84.ランニング
【櫻木桜花】
「おまたせー!待った?」
「ちょっとな」
「んじゃ走ろっか」
「ん」
9月に入ったというのに夏の間に売れ残ってしまった独身セミの悲しい叫びを聞きながら今日も今日とていつもの川べりでりっちゃんと合流した。週に1,2度こうしてりっちゃんとは会っているはずなのになぜだかすごい久しぶりなような...?
「どしたん?」
「いや、なんでも!今日どんくらい走る?」
「んー、今日は5キロくらいにしよかなー」
走りながら考え事をしているとりっちゃんに怪訝に思われてしまった。それにしても2年前と比べてりっちゃんもだいぶ体力ついてきたなぁ...。最初なんて私についてくるのはもってのほかで1キロ走ってヘロヘロになってたのにね。
「りっちゃんも体力ついてきたよねー」
「まーなー。最近は軽い筋トレもしてるし」
そういえばこの前そんなこと言ってたなー。でもりっちゃん、身長のわりにめちゃくちゃ体重軽いからなぁ...。
「筋トレはいいけど...ちゃんと食べてる?体重減ってない?」
「食べてるよ。最近測ったらちょっと体重増えてたし」
「お、何キロになった?」
「親戚のおじさんかよ。確か...48だっけか」
お、私と一緒じゃん...ん?待てよ。
「りっちゃんって今身長何センチあったっけ?」
「今年の4月の身体測定だと165ぐらい」
「だよね...」
私の身長より10センチ高くて同じ体重って、ちょっと細すぎない?
逆に私...?
「いや、私は筋肉だからね!」
「んん、なにが?」
「ごめん、なんでもないっち」
「...ち?」
別にりっちゃんに張り合っても意味ないんだった。明日から朝練もっと走ろ...。
「もうちょいペース上げれる?」
「いいよ」
少しだけ走るペースを速める。りっちゃんも少し汗ばんでいるようだけどまだ余裕そうだ。
「総ちゃんも一緒ならいいんだけどなー」
「そう、だな。まぁ、時間合わんしな」
「今日試合だっけ?」
「たしか」
りっちゃんとはお昼に一緒にご飯を食べるからほぼ毎日会ってるけど総ちゃんとは高校に入ってから時間が合わず会う機会が減ってしまった。お互い忙しいから中学校の時みたいに3人で一緒に帰るなんてこともなくなっちゃってちょっと寂しいな。
「また3人で...いや悠ちゃんも含めて4人でどっか遊びに行きたいね」
「いいな。総司は気まずくなりそうだけど」
「そう?」
一見すると女子3人と男子1人だけどりっちゃんはバチバチ男子高校生ソウルだから大丈夫だと思うんだけどなぁ。
「てか、なんか悠ちゃんと急激に仲良くなってきてない?」
「そ、そうか?まぁ...そうかも」
そうだよ!ここ最近お昼にりっちゃんの教室に呼びに行ったらいっつも悠ちゃんと話してるもん!
「ずるい!!」
「えぇ...」
「私も悠ちゃんともっと仲良くなりたいのに!」
「あぁ、そっち...」
「ん?そっちって?」
「いやなんでも。忘れて」
りっちゃんは少し恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。何のことだかわからないけど...まぁいっか。
「この前夏祭りデート行ってきたんだよね?」
「デ、デートって...」
「あー、私も悠ちゃん遊びに誘ってみよっかなー」
「いいんじゃないか?」
やっぱり仲良くなるには二人っきりで時間を共有することが一番だからね。
「山登りとか楽しいかなー」
「桜花は楽しいだろうな。桜花は」
「ジムもいいなぁ」
「桜花は...」
「海沿い走って30キロくらいサイクリングもいいよねー」
「うん...」
どれなら悠ちゃん喜んでくれるかなぁ。
「いったんアスリート思考はやめて、普通にボウリングでも行ったら?」
「ボウリング?」
「体動かすならそれくらいがちょうどいいから」
「そうかな?じゃあ今度誘ってみる!」
「それがいい。悠のためには」
うーん...まぁ、考えてみたら山登りとかサイクリングはちょっとだけきついかな。それは全部りっちゃんと行けばいいもんね!
「そういえばりっちゃんあれはまだやってるの?」
「あれ?」
えーっと...喉元まで出かかってるんだけど全然名称が出てこない。
「ほら、なんだっけ?ばーちゃるふぁいたー?」
「バーチャルライバーな」
「そう、それそれ!」
ユーライブ自体あんまり見ないから詳しくないけど、りっちゃんがやってるって言ってたから覚えていたんだ。
「そりゃまぁやってるけど」
「たしか登録者数15万人いるんだよね」
「いや、今は30万人いった」
「30万人!?」
たった3カ月で倍になってるんだけど!
え、私が知らないだけで登録者数ってそんなに簡単に増えるものなの?
