家族捜索
剣が唸り、戦笛が旋律を奏でる。
数日前、俺たちを危機的状況に追い詰めたヘルハウンドが次々に消滅していく。
俺たちのレベルはすでに19に達し、一撃でHPを削り取ることが出来るようになっていた。
舞い散る火の粉を払うように薙いだ剣が最後のヘルハウンドを断つ。
熱気に当てられて額に浮かぶ汗を拭い、熱い息を吐いて剣を鞘へと押し込む。
掻き消える死体と共にいくつかのアイテムがドロップした。
「素材……爪なんかはポーションの材料になるからいいけど。肉はなぁ」
「謎のお肉、以前は調理して回復アイテムに出来ていましたが……」
「食べる気にはならないよな」
「はい」
ここが現実であると俺たちは思っている。すくなくともその可能性が高い。
だからこそ、得体の知れない生き物の肉を迂闊に口にすることは憚られる。
「食べた瞬間に体に異変が起こるかもな」
「モンスターになってしまうかも知れません」
「ヨモツヘグイと似たようなものだな。一度口にしたら戻れなくなるかも」
そうなったらと思うとぞっとした。
「かといってただ腐らせるのもな」
生ものはアイテム覧に入っていても時間経過で腐敗する。
謎の肉が腐った謎の肉へと変わってしまう。
取り出すと鼻が取れるかと思うような強烈な臭いがするため処理に難儀する。
なにかいい使い道があればいいけど。
「アァ……アァアアァ……」
遠くから響く、呻き声。
何かを引きずるような音。
すぐに視線を向ければ見える、おぞましい姿のアンデッド。
開けっ放しの口から壊れた蛇口のように漏れる声。
連鎖するように、それらは連なっていた。
「……行こう」
「はい、すぐに。戦わないように」
あのアンデッドたちは真向かいの三木さんがそうだったように元人間だ。
パラロスでもアンデッドを人間に戻すことは出来ない。
アンデッドと化すのを防ぐ方法はあるけれど、彼らはもう手遅れだ。
でも、だからと言って、彼らを二度殺せるかと聞かれたら俺にその覚悟はない。
「もうすぐ避難所だ」
アンデッドの群れから逃れた道の先にある避難所。
「今度こそ人がいてくれると良いのですが」
「前の四つは全部空振りだったからな」
避難所として指定されている施設のいずれも無人だった。
モンスターに追い立てられたのか、到達すら出来なかったのか。
アンデッドの数を見るにかなりの人数が犠牲になっている。
家族も、と脳裏に浮かんだ嫌な考えを払うように首を振り前を向く。
ちょうどコンビニが目に入った。
「すこし休憩しよう」
「はい、物資を補給しましょう」
コンビニに立ち寄り、休憩がてらに商品を眺めていく。
視線は商品棚から雑誌のコーナーへ。
何気なくマンガ雑誌を手にとって捲ると、きちんとマンガが掲載されていた。
「……この雑誌、全部読めるんだよな」
作者も出版社も何もかもが違う作品たちがこうして読めてしまう。
これらすべてに著作権があり、ゲームの中に置くには許諾が必要となる。
これだけ大量の雑誌のすべてからそんなことができるのか?
図書館にある書籍はどうなる?
俺の部屋の本棚にあったマンガや小説は?
到底無理だ。
「やっぱり、現実としか――」
「天宮さん」
秋山の声、声音からして緊急性はない。
「どうした?」
返事をしながら雑誌を元に戻し、秋山の元へ。
レジカウンターの前に立っているのを見付け、その隣りに立つ。
「見てください、カウンターにお金が」
「ホントだ。なら、誰かがここに来てる。近くに人が?」
「このコンビニは避難所からも近いですから、今度こそ人がいるかも知れません!」
「よかった。ようやく一歩前進――」
ずしんと音が響き、地面が揺れる。
「地震、いや足音か?」
二度、三度と揺れ、より大きさを増す。
近づいて来ている。
「隠れましょう」
商品棚の影に身を隠し、ゆっくりと外の様子を窺う。
瞬間、無骨な脚がアスファルトを踏み砕く。
天井に沮まれて脚しか見えず、全長は見当も付かない。
とにかく巨大なモンスターがコンビニの前を通っている。
駐車場を歩き回っているのか、中々足音が遠ざからない。
俺たちは互いに息を潜めて静寂が訪れるのを待つ。
そしてある時を境に足音がぴたりと止む。
「通り過ぎたのでしょうか?」
「みたいだな。戻ってくる前にここを出よう」
「そうしましょう」
互いに頷き合った直後、天井が剥がれて宙を舞う。
響き渡る轟音の只中にモンスターの咆哮が混じる。
露わになった快晴の空に、龍の顎が映り込む。
「――ドレイク!」
翼を持たない龍。
リザードの上位種。
その適正レベルは25で、現状の俺たちよりも格上だ。
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