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00/約束・厄災の聖女と忘却されし魔王//

00/約束・厄災の聖女と忘却されし魔王//




 世界が隔たれ、神が世界を支配し、人界の民は神を崇め、異界の者を恐れていた神話の時代の終わり。

 そこは人界の外れの小さな村。

 近くの川では魚がよく捕れるし、作物もよく育つ土地だ。

 ただ近くに魔族や魔獣のいる魔界との門が出現し、そこから魔獣が出現する事があった。

 そこで人界の首都エルレイゲンの神殿から勇者たちが派遣されて魔獣と戦ってくれているお陰で、この村の民は安心して暮らせていた。

 村の民は勇者と神殿に感謝し、神殿が崇める神エルに毎日祈りを捧げていた。

 最近病気がちな母親と幼い弟のいるリゼもこの村で生まれた民の一人だ。

「我ら罪人を赦す偉大なる神よ。この地に恵みと加護を下さり感謝いたします」

 今日も首都エルレイゲンのある方角に向かって祈りを捧げる。

(どうか、母の病気をなくして下さい)

 心の中でそう小さく願う。

 その小さな願いの祈りを繰り返していたある日、声が聞こえた。

『その願い叶えてやろう』

 その声は悪戯をする前の少年のような声だった。

 ニヤリと笑う口元が見えた気がした。

「…ちゃん! お姉ちゃん!」

 服の裾を強く握られ、揺さぶられ、泣き出しそうな弟の声にリゼは意識を取り戻した。

「母さんが!」

 弟のアルは泣き出した。

 近くで寝ている母親のほうを見ると苦しそうに咳込み、血を吐いた。

「母さん⁉︎」

 慌てて駆け寄り、母親の頬に触れた。

 すると母親の身体はサラサラとした白い砂となって消えてしまった。

(何で?)

「うわああぁぁぁ!」

 後ろで恐怖し、叫び、家から出ようとするアルの姿が目に入る。

「待って!」

 まだ細いアルの腕を掴むと、その小さな身体も白い砂となって消えてしまった。

 リゼは震える自分の手を見つめた。

(どうして?)

「……あ……あ……」

「きゃあ!魔族よ!」

 開け放たれた家の入口の前でやって来た村人の男がリゼを指差し、村人の女が叫んだ。

「魔族め!許さん!」

 そう言って集まって来た村人たちはリゼッタに敵意を向けた。

「ち、違う!」

 リゼは否定したけれど、村人たちはリゼッタの話など聞かず、彼女を襲った。

「魔族を敵だ!」

「魔族を殺せ!」

 リゼは大人たちに腕や髪を引っ張られて、お腹を足で蹴られ、顔を踏みつけられて、全身を蹴られたり、殴られたりしながらも必死で逃げた。

(痛い! 痛い! 嫌だ! 怖い!)

 母親の看病をしながら、幼い弟と暮らすリゼに優しかった村人たちは、今は全員、リゼにとって恐怖の対象だった。

(消えて! 消えて!)

 逃げる時、触れた村人は砂になって消えた。

 だからか、川を越えてからはリゼを追いかけて来る村人はいなくなった。

 全身痛くて、震えて泣きながら、時折、自分の掌を眺め、白い砂漠を逃げ続けた。

 ここは魔獣が出現する魔界の門が開かれる危険な土地だが、今のリゼには行く場所の当てなど無かった。

 途中、水の塊のような分裂する魔獣に出会った。

 リゼが悲鳴をあげながら触れると魔獣は砂になって消えた。

 涙も乾き、見渡す限りの砂漠の中で湖を見つけ、そこに美味しそうな実のついた植物が生えていた。

 リゼが実を手にすると植物は砂になって消えてしまった。

 湖に映るのは赤い瞳の腫れた顔の痣だらけの醜い自分の姿だった。

 湖の水を手で掬うとたちまち湖は枯れ果ててしまった。

(わたしが何をしたっていうの?)

