた。
霊能者を支持する人は、多かった。
気さくな性格と大胆な発言はエンターテインメントに向いていて、特番などが組まれることも珍しくなかった。
一般人のみならず、他の霊能力者たちとも打ち解けていて、盛んにコラボしたり日常を共に楽しんだりしていたようだ。霊とコミュニケーションが取れる人の中にはネットワークのようなものがあって、彼はその代表者として慕われていたのだ。
俺自身は特に支持もしていなければ興味もなかったのだが、確かに…明るく楽しい霊の世界をアピールしては、お茶の間を沸かせているイメージがあった。
芸能界などに友人が多かったからか、シーズン特番なんかではゲストとして招かれる事も珍しくなく、ごく普通のおっさんの様相で和気藹々と盛り上がっていた。
中でも…、特に仲良くしていたのは、とある高齢の女性タレントだった。 しょっちゅう旅行特番なんかに一緒に出ていたし、霊能者仲間ということもあってペアで組まされて番組に出ることが多かった。
お別れ会の会場に現れた彼女のもとに、マスコミが集まってインタビューを始めたので、ぼんやりとその様子を眺めた。
『お別れは寂しいですか?』
『寂しくなんてないわ?だってほら、あそこにいらっしゃるじゃない。フフ、ホントひょうきん者ねえ、あんなに腹を抱えて笑ってらして…』
カメラマンがタレントの指差す場所を捉えたが、そこにはただの寺院の壁があるだけで、何も映ってはいなかった。
わりとものすごい映像だが…大丈夫なんだろうかと心配になった。
『偉大な霊能者がいなくなってしまったわけですが、これからこの世の中はどうなってしまうと思われますか?』
『心配しなくても大丈夫よ。混乱の世の中は、これから落ち着いていきます。あら、こちらにいらしたわ?…そうね、言ってしまってもよろしいかしら。あら、やだ…ふふ』
何もない場所を見て微笑むタレントを写しながら、冷静にインタビューを続けるマスコミの姿があった。ワイプに映るコメンテーターたちの得も言われぬ顔が…何とも言えなかった。
もしかしたら霊能者にとっては有意義な画像なのかもしれないが、俺にとってはただの茶番劇にしか見えなかった。
つまんねえニュースだなと思って、テレビを消そうとリモコンに手をのばした俺の耳に、おもいがけない声が聞こえてきた。
『…後継者は、つるおかという人よ。この方に能力を全て開け渡したと、聞いたわ。【を】は、難しい方の【を】ね』
………。
‥‥‥‥?!
ツルヲカ?
『どなたが選んだんですか?』
『お亡くなりになった本人よ。先日のお式の最中に、直接ご報告にいらしてね』
『どんな人なんですか?』
『いわゆるオカルトの小説を書きになっていらっしゃる方なの。とても素敵なお話を書く方で…』
『どこにいるんですか?』
『それがね、私もお会いしたことがないのよ。いつお会いできるか、楽しみにしていて』
『……それでは、いったんコマーシャルです』
大御所タレントは、かなりの高齢者だ。
おそらく、頭がボケておかしなことを言ったに違いない。
……違いないとは、思ったが。
俺は、『ツルヲカ』という名前でホラー小説を書いていた。
いわゆる心霊ものの…、乗り移りものを好んで書く傾向があった。 ごくたまに、恋愛ものの短編小説やエッセイを書くことも、あった。
……俺のことじゃ、ないよな?
俺には、霊能力なんかない。
一度も霊を見たことがないし、みんなが寒い寒いと言って逃げ出した墓地でも一人でアイスを食っていたレベルだ。ポックリさんは全く動かなかったし、霊能者と言われる人物と遭遇した事すらないのだ。
……おそらく、同名の霊能者がどこかにいるのだろう。
はた迷惑な話だよ、まったく。
ま、俺には関係ないけどさ。
俺はテレビを切って、バイト先に向かったのだ。
いつも通りにコンビニのバイトを終え、廃棄の弁当を三つもらって帰宅し、スマホを開くと…信じられないことが起きていた。
SNSの通知が、シャレにならないほどたまっていたのである。
いいね、リポスト、DM、コメント、その他もろもろ。
チェックしていく端から通知が増えていく。
―――霊に悩んでいるんです、助けてください
―――予言教えて
―――お金に困っているので悪霊を払って下さい
―――超常現象研究会の○○です、ぜひ取材をさせてください
―――この物語を映像化させてください
―――この物語は予知ですか?!
