71.一ノ瀬和希
実はちょっと前に一回違うテイストで書き上げたんですが気に食わなくて全部書き直しました...。
タイトルの件ですが変えない方がいいというご意見が多かったのでこのまま行こうと思います。
ご意見ありがとうございました!<(_ _)>
家に帰ってきてベッドに倒れこむ。
今日は夏祭りも楽しかった。悠に本当の自分を打ち明けられたと思ったら逆に悠から旧知の仲だったことを打ち明けられるし...いろんなことがあった。
しかし、なんで急に鮮明に昔の悠とのことを思い出したんだろうか。頭痛がした後で一気に当時のエピソードが頭の中に流れ込んできた。
まぁ、おそらく目を閉じて夢の中に行けばあいつが教えてくれるはずだ。
僕は意識がどんどん深くに潜っていくのを感じながらベッドに身を任せた。
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【前世の記憶より】
中学生時代を他人と距離を置いてアニメの世界にどっぷりハマって過ごしていた僕は卒業して高校に入ってからも全く同じような生活を過ごしていた。両親も僕が思春期だったということもありそのことにはセンシティブになっていたようで特に何も言われなかった。
しかしながら中学生から続けていたゲーム作りは今まで通りだった。前までは別に自己満足で自分が楽しんで終わりだったのだが、高校生になって父親のすすめもあってちょっとしたアマチュア部門のインディーズゲーム大賞に応募してみることにした。
今までと違って趣味で作るだけではなく本気で作ってみたい思い、夏休みを丸々利用してなんとか一本のゲームを完成させることができた。内容としてはドット絵のキャラクターが外からの協力者として存在するプレイヤーの指示を受けて広い屋敷を脱出するという王道のコンセプトだ。自画自賛だが中々の出来だったと思う。
なんと結果は優秀賞。惜しくも大賞には届かなかったがその他のノミネート作品を見ていると大体が技術系の専門学校からのものだったので個人製作でここまでやれたのは自画自賛だがすごいと思う。
これによって僕は他人に評価されるということにちょっとした快感を覚えた。今までは自己満足のために作っていたのだが、こうやって大会に応募してみて初めて他の人に向けてゲームを製作したのだ。
中学生のころから僕は個人サイトでフリーゲームを配布していたのだが、このころから自分本位のゲームではなく大衆が楽しめる評価されるゲームを作るようになった。
高校時代はこれ以外とくに特筆すべきところはなくそのまま誰ともつるむことなく3年間を終え、東京のプログラミング系の学科がある大学へと進学した。正直、今までは父親からのアドバイスと独学のみでゲームを作っていたのだがそれだけでは技術力に限界を感じていたため専門の場所で基礎から学びたいと思っていた。
大学に入ってからも特に交友関係を深めたいとも思っていなかったのでサークルにも所属せずずっと一人だった。
入学して2週間ほどたったころ、大学でも誰ともつるまず昼休みに一人で新しいゲームを作っていると後ろからいきなり声をかけられた。
「一ノ瀬くん、それ課題のやつ?」
「え?いや...違うけど」
振り返るとそこにはバッチバチにメイクをして長い金髪をたなびかせたバリバリのギャルがいた。かたや伸びっぱなしの髪を後ろでくくって特段おしゃれでもない服装の根暗。どうみてもアンバランスな光景だった。
「てか...誰ですか?」
「えー、覚えてないの?入学式の時となりの席でちょっと話したよ」
「あー...うん...」
「全然ピンときてないじゃん!」
正直言って入学式の時に確かに隣の席にいた人に何か話しかけられた記憶はあるが、なにせ興味がないので適当なことを言いながらスルーしていた気がする。
「うちの名前、篠宮京子」
「はぁ...それで篠宮さんは僕に何かご用、ですか?」
「べつに用ってわけでもないんだけどさー。なんかいっつも一人でパソコンいじってるから何やってるのかなーっと思って」
たったそれだけの理由でこの人は僕に声をかけてきたのか?