「消えたい……」

 そう言って自分の両手で自分の腕を掴んでも砂になる事はなかった。

(神様に願い事をした罰なら酷い罰だわ)

 リゼは自分の掌を見つめて、また泣いた。

 心は痛いままで殴られた頬の痛みや腕の痣は消えていた。

 何も分からない事だらけだった。

 この世界の事も、神様の事も、そして自分の事さえもーー。

 どれくらいこの白い砂漠を歩いただろうか。

 すっかり辺りは暗くなり夜になっていた。

 ぐぅとお腹が鳴った。

 どんなに悲しくて心が痛くてもお腹は空いていた。

 あの実が食べられなかった事が悔やまれる。

 リゼは疲れて果ててその場に寝転がった。

 空には煌めく星が並んでいた。

 さあっという風の音と共にドーンという音が遠くから聞こえた。

 ドーン!

 ドーン!!

 ドーン!!!

 その内、地面が揺れ出し、その音は徐々にこちらに近づいて来ているようだった。

 リゼは跳ね起きて音のするほうを見た。

 月と星が照らす白い砂漠に黒い影が見えた。

 それは爆音を響かせながら、巨体をくねらせ、砂の中から地面に飛び出し進む大蛇のような魔獣だった。

「あははっ!速いな!」

 慌てて逃げようとするリゼの耳に楽しげな男の声が響き、月光がその姿を照らし出す。

 巨大な魔獣の背に跨り、その金色の爛々とした瞳で真っ直ぐ前を見据え、漆黒の長髪を揺らし、透き通るような白い肌の目鼻立ちのはっきりした凛々しい美丈夫がそこにいた。

 その姿に見惚れていたリゼは逃げ遅れた。

「きゃあ!」

 ドーンという音と共に魔獣が生み出した砂嵐に巻き込まれて、その手が魔獣に触れる。

 すると一瞬で魔獣の巨体は白い砂へと変わってしまった。

「神様?」

 リゼは砂煙の向こうで無数の金色の翼を広げた神様の姿を見た気がした。

 リゼは意識を失いその場に倒れた。


 リゼは悪夢を見ていた。

 灼熱の太陽が照らす、広大な砂漠の世界で、母親も弟のアルも優しい村人たちも全てが砂になって消えてしまう夢。

 それは果たして夢だっただろうか?

 その掌に感触がある。

「……ごめんなさい」

 砂になって消えてしまったその人たちはもうこの世界にはいない。

 リゼを断罪するかのように太陽は容赦なく照りつけた。

『大丈夫よ。魔王と一緒ならあなたをきっと守ってくれるわ』

 優しい女性の声と共に灼熱の太陽に照らされた世界は一変した。

 リゼの足下から水が湧き出し、水はリゼの身体は優しく包み込む。

 深い湖の底で青いドレスを纏った女性と白銀の鎧を身に纏った騎士の男性が手を取り合い楽しそうにダンスを踊っている姿が見えた気がした。

 ひんやりと優しく包み込まれる感触に、リゼは目を覚ます。

「……え?」

 自分の置かれている状況を理解出来ず、その場の光景を眺めていた。

 目の前には漆黒の美丈夫が地面に何かを埋めて、リゼに似た容姿の女の子が横で踊りながら身体から水を放出していた。

『ありゃりゃ?』

 リゼの頭の中に、突然、大音量の声が響いた。

 バシャン!

 リゼに似た容姿の女の子の身体が破裂して水になって消えてしまった。

「きゃあ!」

 リゼは思わず悲鳴をあげた。

 目の前で人が砂になったり水になったり散々だ。

「コリガン。能力の使いすぎだ。少し休め」

 漆黒の美丈夫はリゼのほうを向いて平然とした顔でそう言うと、リゼを優しく包んでいたそれがゆっくりと形を変えて分裂し、リゼそっくりの容姿に姿を変えた。

「え!?」

『はい! 分かったの! ご主人!』

 元気の良い声がまたリゼの頭の中に響く。

『あ! 気がついたの!』

 コリガンと呼ばれたそれが、リゼが目を覚ましたら事に気づき、くるくると本体に包まれているリゼの周りをリゼの容姿に似せた分身体が駆け回った。

「無駄な力を使うな。休めよ。や・す・め!」

 魔王は口を酸っぱくしてコリガンに言い聞かせた。

『はい、……なの……』

 コリガンは小さな声で返事をし、分身体が縮んで水の塊になると本体の中に飛び込んでひとつになり、動かなくなって、半透明のそれは小刻みに震えた。

 自分を包むその半透明の物体にリゼは見覚えがあった。

 砂に変えてしまったが、木の実が生えて植物がある湖の近くで出会った魔獣によく似ていた。

 あの時は何なのかも分からず怖くて、急に砂になってしまったが、今、自分を優しく包んでいるそれはリゼには先程の行動や頭に響いた声などから、怒られてしょんぼりしている自分より幼い子供のように見えた。