―――このエッセイ、うちの近所の事だ!!!
―――鶴岡様、あなたの作品を電子書籍化しませんか!
―――霊能者が描くホラー、怖いです
―――ドラマ化したいのですが
―――霊能者とのご面談について取材させてください
依頼、からかい、誹謗、中傷、冷やかし、クレーム、懇願…ありとあらゆるジャンルのメッセージが届いた。
……あの老婆タレントは、とんでもないことをしでかした。
【ツルヲカ】は…、俺は…完全に、霊能者の後継者として名が広まってしまったのだ。
人違いも甚だしいが、【ツルヲカ】というPNで小説を書いているのは、俺一人しかいなかったのである。
どう考えても、あのババアが口走った人物は…俺の事を指しているとしか思えなかった。
確かに【ツルヲカ】は俺だ。
だがしかし…けっして俺は、後継者なんかじゃない。
死んだ霊能者とは、一度も会った事がないのだ。
ましてや、霊体になった霊能者にも会った事がない。
それどころか、幽霊にも存命の霊能者の類にも…占い師レベルの奴にだって一度も遭遇したことがないのである。
ホラー小説の執筆はするが、自動書記や神の降臨による代筆、夢のお告げといったそれらしい経験もない。
全く幽霊を知らないから、俺は自由度の高い創作物語を書けているのだ。
一般的な幽霊を全く知らないから…リアルな経験や知識が皆無であるからこそ書ける物語というものはあるのだ。
霊能者が死んだ日は、俺は普通に生姜を山盛りにして牛丼食ってて。
霊能者が死んだ次の日だって、仕事が休みで家でサイダーをガブガブ飲んでハンバーガーをたらふく食っていて。
あのお別れ会の映像が流れた日まで、いつも通りに毎日バイトに行って、廃棄の弁当を食って、シャワーを浴びて、エロい動画を見て寝ていただけなのだ。
執筆だって、いたって普段通りだった。
いつものように筆の進みは遅く、大した伏線も貼れず、読者の心を鷲づかみにするようなパワーワードも浮かばず、特に何も変わりなく、だらだらとちょっと不思議な日常を描いて。
いつも通りに1000文字ちょっと書いて、SNSで宣伝して、ほとんどいいねがもらえなくて、くさって。
何一つ、変わったことはなかった。
……無かった、ハズなのに!!!
