67.夏祭り(1)
うっすらと空に赤みがかかり西日が照り付ける日の入り前の時間帯。夏祭り会場からほど近い駅前の広場で僕はスマホをじっと見つめながら悠が来るのを待っていた。
ふと視線を周りに向けるとこんな時間だというのにだんだんと人通りが多くなってきていた。おそらく彼らも僕と同じように夏祭りのためにここで待ち合わせをしているのだろう。そのなかにちらほら浴衣を着込んできている人もいたが僕はいつも通り動きやすさ重視のラフな格好で来ている。
先ほどもう少し着くと悠から連絡が来ていた。実はまだ約束の時間より30分ほど早いので僕が早く来すぎてしまっていた。
今日は夏祭りを悠と楽しむ、というのも大切なことだがもう一つ僕にはやらなくてはいけないことがある。
『僕の本当の性別を悠に明かすこと』
もしかしたらあの時のようになってしまうかもしれない...と何度も考えた。しかし、ジキルの思惑に乗っかるわけではないがこれは僕が乗り越えなくてはいけない壁なのだ。いつまでも中学のときのトラウマに囚われていては前に進めない。
そう決意を固めていると遠くからこちらに向かってく影が見えた。
「ごめーん!リッキー待った?」
カランカランという下駄の音を響かせながら小走りに悠が僕の方に近づいてきた。
「いや、さっき来たことろだよ」
「そっかー、ならよかった。着付けに結構時間かかっちゃってさー」
普段とは違い蝶の髪飾りで髪を後ろの方でまとめあげ、涼しげな水色の浴衣に身を包んだ悠の姿は普段制服でしか見ない姿とは一味違ってとても新鮮だった。
「どしたの?なんかついてる?」
「はっ...」
ぼーっとそんな悠を惚けて固まっていた僕を不審に思って声をかけてきた悠の一言で我に返った。さすがにまじまじと見すぎていたのかもしれない。
はっ...そういえばこういう時は褒めるといいって配信でリスナーが言っていた。
「その浴衣...悠に似合ってるね」
「えーそう?ありがと!」
僕がほめるとくるりと一回りして喜んでいるようだった。リスナーのみんな君たちの言っていたことは嘘じゃなかったよ...ありがとう。
「それじゃ、いこっか」
「...!」
「どうしたの?」
「い、いや...なんでも」
急に手を握られて動揺してしまった。彼女にしてみればなんてことのない無意識の動作なのだろうけどあまりにコミュ力が違いすぎる...。頑張って手汗を出さないように意識を集中させる。逆に滲んできたかもしれない。
夏祭りの会場まで歩きながら何かを話していた気がするが緊張のせいでほとんど記憶がない。人の熱気とざわざわという喧噪で僕の意識はこちら側に戻ってきた。
「うわー、結構人いるね」
「そうだね...」
「そういえばリッキー人の多いところ苦手って言ってたけど大丈夫?」
「あ...今は大丈夫、かも」
悠と手をつないでいるからかはわからないけど今のところは大丈夫だ。というかエスコートするつもりが結局悠にエスコートされているような...なんとも情けないな。
「お!入口のところに金魚すくいあるよ!」
「ほんとだ。今すいてるね」
通りの入り口に金魚すくいと書いてある屋台とそのなかで暑そうに団扇を扇いでいるおじさんがいた。なかなかにガタイがよく、いかつい顔をしているので明らかにお客さんが避けている。
「あ、あの店大丈夫かな?」
「まかせて!私結構得意なんだよね。やってこ!」
「う、うーん...」
悠はそんなことお構いなしにずんずんと進んでいく。僕が言いたいのはそういうことじゃないんだけどなぁ...。
「おじさーん、私たち一回ずつ!」
「...200円ずつだよ」
おじさんはけだるげに小銭を受け取りポイを手渡してきた。
「ほら、リッキーやってみなよ」
「うん。えーっとこんなかんじ?」
水面に近づいてきた黒色の金魚がいたのですくってみようとするもさっと逃げられてしまった。
「あー!おしいねー。じゃあ私も...」
そういうと悠は大胆にポイを水の中に入れた。そのまま金魚がたくさんいるところにポイを移動させて持ち上げようとすると案の定その重みで破けてしまった。
「悠、欲張りすぎ」
「えー...やるならいっぱいとれるほうがいいじゃん!」
「成功しないタイプじゃない、それ?」
「うーん、悔しいからおじさんも一回!」
悠は新しいポイに変えて再チャレンジしようとすると僕たちがわちゃわちゃしている様子を見ていたおじさんが身を乗り出してきた。
「お嬢ちゃん。ポイをあんまり水の中にいれちゃいけないよ。ふやけて破けやすくなっちゃうからね。すくう瞬間にくいっと入れるんだ」
おじさんはポイをもって手首を返すようなジェスチャーをした。
「あと端っこの方に追い込んでからポイのふちの部分ですくうと取れやすいよ」
「へぇー!おじさんありがとー。よし、リッキーやってみよう!」
「うん」
気難しいおじさんかと思ったけど話してみるとなかなか人当たりのよさそうな人だった。やっぱり人を見た目で判断するのはよくないな。
「よーし。端っこにいるのを...こう!とれたー!」
「おめでとう。綺麗な柄だね」
黒と赤がまだらに混じった柄で悠の持つボウルのなかで元気に泳ぎ回っていた。
「リッキーも頑張って!」
「よし...」
さっきおじさんに教えてもらった手首をスナップする方法で...。
壁際にいる金魚が浮いてくる瞬間に狙いを定めてじっと待つ。すーっと浮いてきた瞬間にポイを入れるとすくわれた金魚は綺麗な弧を描いて僕のボウルの中に入った。
「「あっ」」
完璧に取れた、と思ったらつるんと僕のボウルのふちを滑ってもとの水槽の中に逃げて行った。
「あともうちょいだったねー」
「ちょっと活きがよすぎたかも」
「あはは、たしかにー!」
まぁ悠が一匹取れたし喜んでいる笑顔が見れたので釣果は上々だ。さっきのでポイも破れてしまったし諦めようと思って立ち上がるとおじさんに引き留められた。
「お嬢ちゃん、ちょっと待ちな。ほら、これあげるよ」
「え?」
そういうとおじさんから真っ赤な金魚が泳いでいるビニール袋を手渡された。
「今日初めて来てくれたお客さんだからね。サービスだよ」
「あ、ありがとうございます...」
「よかったねリッキー!」
おずおずとビニール袋を受け取りお礼をしてその場を立ち去った。
振り返ると僕たちがやっていた時に後ろの方で見ていた家族連れが入って行ったのが見えた。もしかしたら僕たちが入ったのを見て、おじさんが案外気さくだとわかって入ったのかもしれない。
「いやー優しいおじさんで良かったね」
「そうだね。でも金魚の育て方知らないんだよね」
「そうなんだ。大丈夫!私があとから教えてあげるよ」
「ありがと」
そういうと満足したのかシリウスもかくやという笑顔を浮かべ、自然に手をつなぎなおしてきた。一瞬ドキっとしつつもそのまま一緒に歩きだした。多分、悠って天然の人たらしだよなぁ...。




