72.言い忘れていたこと
「ふふ...」
夏祭りから一夜あけた今日。
私は昨日からリッキーと親友になれた嬉しさで、ずっと顔のにやけが治らなかった。
リッキーに小学生だった時に救ってもらった話もできたし、これで私たちの間にはなんにも隠し事はなくなった。
正直、リッキーから本当は男だって聞いたときびっくりしすぎて「あぁ...たしかに胸ないもんね」だなんて無神経なこと言いそうになったけど流石にまずいと思って口を噤んで正解だった...。
男女の友情はないってよくいうけど女(男)女の友情ってどうなんだろう?
私が思うにリッキーって私や桜花がスキンシップしても普通に動揺はするけどそれって男だからっていうより性格的に恥ずかしがりやだからな気がするんだよねぇ...。まぁ聞いてみないことにはわからないけどリッキー自体自分の体が嫌いみたいな話はしてなくて体が女であることを受け入れてみたいだし恋愛観はどうなんだろうね?
まぁ、私とリッキーならそんな問題乗り越えていけるはず!
ま、そんな難しい話は置いておいて。
私は夏祭りの日に聞こうとずっと思っていたことがあった。
それはリッキーが瀬良リツとして活動しているということ。
つまりリッキーが瀬良リツなんだとしたらVライバーをしているだけでなく、イラストレーターとしてお仕事もしていることになる。「瀬良リツ 作品」で調べたらこれまでにゲームキャラクターデザインやライトノベルの挿絵などかなりの数の依頼をこなしているのが判明した。
いや、普通にそれすごくね。
まだ私らただの高校2年生よ?
平日はほとんど学校にいて休日は配信してるってのにいつ仕事してるのさ...。
リッキーと出会ってからすぐにVライバーを勧められてこうやってアリス様という推しを見つけたわけだけど、私はあるときから心の中でふと「私もやってみたいな」と思い始めてしまっていた!
実際Vライバーをするのが大変なのはわかる......。
だけど...。
だけど...!
もしかしたらVライバーになったら推しのアリス様と直接おしゃべりできるかもしれないってことじゃん!
まぁ、確かにリスナーがVライバーさんと直接話す機会はまったくわけでもない。近年Vライバーグループが大きなイベントをすることも少なくないので、もしかしたらそこで1対1になってお話するブースもあるかもしれない。
しかしはっきりいうがそんなイベントは稀だ。
このままではただ推しに会いたいからVライバーになりたい人みたいになってしまうから付け加えるが、私は話すことが大好きだ。
私は自分の好きなことを頭のフィルターを通すことなく考えたままにがんがん話してしまう。おしゃべり体質なので相手のことは考えずに話してしまうことも多いんだけど、エリやリッキーは私が何を話していても頷きながら楽しそうに聞いてくれるからますます話が止まらなくなってしまう。私が話していることに対して共感してくれたり意見を言い合ったりすることが大好きなのだ。
だからこそ私はVライバーになりたい!
「うーん...」
でもVライバーになる方法って何があるんだろう...。今からどこかの会社に応募するって言ったって話が長い以外にこれといって特技のない私が受かるはずもないし。
そもそもあれってどういう原理で動いているのかがわからないんだよね。「瀬良リツ」はリッキーが描いたイラストを使ってるみたいだけどどうやってあれ動かしてるんだろ。多分、動かす専門の技術者の人が別にいると思うんだ、知らないけど。
というわけで私はイラストレーターをやっているリッキーにVライバーになる方法を教えてもらうにした。今日は瀬良リツとして配信もしてないみたいだし、お昼の時間帯にリッキーに電話を掛けた。
2コールほどして電話がつながった。
『もしもし?』
「あ、もしもし私!私だよ、私」
『あれ...もしかして新手の詐欺?』
「あなたの娘です!お金ください!」
『僕に娘はいません』
電話に出て早々そんな意味の分からない茶番に幸せを感じつつ、リッキーにVライバーのなりかたを聞いてみる。
「リッキーってさ、イラストレーターもやってるんだよね?」
『うん。そうだけど』
「実はね...昨日言い忘れてたんだけど私もVライバーになりたいなーって思ってたの」
『...え、ほんとに?』
私がそう言うとリッキーは一瞬黙り、電話の向こうで驚いているのがわかった。
「まじまじ!私もアリス様としゃべりたいし!」
『いやVライバーになりたい理由僕と同じやん』
リッキーもリリカ様に会いたくてデビューしたんだ。やっぱ私たち似てるね!
「それでね、Vライバーってどうやったらなれるのかなーって。全然しらなくてさ」
『あ、そうなんだ。じゃあさVライバー用の体あるから一つ悠にあげようか?』
「え、なに体あるって?」
『実は何個かいろんな種類のボディーつくってあるんだよね』
え、なにボディー作ってるってことはリッキー、Vライバーの動かし方もわかるの!?
「ちょっとまって...。もしかしてリッキーVライバーの体作れるの?」
『え、うん。だから連絡してきたんじゃないの?』
「違うよ!相談しようと思ってただけ!」
まさかリッキー、イラストが描けるだけじゃなくて動きのつけ方までわかるなんて...。
多才過ぎない?
『でも悠がデビューしたいっていうならサンプルひとつあげるよ』
「えぇ...でも悪いよ!それって商品なんじゃないの?」
『うん、まぁでも全然売れないしなぁ...』
リッキーの声から悲しさがにじみ出ていた。そんなに売れてないんだ。
「そうなんだ...」
『だから悠が使ってくれるほうがいいんだけどなぁ...?』
イマジナリーリッキーが壁からちらりとこちらを覗いている想像をしてしまった。
リッキーは本当に相手が申し訳なくならない言い方が上手い。
「じゃあ...ひとつ貰ってもいいかな?」
『いいよ。じゃあいくつか画像送るからその中から選んで』
そういうとリッキーからいくつかVライバーの原案のようなものが送られてきた。かわいいものやかっこいいもの、どれも本当に魅力的だ。
「あ、これ...」
『ん?』
「サンプル6のやつ!めっちゃ私に似てる気がするんだけど」
『そ、そうかな...?』
あれ、リッキー動揺してない?
「髪色とか、ピアスとか...え、ほぼ私じゃない?」
『...』
「リッキー?」
『...実はそれ、悠をモデルにして作ったやつで...』
リッキーは観念したように小さい声でカミングアウトした。
本当に私をモデルにつくったんだ...。
もう一度見てみるが見れば見るほど特徴をとらえている。制服のデザインは違うけど髪型やピアスなどそっくりだった。私が二次元に生まれたらこんなかんじだろうなっていうのが完全に再現されている。
『許可とらずにごめん...』
「いやいいよ全然!もしよかったらこれ使ってもいい?」
『いいの!?』
「やっぱここは本人が使わないと、ね?」
ていうかサンプルの6だけ注意書きで「これは売り物ではない」って描いてあるんだけど、もしかしてこれ売るつもりなかったんじゃないの?
ふ、ふーん...?
『あ...そういえば設定の仕方はわからないよね?』
「あ...うん」
『じゃあ、今度配信のやり方も教えるよ』
「ほんと?ありがと!」
何から何まで本当にリッキーには感謝だなぁ。
「あ、そうだ。そういえばやりたいことあるんだけど...いいかな?」
・
・
・
リッキーに私がやりたいことを相談すると二つ返事で快諾してくれた。
『いいと思うよ。じゃあ今度そうしてみよう』
「うん!」
ふふふ...その日が楽しみだ。