「ねえ、あなたたちは何者なの?」

 恐る恐るリゼはコリガンに話しかけた。

 すると、しょんぼりしていたかと思ったそれは反応し、リゼの身体を離れ、その姿を変えた。

「ボクはコリガン。そしてあれは魔王なの!」

 朝焼けに染まった世界で、透けるような白い肌にペールブルーの髪と瞳の中性的な幼い子供の姿のコリガンは漆黒の美丈夫を指差し、念話ではなく、その身体にある口でリゼにそう告げた。

「……ま……お、う……」

(魔王は人界に災いを起こす恐ろしい魔獣を送り込む魔族の王!)

 リゼは肩を震わせて、冷たい汗が背中を流れた。

「ああ、気がついたんだな」

 夜空に煌めく星のような金色の瞳がリゼを捉え、近づいて来る。

「目が覚めてよっかったの! コリガンも魔王も心配したの!」

 コリガンは無邪気にリゼに抱きついた。

「きゃあ!」

 リゼはコリガンの身体を突き飛ばした。

(わたしが触ったら、砂になる!)

 咄嗟の事だったので、リゼは罪悪感を覚えた。

「痛たた、なの〜」

「え?」

 間延びした声にリゼは驚いた。

 突き飛ばしたコリガンの身体はぽよん弾んで砂地に尻もちをついていた。

「砂になってない…… どうして?」

 リゼは自分の両手を見つめ、その手の甲に金色の模様が浮かび上がっている事に気づいた。

「結界魔法の応用さ。それがあればお前が強く意識しなければ、呪い……じゃなかった。人族の国では神の祝福だったか? その力は発動しない。だから安心しろ」

 そう言って、魔王は骨ばった大きな手でリゼの頭を撫でた。

『大丈夫よ。魔王と一緒ならあなたをきっと守ってくれるわ』

 夢の中でも聞こえた女性の声がした。

 魔王という名を聞いて身体を強張らせていたリゼの肩から力が抜けていた。

「ふえぇぇぇん!」

 リゼの頭を撫でる魔王の手は優しく、温かで、リゼは泣き出していた。

 泣いて少し落ち着いたリゼは魔王に自分の事を話した。

 家族の事、村の事、そして神様のことをーー。

 魔王の手伝いをしながら、リゼの気持ちが落ち着くと、魔王と共にかつて村があった場所へと向かった。

 そこには生きた村人たちの姿はなかった。

 砂にならなかった村人たちは疫病で全員亡くなっていたのだ。

「リゼ。お前が砂にしなくてもあの村人たちは全員疫病で亡くなる運命だったんだ」

 罪悪感を抱くリゼに魔王はそう告げた。

「母さんは疫病に罹っていたかもしれないけど、弟のアルは元気でした……」

 リゼは益々自己嫌悪に陥った。

 魔王は少し考えてから、突拍子もない事を口にした。

「そうだな。あと五年経ったら、俺がお前を嫁に貰ってやる! 家族になろう!」

 魔王は屈託のない笑顔でリゼにそう約束をした。

 果たされる事のない約束をーー。


 五年後、魔王は世界を滅ぼし、そしてリゼは世界を救い聖女と呼ばれ、長い年月の中で世界を滅ぼした魔王の事は人々の記憶の中から忘却されていった。


 夜風が柔らかな白髪を揺らし、赤い瞳が、夜空に浮かぶ青い月に隠された彼のいる暗黒星を見つめていた。

「わたしは、あなたいないと……」

 聖女はいつまでも彼が迎えに来るのを待っていた。




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