ラスボス戦
伏魔殿は豪華な金の装飾が施された禍々しくも絢爛な建造物だ。
内部の至るところに悪魔がいて、ショップやセーブなどと言った役割を担っている。
ファストトラベルの瞬間移動を終えると、いつもの食堂につく。
規則的に並べられた長机の上に豪華な料理が並び、プレイヤーはここで食事が出来る。
ちゃんと味がして満腹感も得られる、すこし恐ろしい場所でもあるけれど。
巷ではこれを利用したダイエットがあるとか。
パラロスダイエット、だっけ。
「しかし、悪魔の手先になって天使を倒すゲームって、なんか背徳的だな。今更だけど」
「そう? 幾らでもあるでしょ、その手のゲームなら」
「そうだけどさ」
食堂の適当な席に着く。
「画面越しだったから平気だったけど、見ろよこの伏魔殿を。ホントに悪魔の手先になったみたいだろ?」
「ふーん? まぁ、たしかに? そう言われて見ればライトの言う通りかもね。滅茶苦茶リアルだし」
改めて万魔殿を見渡すと、その完成度の高さに息を呑む。
本当に悪魔の巣窟にいるかのように思えてくるのは俺だけじゃないはず。
「でも、それって良いことでしょ。それだけ没入できてる証明だよ」
ウインドウを開いてゲイルは手早く注文を済ませる。
すると直ぐに小悪魔がどこからか料理を運んできた。
「ライトは食べないの?」
「俺はいい。ここで喰うとリアルで食欲が減退するから」
「なんか社会問題にもなってたっけ、それ。僕は帰ってからでももりもり食べるけど」
「その食欲が羨ましいよ」
ゲイルが食べている間、アイテム覧を開いてドロップ品を整理していると、不意に食堂の扉が勢いよく開かれる。
「おい、みんな! 外に出ろ! 中継やってるぞ! ラスボス戦!」
その言葉でにわかにざわめき出す食堂。
ほとんどの者は席を立ち、まだの者も料理を掻き込んでいる。
俺とゲイルも顔を見あわせ、すぐに席を立つ。
駆け足になって伏魔殿を出ると、空をスクリーンに映像が映し出されていた。
「うわ、すっげぇ……」
ゲイルが声を漏らすのもわかる。
ラスボスであるアブディエル、それと戦うトッププレイヤーたち。
より苛烈に勢いを増す戦闘はこの世界でしか味わえない。
誰もが映像に釘付けとなり、誰が開口一番だったかいつの間にか応援の声が轟いていた。
拳を握り締め、固唾を呑み、決着の時を待つ。
一人、また一人と力尽きて脱落していく中、一人のプレイヤーがアブディエルを貫いた。
「やった!」
HPを削りきられたアブディエルは塵となって消滅する。
映像の中のプレイヤーが達成感に満ちた拳を振り上げると、大歓声が巻き起こった。
「五年続いたパラロスもついに節目か」
「追加コンテンツとか来るのかな?」
「パラロス2かもよ」
「どっちでも良いから情報を、情報をくれ-!」
「その前に俺たちもクリアできるようになっとかないと」
ラスボス討伐に大いに沸き上がるプレイヤーたち。
俺やゲイルも例に漏れず盛り上がっていると、ふいに電源が落ちたように周囲が真っ黒になる。
騒然とする中、暗闇の中に一人の男性が現れる。
「ムルキベルだ」
ムルキベルはこのパラダイスロストとVRマシンアップルの制作者。
ゲームを起動して真っ先に合う人物であり、背中に黒い羽を背負っている。
悪魔か堕天使のように。
「おめでとう、諸君。悪魔に唆されたキミたちはついに天使アブディエルを打倒し、自らの手で世界を売り払った。これからの世界は悪魔が支配し、永遠に闇の時代が続くだろう。皆が望んだバットエンドだ」
心底愉快そうにムルキベルは語る。
「機は熟し、準備は整った。これより我々は復活せし魔王と共に地上へと進出し、神の作りしこの素晴らしい世界を蹂躙する。それを是非キミ達にも味わってほしい。他ならぬキミ達が招いた事態なのだから」
実に悪魔らしい台詞が続き、誰もが固唾を呑んで見守った。
「では、勿体ぶるのもここまでにして発表しよう。これがパラダイスロストの次回作!」
瞬間、暗闇の世界に色が宿り、足下に世界が広がる。
夜空に立ち、見下ろした先には近代的な街並みが広がり、その只中に二本の高い塔が立つ。
「これって……」
「と、東京?」
東京都上空に、俺たちは現れていた。
「次の舞台は東京ってこと!?」
「すげぇ、マジか! 地元じゃん!」
「めっちゃリアル!」
「異世界から帰ってきたってことか」
「じゃあ、今度はなにと戦うの?」
今作パラダイスロストでは天使と戦ってきた。
なら、東京に、人間の世界に戻ってきた俺たちは一体なにと戦うのか。
期待の篭もった眼差しがムルキベルへと向かい、彼はにやりと笑う。
その直後、足下で大きな音がする。
「な、なんだ?」
連鎖するように鳴り響き、次第にそれが街の壊れる音だと知る。
倒壊する建物、上がる火の手、逃げ惑う人々。
それらの原因は俺たちがこの手で何度も倒して来たモンスターたち。
「これは数時間前の出来事だ。さて、なにと戦うのか、だったか」
視線が再びムルキベルへと引き戻される。
「それはキミたちの目で確かめるといい」
内臓を抉られるような不快な感覚の正体が、落下に伴う浮遊感だと知った頃には遅かった。
空に立っていた俺たちは真っ逆さまに地上へと落ちていく。
落下の最中、俺たちを見下ろすムルキベルは心底愉快そうに言葉を紡ぐ。
「終末を楽しんでくれ。これはキミ達が招いたことなんだから」
言葉の意味もわからず落ちていく。
心の中に僅かに芽生えた違和感と共に。
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