68.夏祭り(2)
「そういえばリッキー何か食べてきた?」
「食べてきてないよ」
「よし!じゃーいろんなもの食べまくろう!」
金魚を片手にもちテンション3割増しの悠に手を引かれてそのあとをついていく。ちらりと僕の持っている金魚を見やるとそれまでせわしく泳ぎ回っていたのに急に動きを止めた。安心しろ、君を食べたりはしない。
「うーん、いいにおいするねー」
「そうだね」
両脇に目を向けるとたくさんの屋台に人が集まっていて、いたるところから食欲を刺激するいい匂いが香ってくる。
あたりを見回していると見慣れないものが僕の視界に飛び込んできた。
「ん?これって...」
「お、リッキーりんご飴食べたいの?」
「りんご飴?」
棒の先に大きい赤いなにかが突き刺さっていてテカテカと光を放っていた。この形がりんごに見えるからりんご飴っていうのか?
「食べたことないの?」
「うん。初めて見た」
「そっか。お姉さん2本頂戴!」
「はいどうぞー!」
そういうとすぐに一本僕に手渡してきた。急いでお金を払おうとするとその手を止められた。
「はじめてのりんご飴だしおごるよ!」
「でも...」
「いいって!ほらほら感想聞かせて!」
遠慮がちに悠からりんご飴を受け取って、視線で催促してくる悠に見られながら少しだけ上の部分をかじってみる。
「おいしい...」
「やっぱお祭りっていったらりんご飴だよねー」
そういって満足そうに頬張る悠を見て、僕ももう一口かじってみる。上の部分を食べると中から小さいリンゴのようなものが出てきた。なるほど、見た目がりんごに似ているというわけではなく本当にりんごを飴で加工しているのか。
りんご飴のおいしさに感動しながら無言で食べているとじーとこちらを見つめる悠の視線に気づいた。
「な、なに?」
「いやーふふふ...なんかハムスターみたいだなーって」
そんなに食い意地汚いように見えたかな...。でもそれをいうなら口いっぱいに頬張っていた悠のほうがハムスターっぽくはあったけど。
...いや、いい意味で。
僕はちびちびとおいしさを噛みしめながらりんご飴を食べていたのだが、気づけば悠の手にあったものはもうすでになくなっていた。いくらなんでも食べるの速すぎない?
「あ、見てリッキー!あそこに射的あるよ」
「ほんとだ」
「やってもいい?私射的には自信あるんだ」
「いいよ」
あれ?この問答さっきも聞いた気がするけど。
「お兄さーん一皿ちょうだーい!」
「5発で500円です。どうぞー」
弾を受け取ると悠は浴衣の袖をまくって紐でくくった。
「よーし、リッキー見てて。かっこいいとこみせてあげる!」
「うん...頑張って」
銃を構えて狙いを定めるが少し銃先がプルプルと震えている。さっきの金魚すくいもなんだけどなんとなく結果は見えてるんだよね。
「うーん、えい!あれ...」
「何狙ってたの?」
「そりゃーもちろん大当たりでしょ!」
「...そう」
僕が見る限りでは大当たりと書いてある景品とはまったく違う方向に飛んでいったように見えたんだけど。
「よっ!ほっ!」
「...全然当たらないね」
「うーん、やっぱやってみると難しいもんだね!」
3発撃った時点で悠の撃った弾はすべて明後日の方向に飛んで行って、景品にはかすりもしていない。なんなら2発目の弾なんてぶれすぎてお兄さんの首筋をかすめていた。
「リッキー残りの弾で私の無念を果たして...」
「いいの?」
「私がこのままやったらお兄さんヘッドショットしちゃうし!」
ちらりとお兄さんの方向をみやると苦笑いを浮かべつつ、その瞳のなかに安堵の色を浮かべていた。
「じゃあ、やるけど...」
「頼んだ!」
悠から残った二発の弾を受け取りコルクガンに詰める。ぬいぐるみやお菓子、小さい人形などの景品が並ぶ中、悠が狙っているものはライターくらいの大きさで乱雑に『大当たり』と手書きで書いてある的だ。ただ当てるだけではなく、はじきとばして奥に落とさなければ獲得にはならない。
それにこういう大当たりの的は大体おもりが付いているので正面から狙ってもただ倒れるだけで奥の方に落ちていかない。奥に落とすにはどうにかして奥の方の台を転がす必要がある。
「よし...」
僕は狙いを正確に定めるために両手でしっかりと構えて体を台の上に乗せる。なんだか一流のスナイパーになった気分だ。
銃がぶれないように脇でがっちりと挟みつつゆっくり引き金を引いた。