「いやぁ...すごいねー」
「僕もなんでこんなに増えてるのか知りたいくらいだよ」
「有名になったら推しに会うっていう夢もそのうち叶うかもね」
「そう簡単なものでもないけどな。まぁそうなればいいとは思ってるけど」
Vライバーを始めたおかげか悠ちゃんに出会ったおかげかはわからないけど明らかに今のりっちゃんは変わった。私や総ちゃんと話すとき以外にも前より饒舌に話せるようになったし、毎日が楽しそうに見える。
「私もそのバーチャルライバー始めてみようかな...」
「え、桜花まで!?」
「まで?」
「いやなんでも...」
こうしてりっちゃんが変わるきっかけを生み出したバーチャルライバーというものに少し興味を持ったんだけど...まぁ実際は部活とかでそんな時間は取れないだろうから無理かな。
「で、いつになったら活動してる名前教えてくれるの?」
「いつになって無理だって。ハズイし」
「えー!私も応援したい―」
りっちゃんの配信見てめちゃくちゃ愛でたいのに!
「そんなこと言ったって知り合いには絶対......見られたくない」
「何、今の間?」
「別に...」
怪しい...。
「もしかして、誰かに知られている?」
「ちょっと何言ってるかわからないな」
「家族以外に知られている?」
「...わかりません」
「それは私の知っている人?」
「なんで〇キネーター方式で詰めてくるんだよ。あとわからないをはい扱いするな」
ふふふ、女の勘を舐めないでもらいたいな...使い方あってるのかはわからないけど。
「どうせ総ちゃんとかにバレたんでしょ!」
「違うわ」
「いーや、絶対そうだよ」
「なんだその根拠のない自信は...」
何年一緒にいると思ってるの!
りっちゃんが嘘をつくときの声色くらい簡単に見分けがつくよ。
「総ちゃんに知られたなら私にも教えてよ!」
「うーん...てか総司じゃなくて悠な」
「えー!そっち!?」
私の知らないところでそんな深い関係に?!
「へぇー?」
「にやつくな。別に偶然バレただけだから」
「偶然ねぇ」
「悠の推しとたまたま大人数でコラボしてバレただけだから、深読みするなよ」
まぁ、よくわからないけど悠ちゃんとりっちゃんが仲良くなるんだったらいっか!
...今度こっそり悠ちゃんから聞き出してみようかな?
「そろそろ5キロだけどりっちゃん先帰る?」
「いや桜花が走り終わるまでここで待ってるわ」
「わかった!爆速で走ってくる!」
「ゆっくりでいいぞー」
・
・
・
「あー、いい汗かいた!」
「おつかれー」
そういうとりっちゃんは私に缶のジュースを投げ渡してきた。
「ありがとー!いくらだった?」
「今度おごって」
「わかった!じゃあ、帰ろっか」
日も暮れたし帰路に就こうとしていると突然ポケットの中のスマホが震え始めた。
「ごめんちょっと待ってて!」
「おー」
画面を見てみると「お姉ちゃん」と表示されていた。ここ最近忙しそうにしていたみたいだけど何だろう?
「もしもしお姉ちゃん?」
『あ、桜花元気―?』
「元気だよ、それでどうしたの?」
『私お盆の時忙しくてそっち帰れなかったじゃん?』
「うん、そうだね」
お姉ちゃんは現在東京の大学に通っていて勉強やバイトなどいろいろと忙しくて帰ってこれないらしい。
『それなら逆にみんなこっちに呼べばよくない?って思ってさ』
「えぇ...」
どうやったらそうなるんだろう。
『シルバーウィーク中って部活あるの?』
「まぁ自主練だけど...てか明日?」
『お母さんたちは大丈夫みたいだから桜花の予定聞いときたいなって思って』
「急すぎない?」
『ごめんねぇー!でも11月から私も電話に出れないくらい鬼忙しくなりそうだからさぁー。それで大丈夫ってことでいい?』
「うーん...まぁいいけど」
今月は大会もないし私に関してはある程度自由に練習してもいいってことになってるからね。
にしたって急だけれども!
『おっけー!かかるお金は全部こっちで負担するから心配しないでね』
「大丈夫なの?」
『大丈夫!じゃあまた東京でねー!』
そういうと電話は切れてしまった。
このわずかな時間で怒涛のように予定が埋まってしまった。1分も話してないはずなのにこの短い時間でいきなり東京旅行決まることってある?
まぁ、昔からお姉ちゃんは嵐のような人でそれに振り回されることも多かったが久しぶりに会えるということにすこし喜びもあるのは事実だけど。
「誰からだったん?」
電話が終わったを見計らってりっちゃんが近づいてきた。
「お姉ちゃんから。りっちゃんも小さいときあったことあるよね?」
「小学生のころだったっけか。ものすごい破天荒な人ってのは覚えてる」
「ほんとねー...今も明日から家族みんなで東京遊びに来いってさ」
「...すごいな、いろいろと」
りっちゃんは私に同情するような視線を送ってきた。
うちはお母さんもお父さんもこれに慣れちゃって今では私くらいしかストッパーがいないんだよね...止めきれてないけど。
「じゃ帰るか」
「うん!りっちゃんはお土産なにがいい?」
「前にもらった変なストラップ以外ならなんでも」
「えーかわいいのに」
じゃあ東京限定のストラップは総ちゃんに買ってあげよっと!
 




