駐車場の戦い
爬虫類のような瞳で俺たちを睨むと、大口が開かれる。
「躱せ!」
鳥が嘴で啄むように牙が迫り、俺たちは慌てて地面を蹴った。
転がるように回避して俺は店の奥へ。
ドレイクは俺を追うように動き、予断を許さない。
回避動作を終えてすぐに通路を駆け、角を蹴って方向転換。
ドレイクの頭部が硝子張りのドリンクコーナーに突っ込むのを背後に、雑誌コーナーへと跳躍。
その向こうに張られた硝子を蹴破ってコンビニから脱出する。
「天宮さん!」
「秋山! 無事か!?」
「私は大丈夫です! それより」
改めてみたコンビニの外観は、天井が剥がれて背が低くなっていた。
駐車場の片隅では剥がされた天井の残骸が転がっていて酷い有様だ。
こんなことがあるのかと冷や汗を掻いていると、ドレイクの頭部がのっそりと持ち上げられる。
その口からはあらゆる飲料が混じった濁った色の液体が大量に流れ出している。
学生のドリンクバーみたいだ。
「逃げましょうか、それとも……」
「戦おう。こいつを避難所に連れて行く訳にもいかないし、逃げた先でザコが乱入してきたら面倒だ」
「そう、ですね。それはかなり嫌です」
互いに得物を構え直すと、ドレイクの四肢が駐車場に降りる。
火の吐息を漏らし、火の粉混じりの咆哮が響く。
一鳴きした後に、その巨体が勢いよく全身する。
こちらからしてみればトラックが突っ込んでくるのと変わらない。
即座に回避行動を取って突進を躱し、スキルを発動。
基本スキルである一閃を雷スキルで強化し、威力を高めて放つ。
「雷光一閃」
剣の閃きがドレイクの前脚を斬って過ぎる。
しかし、手応え浅く、防御が硬い。
「やっぱりレベルが足りないか」
ダメージは与えられるが通りが悪い。
だが、ダメージはダメージ。
痛みが生じたドレイクは俺を睨み、爪に炎を灯して振り下ろす。
熱気に頬を撫でられて毛先がひりつく。
炎の爪撃を紙一重で回避すると、追い打ちがかかるように大口が開く。
放たれるのは火炎放射。
「天宮さん!」
鳴り響く旋律が音撃となってドレイクの後頭部を打つ。
続けざまに旋律は流れ、体の奥底から力が湧いてくる。
「バフか!」
楽器武器の特徴である演奏による広範囲バフ。
火炎放射を中断させられたドレイクは演奏に釣られるように秋山を襲う。
啄むような噛み付きをひらりと躱した秋山は、舞うようにカウンターを決める。
くるりと回り、遠心力を乗せた戦笛がドレイクの顎を打つ。
バットでボールを打つかの如く、ドレイクの頭部は跳ね上がった。
「チャンス」
よろめいた隙に付けいり、稲妻が迸る。
明滅する稲光、そのたびにドレイクのHPを削っていく。
この調子で攻めればいずれは倒せる。
そう確信を抱いた直後、慢心の代償を払うかのように全身に衝撃が走った。
「尻尾――」
薙ぎ払われた尻尾に身を攫われ、大きく吹き飛ばされてしまう。
駐車場のアスファルトの上を跳ね、仕切りのフェンスに背中から激突。
勢いが完全に消えると肺の中の空気をすべて吐く。
喉の奥から血の匂いがした。
「天宮さん!」
遠くから秋山の声がする。
全身に走る鈍い痛みを押して顔を上げると、ドレイクはこちらを見向きもしていない。
すでに俺のことは仕留めたつもりだ。
ドレイクは執拗に秋山を襲っている。
「行か……ないと」
アイテム覧からポーションを取りだし、一息に飲む。
途端に全身を駆け巡る痛みが引き、気怠さが掻き消える。
まだ戦える。
激突の衝撃で曲がったフェンスを支えに立ち上がろうとして力が抜けてしまう。
立ち上がれずに困惑していると、自分の膝が笑っていることに気付く。
大ダメージを受けて、俺は無意識に怖じ気づいていた。
「動けよッ、この臆病者!」
拳を自分の膝に叩き付けて根性を入れ直し、今度こそ立ち上がる。
「待ってろ」
稲妻を纏い、剣を構え、右手に力を込める。
両目で捉えるのは炎を纏う爪を振り上げたドレイク。
それが秋山に振り下ろされるその前に、渾身の力を込めて剣を投げた。
稲妻を引いて馳せる一条がドレイクの脇腹を穿つ。
深々と突き刺さり、怯む様子が離れていてもよく見えた。
「まだだ」
畳みかけるように指先をぴんと伸ばし、ドレイクに照準を合わせる。
放つのはレベルアップで習得していた新スキル。
「雷吼」
指先に稲妻が集い、雷鳴が吼える。
解き放たれた一条は地面を滑空する落雷のようにドレイクを打つ。
感電と同時に脇腹に刺さった剣を介して体内を焼き、大ダメージを与えた。
「秋山! 無事か!」
磁界を発生させてドレイクの脇腹から剣を引き抜いて手元に引き寄せる。
駆け寄る最中に柄を掴み、秋山の隣りへ。
「天宮さん! それはこっちの台詞ですよ」
「たしかに、そうかもな」
戦線に復帰し、改めてドレイクをみる。
「五割ってところか? HP」
「そのようですね。疲弊具合を見るに」
パラロスのモンスターにHP表示はない。
見えるようになる魔法や装備はあるが現状では手に入らないもの。
けれど、モンスターのHPがどれほど残っているかの基準はある。
それがモンスターの疲弊具合。
ドレイクはパラロス時代に何百と狩ってきたモンスターだ。
様子を見ているだけで大体の残りHPはわかる。
パラロスと今とで仕様が変わっていなければ、という前提ではあるけれど。
「さぁ、来るぞ」
口から吐き出された火炎放射によって脇腹の刺し傷が焼かれて塞がる。
応急処置を済ませたドレイクがこちらを睨む瞳には怒りが宿っているように見えた。
更に苛烈な攻撃がくる。
握り締めた剣に力が入り、身構えた。
「――月の諸手 大地の歩み 星の海の果ての果て」
耳に届いたのは聞き覚えのある言葉
「詠唱……」
魔法の発動に不可欠な詠唱。
「近くにプレイヤーがいる」
そう気がついた刹那、無数の風の刃がドレイクを襲う。
鎌鼬。
それを見て思い浮かぶのは一人のプレイヤー。
彼を捜して視線を彷徨わせると天井のないコンビニの上に立っていた。
「ゲイル!」
パラロス時代に最も多くの時間を共にしたフレンドだ。
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