クラフト
「まさか暖かいご飯がいただけるとは思いませんでしたー」
ビニールの袋を空けると湯気が立つ。
おかずは結局、鯖味噌の缶詰にすることにした。
「ありがとうございます。えーっと」
「あぁ、名前か。この場合どっちを名乗ればいいんだ?」
プレイヤーネームのライトか、それとも本名の天宮か。
そもそもまだ彼女はここがゲームの中だと思っているんじゃ?
いや、でもあの日から数日は経っている。
少なくともログアウト出来ないことには気がついているはず。
「おっと、そうでした。まずは自分から名乗るべきでしたね。おっほん」
カウンター越し、客と店員のように顔を合わせる。
「私は秋山琴音と申します。どうぞお見知りおきをー」
「ご丁寧にどうも」
なら俺も本名を名乗ろう。
「俺は天宮春人、会えてよかった」
「私もです。ずっと一人では心細いですから」
「そうだな。あぁ、そうだ。速いところ食べよう。冷めたら勿体ない」
「はい。では、頂きます」
湯気の立つご飯を割り箸で摘まみ、口へと運ぶ。
久方ぶりに食べた暖かい味が疲弊しきった心にしみる。
味付けされていないただの白米がこんなに美味しいと感じるようになるなんて。
「美味しい」
彼女の頬が緩む。
同じ気持ちだろうか。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
空になったパックと缶詰の缶をゴミ箱に捨てる。
もはや回収もされないけれど、その変に捨てるよりマシだ。
「でも、驚きました。まさか雷のスキルで電子レンジを動かせるなんて」
「俺もびっくりしてる。これならそこのフライヤーを使って揚げ物も出来そうだ」
「揚げ物」
今の俺たちにとっては甘美な響きだ。
思わず互いに喉が鳴る。
それが恥ずかしかったのか、すこし顔を赤らめて秋山は話題を変えた。
「天宮さんは今までどこで寝泊まりしていたんですか?」
「あぁ、この近くの雑居ビルだよ。結構、ボロいけど」
「それでは私が寝泊まりしている所にご招待しますよ。外は危ないですから、二人で協力して生き残りましょう」
「助かるよ、やっと味方が増えた。これからよろしく」
「はい!」
手を取り、握手を交わす。
二人でコンビニを後にすると曇り空は晴れ、明るい日差しが差し込んでいた。
§
秋山琴音は綿毛のような人だ。
ふわりとした人柄で、性格はゆったりとしている。
冗談を真に受けてしまうような純真さを持ち、口調も柔らかい。
それだけに風に煽られればどこかへと飛んでいってしまいそうな危うさもある。
これが秋山の第一印象だった。
「ここって倉庫……だよな? 家っぽい作りだけど」
「はい。倉庫を再利用して作られた住居のようです。よいしょっと」
鍵が差し込まれ、扉が開く。
「秋山の家?」
「いいえ、植木鉢の下にありました」
「古典的だなぁ」
お邪魔させてもらうと、イメージしていたものよりずっと綺麗な空間が広がっていた。
仕切りのないワンフロアで大型テレビやソファーもある。
奥にはキッチンがあり、二階へと続く階段も見えた。
そして秋山がスイッチを入れると明かりがつく。
「電気が?」
「はい。ここには家庭用の蓄電池がありますから。屋根はソーラーパネルですよ」
「そりゃいいな」
「でも、必要最低限のものしかなくて。電子レンジも冷蔵庫もありません」
「そうか……なら、どこかから運んでくれば――って」
突然、明かりが消えてしまう。
「バッテリー切れか? 最近、曇りばっかりだったもんな」
「……いえ、そんなはずは。私も節電していたのでまだ十分にあったはずですよ」
「なら、故障か?」
一度、部屋から出て外付けの蓄電池へ。
見た目からは損傷が見られない。
内部の精密な部分が壊れてしまったのかも。
「むーん、困りました。これではどこが壊れたのかはっきりしません。配線かも知れませんし、ソーラーパネルかも」
「んんん……そうだな」
専門知識のない俺たちには全くわからない問題だ。
下手に弄っても直る気がしないし、どうしたもんか。
「あ、そうだ」
ふと思いついて蓄電池に触れる。
その状態でアイテム覧を開くと蓄電池の文字が表示された。
それに触れて詳細を開く。
「出た。えーっと……あぁ、故障してるのはやっぱり蓄電池みたいだな」
「おぉー、天宮さんは天才ですねー」
「まぁな、なんて」
冗談を言って笑いつつ詳細に目を戻す。
「故障の原因は内部の劣化による漏電か……まぁ、とにかく壊れたってことだな」
「この蓄電池を直すには……おぉ、良い案が思い浮かびました。天宮さん、天宮さんのレベルは幾つでしょうか?」
「レベル? たしか昨日10に上がったけど……あぁ!」
「そうです。レベル10から解禁のウィッチクラフトです」
「なるほど、その手があったか」
ウィッチクラフトは素材の合成だ。
設計図があれば剣や装備を作ることも可能で、無くても現物があれば強化できる。
そして壊れた現物と必要素材さえあれば修理することも可能。
蓄電池を修理できる。
「天才だな、秋山」
「えっへん。なんて」
秋山は笑みを浮かべて照れくさそうにする。
なにはともあれ、目標は決まった。
蓄電器を直すのに必要な素材を探そう。
「じゃあ俺が。ウィッチクラフトっと」
メニュー覧から新たに追加されたウィッチクラフトを選択。
アイテム覧が開き、蓄電池を選ぶと修復に必要な素材が表示された。
「うわ、多いな」
「随分と細々とした素材が必要なようですね」
「なんか見たこともないような名前もあるし……これ、新しく蓄電池を用意するほうが楽なんじゃ」
「たしかにそうかも知れませんね。新しい蓄電池を――」
「ん?」
「おや?」
ふと思いつく。
「これ蓄電池に蓄電池をぶち込めば直せる?」
「私も同じことを考えていました。ふふ、気が合いますねー」
「なら、決定だな」
目標更新、新しい蓄電池を手に入れよう。
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