満月の日の結婚 三日月の日の婚約
「婚約ですか」
「ああ明日だ」
ジェーンは伯爵家の娘だ。結婚相手を自分で選べないことは分かっていた。それならせめて婚約は満月の日にして欲しかったと彼女は思った。
満月の日に結婚すると幸せになると言われている。昔、異世界から招かれた聖女様がそう言ったらしい。でもこの国は一年の半分は雨や雪が降っている。それ以外でも曇る日が多いので満月の日の結婚は難しい。そのためいつのまにか満月の日の結婚が、満月の日の婚約に変わっていた。
でも明日は三日月だ。父親も分かっているが急を要する婚約だった。大雨でいくつかの領地で水害が発生し近年にない不作となった。その一つが婚約相手の領地だった。そのための援助に婚約が必要となったのだ。
人命がかかっているのでわがままは言えないと、部屋に戻り一人になると彼女は何度も自分に言い聞かせた。
「三女の私が伯爵家の嫡男であるジョン様に嫁げるのは幸せなことよ」
翌日、彼の父親だけが来た。本人は援助の件で親戚の家を回っているそうだ。
婚約が済んだ翌日学院へ行くと彼女の婚約のことが知られていた。
ジョンに婚約の打診をして断られた家から伝わったようだ。彼女の友人や親しくはないが常識的なクラスメイトは、援助がらみの婚約で日にちを選べないと分かっていて何も言わなかった。だがそんな人ばかりではない。
「三日月の日に婚約するなんて不幸な結婚を望まれているのかしら」
クスクスと笑いながら聞こえるように話す女生徒たち。
その人たちは婚約者のいない次女三女だから気にしないようにと友達に言われた。
数週間後、領地が落ち着くと、ジョンがジェーンに会いに来た。
会いに来るのが遅くなったのを詫びた後二人でお茶を飲みながら話をする。
「今回の婚約は突然のことで驚いたでしょう。あなたは表情に出さないようにしているみたいですが、この婚約に不満があることは仕方がないと思っております。それでもせっかくのご縁ですので仲良くやっていきたいと思っております」
「あなたとの婚約には何の不満もございませんが……」
三日月の日の婚約の話をした。
彼は黙って聞き、話し終わり俯いてしまった彼女に話しかけた。
「三日月が満ちて満月になるように私たちもこれから少しずつ二人で幸せな関係を築いていきませんか」
二人が結婚したのも満月の日ではなかった。
でも寄り添いお互いを支え合い愛をはぐくみながら、子供や孫に恵まれ人が羨むような幸せな一生を送った。