「あー、おっしー!」
「外れちゃったね」
「でもミリだよ、ミリ!次は当たるって!」
僕が放ったコルク弾は的の少し上をかすめて飛んで行った。狙いとしては間違っていないのでそこを修正すれば当てられるかもしれない。
「次こそ...」
「リッキー頑張ってー!」
もう一度台の上に身を乗せて標的に狙いを定める。さきほどはちょっと高かったので気持ち低く修正して...。
「よし、行くよ」
「うん。いいよ!」
力を入れないように定めた狙いがぶれないように注意しながらそっと引き金を引いた。
パンという乾いた音とともに放たれた弾はそのまま一直線に狙い通りの大当たりの的に飛んでいき、的の右上のあたりを撃ちぬいた。当たった的はそのままゆっくりと奥の方の台をころころと転がって下に落ちる。
「おめでとうー!大当たりー!」
「すごい!すごいよリッキー!やっぱ才能あるんじゃない?」
「そうかな...」
落としておいてなんだけど僕も射的がこんなにうまいとは思っていなかった。まぁ、興奮気味に喜んでいる悠を見ているとこちらも幸せな気持ちになるので取れて良かった。
「大当たりの景品はこちらですー。好きなのを選んでください」
「へー結構高いのもあるんだね」
「そうだね...」
景品には最新の携帯ゲーム機やゲームソフト、そこそこ良いヘッドホンに音楽プレーヤーなどたかだか500円程度で取れてしまったのが少々申し訳なくなるくらいの豪華賞品が並んでいた。
お兄さんさっきからニコニコしてるけど大丈夫?いくら客商売とはいえさすがにそこはもうちょっと焦ってもいいんだぞ。
「悠は何が欲しい?」
「え、私?とったのはリッキーじゃん」
「いやいやいや...お金は悠が払ったし、私は別にいいよ」
「えぇ~...でもなんか申し訳ないなぁ」
そういわれてもこっちは悠に喜んでもらいたくて取ったものだしなぁ...。それにどれもいい景品だけどゲーム機もソフトも配信用のヘッドホンもそろっているので改めて僕が欲しいものはないし。
「じゃあ...リッキーが選んでよ!」
「いいの?」
「うん!」
そうであれば真剣に選ばないと。
悠がゲームが好きという話は聞いたことがない。おそらく普段からゲームなどはあまりしないのだろう。ということで携帯ゲーム機は却下。
音楽プレーヤーだが、まぁ最近は聞こうと思えばスマホからでもダウンロードできるしあまり需要はないかな...。
となればこのワイヤレスヘッドホンがいいだろう。ワイヤレスなので邪魔にもならないし軽量なので首に負担も少ない。最近はVライバーさんがバイノーラル配信をしていることもしばしばあるのでそっちの方の沼にもどんどんハマってほしいという願望もこもっている。
「じゃー...このヘッドホンはどうかな?」
「わかった!お兄さんこれで!」
「はいどうぞー」
「どうも!」
いや即決!?
「本当にそれでよかったの?」
「うん!リッキーが選んでくれたものならなんでもうれしいよ。それにちょうどヘッドホンが欲しいと思ってたの」
「そうなんだ。それならよかった」
「うん!リッキーありがとね」
そう言いながら微笑んだ悠の笑顔にドキッとした。もう悠はこれを地でやるから勘弁してほしい...。本当にこういう人が全国のオタク男子を勘違いさせてしまうんだ。
『まもなく20時より花火大会が始まります。非常に混みあいますので気を付けてお進みください』
「お、そろそろ花火あがるみたいだね」
「そうみたいだね」
勝手にドキドキしていると会場にアナウンスが響き渡る。ぶらぶらと遊んだり食べたりしてかなり時間がたったようだ。
「混むみたいだし移動しよ!」
「うん。私いい場所知ってるからそこで見ない?」
「おー!いいねー!じゃ、案内よろしく」
事前に場所を下調べして人が少ない場所を探しておいたのでそこに悠を連れていこう。
いや...待って。なんだかそこだけ聞くとこの誘い文句って僕がいかがわしいことをするみたいに思われないか?ましてや、僕が男であることを告白しようとしているのに。
「どしたの、リッキー?」
「あ、ううん。なんでも」
考えていてもキリがない。今更人の多い場所で言うわけにもいかないし仕方ない。つくづく僕は段取りが悪いというか...。
僕は悠を引き連れて花火がきれいに見える高台へ向かった。
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