69.夏祭り(3)
先ほどの会場から少し歩いた高台には僕たちと同じようにこの隠れスポットを見つけた人々がいたが、それでも5,6人程度のものでかなりすいている。
「着いたよ。あそこから花火が上がるから綺麗に見えると思う」
「へー、こんなにいい場所あったんだね!」
僕は高台の柵に花火の上がる海の方向を指さした。下の方を覗くと先ほどまで僕たちがいた夏祭りの会場が煌々と光を放っている。
「リッキーこれ食べる?」
「え?」
「はい、これ!」
「あ、ありがとう」
悠からいつの間に買ったのかわからないクレープを受け取った。僕たちさっきまでずっと手をつないで歩いていたはずなんだけど、ほんとにいつ買ったんだ...?
「リッキーさ...今日、どうだった?」
クレープにかぶりつこうとしていると突拍子もなくそんな質問をされた。悠の方向に顔を向けると何とも言えない表情を浮かべながら遠くを眺めている。
「本当に楽しかったよ」
そんな陳腐なことしか言えないけど本心からの言葉だ。僕が誰かと外に遊びに行くだなんて少し前なら考えてもみなかったことだし、悠のおかげで少しずつだけど自分に自信を持てるようになった。
「私も今日リッキーと遊んでめっちゃ楽しかった!」
「そうだね」
そういうと悠は満面の笑みでこちらを向いた。
「リッキーとまた仲良くなれて良かった」
「うん...え、また...?」
問いただそうとすると海の方から一筋の光が空へと打ちあがり爆音とともに大きな花火が夜空に咲いた。びりびりという衝撃が少しずれて僕の体を震わせる。
「たーまやー!!」
横を見ると悠が思いっきり花火に向かって叫んでいた。
「実は玉屋ってもう廃業してないんだよね」
「え、そうなの?!」
あ、しまった...。
何で僕はそんなどうでもいいオタク雑学を口に出してしまうんだ。言ってしまった手前そこでやめるのも気持ちが悪いので言うことにした。
「鍵屋と玉屋って花火屋があったんだけど、今は鍵屋しか残ってないだって」
「へぇー。じゃあ、かーぎやーって叫んだほうがいいのかな?」
「こんなこと言っておいてなんだけど言いやすいほうでいいんじゃないかな...」
鍵屋より玉屋のほうが語呂が良くて言いやすいし、昔は玉屋のほうが実力があって人気も高かったらしいしね。
そんなどうでもいい話をしながらもう一度空に上がる花火を見る。色とりどりの花火が漆黒の空に色を付けては消えてゆく。日本人は散りゆくものの儚さに美学を見出していたが今なら僕もわかる気がする。
いつもであればこの時期は自宅の部屋から遠くで上がっている打ち上げ花火の音を聞いても別に何とも思っていなかった。それが今日、僕は人生で初めて近くで花火を見てその壮大さに圧倒されていた。
ちらりと横を見ると悠は遠くで打ちあがる花火を眺めながら満足そうな笑顔を浮かべていた。
よし...言うなら今しかない。
悠は今の僕にとって欠かすことのできない大切な人物になっている。だからこそ何度も何度も本当のことを悠に打ち明けるべきか悩んだ。秘密を打ち明けることで再びあの時のようになってしまうのではないかと。
考えた結果、答えはわからなかった。
もしかしたら言ったことで一生後悔することになるかもしれない。でも僕はこのまま悠に隠し事をしながら付き合っていくのはもっと嫌だった。最後は悠への信頼を込めてすべてを話す決意を固めた。
「悠...言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何?」
悠はいつも通りの優しい笑顔のまま僕の方に振り向いた。震える手を必死に押さえつけながら僕は悠のほうに向きなおした。
「じつは...あ、あの...」
「・・・」
どうしても続きの言葉が出てこない。急に声帯が取れてしまったかのようにしゃべろうとしても僕の口はただただ空気を吐き出すだけだった。
なんで...なんで言葉が出てこないんだ...。
中学生の時からずっと頭の中からずっと離れなかったあのトラウマに僕はいまだに囚われているのか?
