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70.夏祭り(4)

とんでもない事実が発覚したところで、薄暗い街灯の明かりをたどって歩いていると公園の近くにさしかかった。



「あ、リッキーちょっとここ寄って行かない?」


「ん、うんまぁいいけど...」


ふと何かを思い出したように悠は僕の手を引いて公園の中に入った。

そういえば僕も小学生の時にこの辺に住んでいたのでここで遊んでいた。あの時の記憶からいくつかなくなっている遊具もあったけどなんだか懐かしい気持ちがわいてきた。



悠は年季の入った鉄棒に手をかけて僕の方を振り返った。



「なんか...今見るとこんなに小さかったんだね」


「この鉄棒なんて僕の腰くらいまでしかないし」


小さいころ僕もこの鉄棒を使って何回も逆上がりの練習をしていたことを思い出した。結局できなくて諦めたんだっけな...。



「あ、ブランコも変わってないなぁ」


そういって悠はブランコに座り漕ぎ始めた。

変わってない...ってことは悠もこの公園に来たことがあるのか?



「悠もこの公園来たことあるんだ?」


「うん...まぁね」


へぇ...まぁこの公園は他の地区の子もよく来ていたので小さいころに僕も悠と会っているのかもしれない。



「懐かしいね。ブランコっていえばあれだよね」


「あれ?」


「思いっきり漕いで誰が遠くまで飛べるかってやつ」


「あー...そんなのあった気がする」


最近の世の中ではそんな危険なことは真っ先に禁止されるだろうが、僕も昔よくしていた。放課後に友達とこの公園に集まり、サッカーをしたりこのブランコでジャンプ大会をしたりしていた。




「まだ...思い出せないんだね」


「え...?」


そうボソっとつぶやいた悠の顔を見ると寂しげな表情を浮かべていた。その言葉の理由を聞こうと口を開きかけたところで悠が話し始めた。



「リッキー...実はね。私も言いたいことがあるんだ」


「...言いたいこと?」


神妙な面持ちで悠は立ち上がり僕も前に向き直った。




「私ね...実は物心つく前にお父さんが死んじゃってそれからママに女手ひとつで育てられたの」


「...」


僕は急なカミングアウトに気の利いた一言も言えずただただ押し黙るが、悠は淡々と続ける。



「別にそのことは気にしてないの。正直その分ママには倍くらい愛情を注がれて育ててもらったと思ってるからさ」


「うん...」


悠の表情を見ているとそれが嘘でないことはわかる。悠のお母さんがどれだけ大切に悠を育ててきたかは日ごろの言動を見てもありありと感じられる。



「実は小学生の頃って私、教室の隅で黙って本読んでるようなおとなしいタイプだったんだよね」


「え、悠が?」


「やっぱ意外っしょ?」


はにかむ悠にドキッとしつつも悠の顔を見つめる。今は学校でもクラスの中心にいるくらい明るくて誰でも分け隔てなく接する太陽の権化みたいな悠が、黙っておとなしく本を読んでいる姿は想像しがたい。



「でもね、やっぱ私も本当はみんなと遊びたかったんだ。窓辺で本読みながら校庭で遊んでる子たちをみて私もあそこにいけたらなって何回も思ってた」


「そうなんだ...」


なんというか少し前の僕と被るな...。


僕も悠に手を引かれて自分の世界から外へ出してもらった。そんなおとなしい性格だったらしい悠が今こうなっているのはどういった経緯があるのだろうか。



「ある日ね、一人の子に声をかけられたの。一緒に遊ばない?って」


「...ッ」


なんだ...?突然、何か鋭い痛みが頭に走った。悠にはバレていないようだ。

すぐに収まったが何かモヤモヤした感情が渦巻いている。僕は何かを思い出そうとしているのか?



「その子に手を引かれてブランコで遊んだこと今でもはっきり覚えてる...。人生で初めての友達」


「...」


「5年生になってママの仕事とか諸々の都合で転校することになってね。その子とも別れなくちゃいけなくなったの」


「それは...」


人との別れとはつらいものだ。それがどんな理由であろうときっぱりと割り切っていくなんて到底僕にはできない。



「最初はつらかったよ。でもね、転校した先でそんなことしてたらまた前に戻っちゃうと思ってさ。私変わろうと思ったの」


「...うん」


「いつかまた再会したときに恥ずかしくないように転校してからいろいろ頑張って今こうしているんだよね」


今の悠になるきっかけとなった人。その悠にいつも助けられている身としては感謝を申し上げたいくらいだ。



「だからね...ありがとう」


「うん?」


「今の私があるのはリッキーのおかげだよ」


「...え、どういう」


困惑している僕の手を両手で握って悠は僕の目をじっと覗き込んだ。



「転校するときにね。ママもお父さんの遺書に従って苗字を旧姓に戻したの。だから篠宮っていうのはママの苗字」


「う、うん...」


「小学生のころの私の名前は()()()()っていうの。まだ思い出せない?」


「一ノ瀬...?...うっ...!」


先ほどよりももっと重くて鋭い頭痛が僕の頭の中を襲った。


一ノ瀬悠...僕が小学生のころよく遊んでいた子だ。

教室の隅で難しそうな本を見ていたのを覚えている。いつも周りをシャットアウトしてつまらなそうな表情を浮かべていた。僕はそんな彼女を半ば無理やり外に連れだしてブランコどっちが遠くまで飛べるのか勝負した。別に同情したからとかそんな理由ではなく無表情でため息をついている悠の笑顔が見てみたかったからだった。そうしてしばらく絡むようになってから僕たちは仲良くなっていってよく遊ぶようになった。



突然フラッシュバックしたかのようにその記憶が一気によみがえった。どうして僕はそんなにも大事なことを忘れていたのだろうか...。小学校の記憶の中から悠に関する記憶だけがきれいに忘れていた。



「...ッキー...リッキー!」


「あ、あぁ...ごめん」


「すごい汗だよ。大丈夫?」


悠の呼ぶ声で意識が戻った。額に手を当てると玉のような汗が僕の顔を滴っているのがわかる。



「なんで...ごめん、悠。ずっと思い出せなくて」


「大丈夫だよ。まぁ、苗字も変わったし見た目も全然変わっちゃったからさ。本当は意地でもリッキーに思い出してもらおうと思ってたけどね」


悠はなんでもないような顔でそういったが、僕の心の中では罪悪感が渦巻いていた。たしかによく見ると優しい目つきや長いまつげから当時の面影を感じる。



「あー!すっきりした!いつか言いたいと思ってたんだよね」


「今急に思い出した。なんで今までわからなかったんだろう...」


「そんな落ち込むことないって!思い出してくれただけでチャラだもん!」


すっきりとした悠の顔を見て、僕もこの罪悪感をいつまでもうじうじ持っていても仕方ないし切り替えることにした。まぁ、ここ半年の付き合いじゃなくて実は10年近く前からの付き合いだとわかってよかったと前向きにとらえるべきだな。





「あらためてこれからもよろしくね、リッキー?」


「...うん。よろしく」


その曇りのない輝く笑顔に僕はもう二度と悠を失望させないと誓った。


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