第四話 狂乱女王(カオスクイーン)は悪徳冒険者ギルドに乗り込みます
姫様がまた暴れます。
ご感想などお待ちしております。
その夜、シスター・オーリンを襲った三人組である冒険者たちは、冒険者ギルド<イエローストーン>の奥にある部屋で密談をしていた。
リーダーである大柄な男、グラッグとその側にはウィーゼルとフレッドと呼ばれる悪人たちがテーブルに座っている。
彼らはタムリンに蹴られたため大怪我を負っておりそれぞれが包帯姿であった。
特にタムリンに頭からかかと落としを喰らったグラッグは頭中に包帯を巻いておりその姿はミイラ男のようであった。
「くそ、なんだあの男は」
今でもグラッグの頭には痛みを残っていた。
痛み止めもあまり役に立っていない。
「あれ、女だと思いますよ」
「そうなのか?」
頭にダメージを負っているためか、グラッグの記憶は曖昧である。
「兄貴、今後のことですがどうしやすか?」
フレッドが気にするのも無理はない。
なにせ然る方からの依頼に失敗してしまったのだ。
この事が知られるとどんな制裁が待ち受けているかと思うだけでフレッドは恐怖する。
もちろんグラッグもウィーゼルも同様である。
「明日、隙を見てシスターを攫う」
「問題はあの女ですぜ」
障害となるのはタムリンである。
彼女をどうかにしなければ依頼は成功しない。
「どこかに呼び出してしまえばいいだろう」
「でも、どうやって呼び出すんです?」
「人質だ。誰でもいい。そこらの子供を攫って呼び出せばいい」
我ながら悪い企みだとグラッグは思う。
「さすがです、兄貴」
ウィーゼルとフレッドも頷く。
「戻ったぞ」
そこにギルドマスターであるエンハンサが戻ってきた。
彼は元戦士で長身で筋肉質の男であり、顔中に冒険時についた切り傷や火傷の跡が残っており、それなりに修羅場を経験している男である。
「ボス、お疲れ様です」
グラッグたちは立ち上がると頭を下げる。
「どうしたんだ、その怪我は?」
「実は・・・」
グラッグは今日起こった事をエンハンサに話す。
当然、グラッグの視点からなので内容は盛られた内容になる。
「ほう、その女面白そうだな。その女の名前はわかるか?」
タムリンに興味の湧いたエンハンサである。
「確か・・・ウラン・・・」
「違うだろ、タランだったろ?」
「違うわよ、アランよ」
「そうだ、その名前、えっ?」
グラッグたちには聞き覚えのある声が聞こえた。
彼らはその声の方向に視線を向ける。
「お、お前は!!」
グラッグが指差す先にはタムリンがいた。
「どうやってここに入ってきた!?」
この冒険者ギルド<イエローストーン>には不審者が入らないよう結界が張っていた。
裏で犯罪行為を犯している彼らにとって、このギルドには犯罪を犯した証拠や報酬などを密かに隠している場所である。
治安を預かる騎士団たちが査察に来ても大丈夫なように、隠匿魔法や隠し部屋で秘密がバレないようにしていたはずである。
「もしかして結界のこと?あれなら解除しておいたわ」
タムリンが物足りなさそうに答える。
もちろん彼女は簡単に隠匿魔法も解除しており、隠し部屋などもすぐに把握していた。
「この場所もすぐにわかったけど?」
「な、なんだと?」
グラッグたちはドン引きする。
だが、一人だけ冷静な男がいた。
ギルドマスターのエンハンサだ。
「グラッグ、こいつが話していた女だな?」
「そうです!」
「なに?私の話をしてたの?」
タムリンが嬉しそうに微笑む。
「おい、せっかくだ。俺が相手してやる」
エンハンサが剣を取り出す。
「あんた、もしかしてここのギルドマスター?」
「そうだ、俺はギルドマスターのエンハンサだ」
「ああ、あなたがエンハンサね」
イクスの情報に出てきた男だと知ったタムリン。
少しずつアドレナリンが高ぶるのを感じながら彼女も剣を取り出す。
「あなたに会いたかったわ」
「それは光栄だ」
エンハンサが機先を制するためタムリンに斬り掛かる。
「おら、そんな軟な剣など折ってやる!!」
エンハンサが力任せにタムリンの剣を折ろうとする。
お互いの剣が重なりあった瞬間、エンハンスの剣が折れる。
「バカな!?」
驚きを隠せないエンハンスの顔面に衝撃は走る。
それはタムリンの殴打であった。
エンハンサはそのまま壁に吹き飛ばされるとあまりのダメージに彼は気を失った。
「ボス!!」
「ひぃ!?」
グラッグたちにとって悪夢の再来である。
しかも自分たちより強いギルドマスターのエンハンサが簡単に倒されたのだ。
「歯ごたえないわね」
タムリンが物足らなさのあまりため息をついた。
「どうした?」
そこにエンハンサの部下たちが駆け付ける。
「ボ、ボス!?」
エンハンサの部下たちはギルドマスターの惨めな姿を見て驚いた。
「グラッグ、何があったんだ?」
「この女だ!こいつがボスを!!」
これが号令となりエンハンサの部下たちが剣を抜く。
「やっちまえ!!」
皆が一斉にタムリンに襲い掛かった。
その様子を密かに監視していたイクスはその時のことを後にこう語る。
姫様は襲い掛かってきた男たちを見事に返り討ちにしました。
ですが、その姿はこの世のものとは思えないものでした。
剣を振るたびにこうおっしゃられました。
「いいわ~」
それがいつしか・・・。
「いいわ、いいわ、いいわ」
と興奮状態になっておりました。
まぁ、いつものことでございますが。
僕ですか?