やっぱり人生を太陽の下で送っている人間の思考は僕とはまったく違うなぁ...とぼんやりと考えていた。
「ゲーム作ってるだけです」
「へぇ~、それってもしかしてゲーム大賞に出すやつ?」
「まぁ...」
いつの間にか彼女は僕の隣に座っていた。正直用もないのに長々と話すよりプログラム製作に集中したかったのでどこかに行ってほしかったが無下にするわけもいかずそのまま進めることにした。
「てか、なんで知ってるんですか?」
「いやだって一ノ瀬くん去年出してたでしょ?」
「いや出してましたけど...」
まぁ応募するときは実名でしていたしそれをみられていてもおかしくはないけど、こんなにも話しかけるなオーラをだしている僕に何のためらいもなく話してこられるか?
もしかして今度の実習でプログラミングがあるからなんとなく詳しそうな人を見つけて声をかけてきたとかなのかもしれない。
「篠宮さんもゲームコースなんですか?」
「ううん。うちはデザイナーコース」
本当になんで声かけてきたんだろうか。
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「待ってたよ」
いつものように地平線まで何もない真っ白い空間にジキルは一人立っていた。変わり映えのしない場所だが、今日のジキルはいつものような高校生時代の姿ではなくそれより少し成長した姿だった。
「とりあえず立ち話もなんだし座って話そう」
「...あぁ」
そう言うと目の前に椅子がポンという古典的な効果音と共に出現した。とりあえず促されるままに僕は椅子に腰かける。
じっとジキルを見つめるといつものような演技臭さというか胡散臭さがないことに気が付いた。この姿がこいつの素なのだろうか。
「篠宮悠に本当の自分を打ち明けること、これが僕から君に出した最後の課題だったね」
「え、最後の課題だったのか?」
僕はてっきり最後の課題には準備がいるとかなんとか話していたからまだ先のことかと思っていたが。
「本当は今回こうして課題を出したわけだけど失敗すると思っていたんだ。だが、君を見くびっていたようだ。実際に君は勇気を振り絞って成し遂げた」
「まぁね」
「というわけで見事課題達成だが、いろいろと聞きたいこともあるだろ?」
「まぁ、いくつか...」
「なんでも答えるよ」
いろいろと聞きたいことはあるのだが、まず最初に確認しておかなければならないことが一つある。
「まず一つ確認なんだが、あんたが一ノ瀬和希...つまり悠の父親ってことでいいのか?」
「そうだね。悠は僕の娘だ」
やはりそうだったのか。なんとなく悠の話を聞いたときに予感はしていた。もしかしたら早く死んでしまった負い目として悠を近くで見守るために僕をくっつけたとかそういうことだろうか。
「なんで課題を出して悠と僕くっつけようとしたんだ?」
「まぁ...簡潔に言えば君への負い目かな」
「負い目?」
そういうと一ノ瀬は組んでいた足を解いて僕の顔をじっと見た。
「君は自分の前世が一ノ瀬和希だと勘違いしているが、本当は違う」
「え、勘違い?」
しかし、僕はジキルに記憶をもらう前の幼少期から一ノ瀬和希の高校生時代の記憶がまばらにあったし今までそうだと思っていたのだが。
「話すと長くなるんだが...僕が死んだあと気が付いたら生まれたばかりの君の体に魂として入ってしまっていた」
「...はぁ」
「なんとか抜け出そうとしたんだが、君の魂に僕から一部の記憶が剥落して融合してしまった。それが高校生ころの僕の記憶だ」
...なるほど。
つまり僕が前世の記憶だと思っていたものはなんらかのトラブルによって僕の体に入ってきてしまった一ノ瀬の記憶だったというわけか。
「その記憶は君の人格形成に大きな影響を与えてしまった。僕がこの体に入ってこなければ、もしかしたら君は今とは違ってもっと普通に暮らせていたかもしれない」
「......」
「僕を憎む気持ちはわかる。そのせいで君の人生を狂わせてしまった。本当に申し訳ない」
そういうと一ノ瀬は勢いよく立ち上がり、僕に向かって深々と頭を下げた。
「うん...確かに今までいろんな壁にぶつかってきた」
「...すまない」
依然として頭を下げたままの一ノ瀬に向かって僕は言った。
「だけど僕はもっと普通に生まれてたらなんて思ったことは一度もない!このおかげで桜花や総司、悠っていう心から本音を話せる仲間を見つけることが出来た。なんならあんたに感謝してるくらいだ」