【ツルヲカ】がテレビに出た日から、目まぐるしく状況が変わり始めた。
ギリ三桁だったSNSのフォロワー数が、万を超えた。
俺のくだらない過去のつぶやきに、いいねが5000もついた。
反応が次から次へと来て、うれしくなったのは一瞬の事だった。
通知音が鳴り止まなくなり、過去の呟きがほじくり返されて炎上し、恐ろしくなってアプリごと削除してしまった。
8年間投稿し続けてポイントが20だった作品が、年間ランキング入りした。
連載作品も、完結作品も、短編も、エッセイも、全てにポイントが入って…ランキングは【ツルヲカ】だらけになった。
小説の登録サイトから書籍化の打診が山ほど来るようになった。
俺の作品の考察エッセイが連日投稿されるようになった。
感想やレビューが続々と届いて、手がつけられなくなったし、活動報告のページが荒れて閉じるしかなくなった。
今まで何の音沙汰もなかったのに、いきなり持て囃されるようになって、戸惑った。
明らかに…俺の作品ではなく、俺のネームバリューを狙って群がってくる、出版社。
どう考えても、俺の作品ではなく、【ツルヲカ】という人物を求めてオファーをしてくる大手企業。
人間違いであることを訴えるエッセイを書いても、騒ぎは収まらない。
深読みをして、勝手に事実を作り上げるやつらが後を絶たない。
何を書いてもランキング入りしてしまうので、小説サイト自体が荒れるようになった。
誹謗中傷が増え、掲示板サイトにはツルヲカ排除のスレッドが立ち、特定班まで現れて……、俺は、筆を折ることになってしまったのだ。
近年ゆるい執筆活動しかしていなかった俺ではあるが、これでも本気で…ホラー小説家としてデビューしたかった。
騒ぎが収まってくれることを望んで、俺は夢を捨てたのだ。
長年の夢を、自分の今までの努力を、他人にぶち壊されて…落ち込んだ。
これでようやく落ち着いて生活ができる…、そう考えた俺は甘かった。
アカウントを削除してホッとできたのは、一瞬だった。
マスコミが、本気で俺を探すようになったのだ。
過去のツイートをあさって居住地を特定し、特定班と手を組んでバイト先を探り、俺の働いているコンビニに乗り込んで来た。
俺は白々しく何も知らないふりをしたが、なにか思うところがあったのか…頻繁に店に来るようになってしまった。
ちょうどそのころ、実家の親父から連絡が入った。
何でも、実家をバリアフリーに改装するので手伝ってほしいとのことだった。
俺の実家は、二代続く左官屋だ。
実家にはほとんど帰らなかったので、親父と話をしたのも数年ぶりだった。
地味な仕事は嫌だとそっぽを向き、都会に進学して、文学を四年間学び、小説家になる夢を追って就職せず、バイトをしながらカツカツの生活を送って、情熱だけが冷めていき、惰性で小説を書き続けていた時に、騒ぎに巻き込まれた、俺。正直、疲れてしまったことは、否めなかった。
俺はバイトを辞め、田舎に帰って家業の左官屋を継ぐことになった。
あれほど自分は小説家になって都会で暮らすのだと意気込んでいたのに、あっさりとした終わり方だった。
しつこいマスコミ連中が実家まで乗り込んでくるかと心配したのだが、ちょうどそのころ、とある霊能者が現れた。
アイドル並みのイケメンである上に盛り上げ上手、話もうまくて、しかも有名人の結婚や物価の高騰、新種生命体の発見など立て続けに予言を的中させ…まさに第三次スピリチュアルブームが起きた。
あっという間に、世間の【ツルヲカ】に対する熱は冷めていった。
例の後継者発言をしたタレントが認知症であることを公表し…引退することになったため、【ツルヲカ】に対する信用度が一気に低下したことも幸いした。
実家で、親父とともに慣れない仕事に精を出し。
三代目として、仕事に向き合い。
懸命に働く俺を支えてくれる家族ができて。
四代目となる息子に仕事を教え。
五代目と対面した喜びをかみ締め……。
「やあやあ、はじめまして!!」
俺の目の前に現れたのは・・・。
初めて会うが、見知った顔の…、あの、霊能者。
「あなたの活躍、見てましたよぉ!!せっかくいい小説書いてたのに、惜しかったねえ!!」
「はあ、そりゃどうも」
小説を書いていたのなんて、もう70年も昔のことだ。
よくもまあ、覚えているもんだ。
「ごめんねえ、あなたの人生、狂わせちゃって。小説家になりたかったんでしょう?」
「いや・・・いい人生だったから、別に気にしてないよ」
この人が直接何かをしたわけでもないのに、ご丁寧なことだ。…わりとこの人、いい奴だったんだな。
「良かった!僕、これだけが心残りで!!これで、安心して生まれていけますよ・・・
霊能者の姿が薄くなって、消えてしまった。
……何だかなあ。
謝るんなら、勝手にダシに使われた霊能者じゃなくて、あの不注意な発言をしたタレントのほうだと思うんだけどなあ。
・・・まあ、いっか。
俺は、穏やかな気持ちで・・・、自分を弔う家族の元に、向かったのだった。