僕はこのギルドの悪い証拠を探しておりまして。
もちろん、証拠は手に入れております。
その後、姫様をお助けするために駆け付けたのですが、最初にお話しした通りに姫様は好き勝手に戦っておられました。
そうですね。姫様はなにせ狂戦士化したら止まらないものですから。
どうしてわかるのかですか?
姫様の髪の色が紅くなったら狂戦士化した合図ですので。
タムリンは襲い掛かるエンハンサの部下たちを次々と薙ぎ倒してゆく。
隠し部屋から1階に上がると、ギルド内にいる男たちが慌ただしくタムリンを迎え撃つ準備をしていた。
「撃っちまえ!!」
クロスボウを構えた男たちが矢を放つ。
タムリンが矢を躱しながら、クロスボウの男たちを一気に斬り倒した。
「いいわ~」
タムリンが敵と認識した男たちに次々と襲う。
時に飛び跳ねながら、時に床を滑りながら、とにかく豹のように相手の攻撃を躱しながら剣を振るう。
そのたびに、悲鳴と共に男たちは外に吹き飛ばされる。
建物の窓は男たちが外に吹き飛ばされるたびに次々と割られてゆく。
木の壁にも無数の穴が空いている。
ギルドを出るとそこは傷ついた男たちで阿鼻叫喚と化していた。
「来るな!!」
恐怖した魔法使いが炎の魔法を唱えてタムリンに放つ。
「バカやろう!!」
室内では炎の魔法など以ての外である。
「いいわ、いいわ、いいわ」
タムリンは容易く炎の塊を斬り消す。
「ば、化け物!!」
気が狂った魔法使いがなりふり構わず炎の魔法を使う。
その一つが近くにあった菜種油の入った樽にぶつかった。
『あ』
その様子を見ていたタムリン含め、その場にいた皆が声を揃えた瞬間、油に火が引火した。
半刻後。
灼熱地獄と化した冒険者ギルド<イエローストーン>は跡形もなくなくなった。
事件後。
タムリンは現場から離れて教会へ戻っていた。
その場から逃げ出したと言うべきだろう。
「姫様、今回は仕方ないと思います」
珍しくイクスがタムリンをフォローする。
「最初に炎の魔法を使ったのは彼らですから」
「・・・黒幕を聞けなかった」
エンハンサを捕まえて尋問する計画だったが、おそらく彼は焼け死んでいるかもしれない。
「大丈夫です。そちらも調べがつきましたから」
イクスが1枚の紙を取り出す。
そこに書かれていたのはコリンウッド・クレイヴン男爵の名前が書かれていた。
タムリンはもちろん彼の名前は知っている。
「これはシスター・オーリンを攫うように依頼した契約書のようです」
「コリンウッド・クレイヴン男爵がどうしてシスター・オーリンを攫おうとするのかしら?」
「その辺りは明日にでも調べましょう」
イクスが外に目を向ける。
遠くでは赤く照らし出された場所が見える。
そこは冒険者ギルド<イエローストーン>だろう。
「またやっちゃった」
「はいはい」
「怒られるかな?」
タムリンの頭の中では父であるジュリアス王の姿がある。
「まぁ、相手は悪人なので大丈夫ですよ」
イクスそう答えるのだが、この後にまたタムリンがとんでもない災害を起こしてしまうとは予想もしなかったのは言うまでもない。
後日、油断大敵だったとイクスも身を持って経験することになる。