「...感謝?恨んでないのか?」
「まぁ最初はちょっとむかついたりもしたけど、結果的に悠と親友になれたしな」
最初は確かに無理難題を吹っかけてくるこいつを恨む、というか嫌悪していたが今は本当のことが分かって許している。まぁ、嫌悪していたのはそれ以外にもジキルとか言う謎のキャラ付けが気に食わなかったということもあるが。
「てか今の姿が素なんだったら、ジキルってなんだったんだよ。正直それのせいで今まであんたのこと嫌いだったんだけど」
「あぁそれは僕が悠の父親であることを隠すためだよ。悠とはフラットな状態で仲良くなってもらいたかった」
「だとしてもだよ。もう少しいいキャラ付けはなかったか?」
「昔アニメで好きだったキャラを参考にしたんだ。気に食わなかった?」
「胡散臭いところとか底が見えないところとかが気に食わなかったな」
「そう?僕はそういうところが好きだったんだけどな」
「わかりあえないな」
「ははは、そうかもしれないね」
父親なのだから当たり前なのかもしれないが、そうやって笑う一ノ瀬はどこか悠の面影が重なって見えた。
「じゃあ次の質問だけど、小学生の時の記憶はなんで消したんだ?」
「うん...まぁ、これも謝らなければならないことなんだが...」
一ノ瀬はまたもや神妙な面持ちになってうつむきがちに話し始めた。
「悠と君が友達になってその様子を見守っていたんだが、ある日突然悠が転校することになったんだ」
「そうだな」
悠は母親の仕事の都合で転校することになったと言っていたな。
今ならはっきりと当時のことを思い出せる。子供ながらに悠と別れるのがつらくて号泣しながらお見送りしたような気もする。思い出した後だとなんか恥ずかしいな...。
「僕も悠から離れたくなくてできるわけないけど引き留めたかった。そんな思いが肥大化して君の精神にも影響を及ぼすようになってしまったんだ」
ちょっと難しいな...。
「どういうことだ?」
「僕のネガティブな気持ちがダイレクトに君に伝わってしまって転校してからも君は極度に悠を求めるようになってしまったんだ」
「はぁ...なるほどメンヘラみたいなもんか」
「メン...ヘラ?」
「あー...なんていうか恋人とか友達に対して極度に依存的になっちゃう人、みたいな?」
そういえばメンヘラって単語も2010年台に生まれた言葉だから17年前に死んでしまった一ノ瀬は知らないのか。
「それをなんとかするために僕は悠と接触した記憶ごとこの深層意識に封印することにした」
「なるほどなぁ...」
「本当にすまなかった」
「うーん、まぁ結果的に戻ってきたからいいけどさ...。生きてた頃は天才とか言ってたのに死んでからやらかし多すぎない?」
「生前もできた人間ではなかったけどね」
一ノ瀬はそう自嘲気味に笑ったが、おそらく学生時代にあんなにひねくれていたこいつをここまで改心させて、誰にでも分け隔てなく優しい悠を育て上げた京子さんはとんでもなくすごい人だと思う。
「あとは...なにかあるかな?」
「まぁあるにはあるが...それはまた今度聞こうかな」
「また今度?もしかしてまた会いに来るつもり?」
僕がそういうと一ノ瀬は目を丸くしてこちらを見ていた。正直、あの出会いからどうやって結婚まで行ったのかとかオタクとして気になりすぎる。
「え、だめなのか?」
「いや、ダメってわけじゃないが...」
「ならいいじゃん。悠のこととか定期的に報告してあげる代わりに京子さんとのラブコメ...じゃなくて、結婚までの過程教えろよ」
人見知りオタクと陽キャギャルが結婚するまでのリアルラブコメストーリーとかオタクとしては聞かざるを得ないだろう。
「君は本当に欲に忠実だよね。まぁ、いいや。もし来たくなったらここのことを考えながら夢を見れば来られるようにしておくよ」
「助かる」
一ノ瀬はジキルとしてやっていたように呆れたようにわざとらしく肩をすくめてみせた。
「長く話しすぎたね。そろそろ夜もあける。これから悠をよろしく頼んだよ」
「あぁ、任しとけ」
まぁ、今のところ悠には助けてもらってばかりだしこれからは少しでもその恩を返していければいいなと思う。
僕は遠くでなっている目覚まし時計の音がだんだん近づいてきて意識が覚醒しているのを感じた。
実は主人公はTSしてないし、ジキルは黒幕じゃないしタイトルのほとんど嘘ついてるんですよね...。