このまま僕はこの壁を越えられないんだろうか...。
「リッキー、大丈夫だよ」
「..え?」
悔しさをにじませながら俯いていると、突然悠は僕の肩に手を乗せてきた。驚いて顔を上げるととびっきりの笑顔でこう言った。
「私、リッキーがどんなこと言っても受け入れるよ。だって大切な友達だもん!」
「...!」
悠は僕には余るくらい本当にいい友達だ。女神だとか天使だとか茶化すわけではないけれど本当に悠は僕にとって憧れそのものだ。
よし、僕はもう逃げない。
大きく息を吸い込んで呼吸を整えて僕は決意を固めて悠の目をまっすぐ見た。
「実は...私、いや僕は男なんだ」
「うん、知って...って、ん?え?」
僕の告白を聞いて悠はものすごく困惑した表情を浮かべていた。
「体としての性別は女なんだけど、心としては男っていうか...」
「な...るほ、ど。なるほど...」
まぁそれはどうだよね。いままで女子をして扱ってきた友達が急に男だなんて言ってきたら普通困惑するよな...。
「えーっと、あぁ...そうきたかー」
「あ、いや...ごめん。やっぱり気持ち悪い、よね...」
覚悟していたこととはいえ、何か鋭いものがチクリと僕の胸を突き刺した。もし悠が友達を辞めたいというなら僕も受け入れなければならないのだろうか。今までずっとだましてきたんだし、それくらいの報いは当然...。
「え、いや全然全然!別に気持ち悪くなんてないよ!」
「え...?」
悠はぎゅっと僕の手を握りしめてそれを否定する。
顔を上げて悠を見ると真剣な表情を浮かべて僕をじっと見つめている。
「受け、入れてくれるの...?」
「うんまぁ...ちょっと予想と違ったけど点と点がつながったって感じでね」
「う...うぅ...」
「えぇ!リッキー大丈夫!?どこか痛むの?」
僕の瞳からツーっと一筋雫が頬をつたって地面に落ちる。それから堰を切ったように涙があふれだしてきた。僕はようやくあのトラウマを乗り越えて悠と本当の意味で友達になれたのだ。
「ありがとう...ありがとう...」
「お礼をするのはこっちだよ。言い出しづらいことだったのに言ってくれてありがとうね」
それから悠は涙が止まらない僕をそっと抱きしめてしばらくの間、花火の弾ける音を聞きながら悠の腕の中でそのまま立ち尽くしていた。
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「ごめん...せっかくの浴衣汚しちゃって...」
「もー、だからいいって!今日は私とリッキーが本当の意味で友達...いや親友になれた記念日だからさ!」
すっかり花火大会も終わり、僕たちはもう遅いので帰途につくことにしてだらだらと歩いていた。そういえばさっき悠は予想と違ったって言ってたけどあれはなんだったんだろう?
「そういえばさっきさ、予想と違ったって言ってたけどあれはなんだったの?」
「あー、あれ?うーん、まぁ...」
僕が尋ねると悠はバツが悪そうに顔をかいた。もしかして言いにくいことなんだろうか。
「いやー、まぁ...。リッキーって瀬良リツって名前でVライバーやってるでしょ?」
「え!?な、なんで...!?」
予想外の答えに心拍数が一気に跳ね上がる。いつか僕がライバーであることは伝えるつもりだったが、誰であるかまでは秘密にする予定だった。
いや、この前注意していたとはいえ悠の推しである桐生アリスとコラボもしたしそこの導線はつながっていたのでおかしくはないのか...?そうだとはいえ声だけで僕のことが分かったのはなんでだ。
「どこで気づいた...?」
「配信中に桜花って言ってたからもうそこで確信したよね!」
「あー...」
先日のお昼雑談か。
アーカイブの編集してあの事故は処理されていたものだと思ったけどリアタイしていたのならもうしょうがない。なんともタイミングが悪いというかなんというか...。
「僕の唯一の事故なんだけどな...」
「ふふ、そうなんだ。じゃあラッキーだったかも!」
僕にとっては親友にあの姿を知られるなんてアンラッキー以外の何物でもないんだけどね...。
夏祭り編はあともう一話あります




