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59.久しぶりのあいつ

配信を終えてから急激に眠気が来たときからなんとなくここに来るのではないかと予想していた。



「やぁ!」


一面に広がる白銀の世界。

それは決して北海道かどこかの雪で覆われている平原を指すような比喩ではなく、どこか不安を感じるような空間だ。


そんなところに久方ぶりに再会した旧知の親友のような気軽さで何とも言えない嘘くさい笑顔を浮かべながらこちらに向かって腕を振っている男が一人。



「いやぁ、久しぶりだね。最後に会ってからもう2か月くらいかな?」


「別にもっと会わなくてもいいんだけどな」


自称僕の裏人格を名乗っているジキル。こいつは数カ月前から急に僕の目の前に現れて、前世の記憶を渡す代わりに自分の出す課題をクリアしてほしいと言ってきている。


正直、こいつのことは今でも信用はしていない。ふとした拍子にいきなり「お前の精神をのっとってやる」とか言ってもおかしくないからな。



「またそんなこと言って~。ボクは君にそんなことしないってば」


「どうだかな...」


口に出していないことでも勝手に読まれているのも地味に腹が立つポイントだ。



「まぁ、君もここ最近現実でもネットでもどんどん充実しているらしいしボクとの時間も少なくなっていって悲しいことだよ」


「最初からお前との時間なんてものはないぞ」


「まあまあ。そうツンケンしないでよ。ボクと君の仲じゃないか」


「僕とお前の間には課題をやるかわりに前世の記憶をもらうというビジネスの関係しかないが?」


「もしかして、これが俗にいうツンデレってやつかい?」


いつどこで僕がデレたっていうんだよ。もしこのやりとりが少しでも自分にとって都合のいいように解釈できたのなら立派なストーカーの素質があるな。



「冗談だよ、冗談。マイキー・ジョーダンさ」


ジキルは両手を広げてB級アメリカ映画みたなポーズをとった。

そんなドヤ顔しているところ悪いんだが、そのよくわからないおやじギャグみたいなものはなんなんだ?



「ん?んんー?もしかして伝わらなかったかな?」


無言でどうリアクションしようか迷っているとジキルが困惑の表情を浮かべる。



「あぁ」


「面白くなかったから無視してるとかではなく?」


「面白いとか面白くない以前に誰だかわからないから反応できない」


困惑した表情のままこちらに詰め寄ってきたって知らんものは知らん。というか、こいつの困惑している顔は何気にレアかもしれない。



「そっかぁ...今の子たちには神様と呼ばれたジョーダンも伝わらないんだね。時代の流れっていうのは悲しいね」


「神様ね...その人はそんな大仰な異名で呼ばれてるくらいだからすごい人だったんだな」


「まぁね。ボクも一度彼に憧れてバスケットボールをやろうと思ったことがあったがテンで駄目でね。すぐにあきらめたよ。ボクには運動神経はなかったみたいだ」


「ふぅん...」


何事でもトップに上り詰めるためには底知れない才能と血のにじむような努力と恵まれた運がすべて欠かすことなく必要だ。何事も中途半端な僕にはそんなことは不可能だとだいぶ前に結論がついた。



「いやいや、そんなことはないさ。君だってイラストレーターとして活動してからたったの半年だっていうのにもう小説の挿絵の仕事をもらったんだろう?素晴らしいことじゃないか」


「まぁ、確かにそうかもしれないけど...。それだって前世の記憶があったからな」


「...ん?どうして前世の記憶とイラストレーターがつながるんだい?」


ジキルははてなマークを頭に浮かべてこちらを振り返る。



「え、いや。前世でイラストが得意だったからその才能が引き継がれてるのかと思ったんだが...違うのか

?」


「なるほど、なるほど...。君はそう解釈していたんだね。いやぁ、それはまったくの誤解だね」


誤解?だとするとなんで僕はイラストレーターなんかになれたんだよ。



「まず説明しておかなくちゃならないんだけど、君に渡している前世の記憶っていうのはね。まぁ、例えるならVHSに入った他人のホームビデオみたいなものさ」


「ほう」


何を言っているのかまったくわからない。



「それに映っている人がどれだけ才能ある人物だとしてもそれをみた君がその才能に目覚めることはないだろう?」


「うーん...?」


「えっと、まぁいくらジョーダンのスーパープレイ集を見てもボク自身はバスケが上手くならかったみたいなものさ」


それは知らないが。



「わかりやすいようでわかりづらい説明だな」


「はは、よく言われるよ。まぁ、つまりその才能自体は引き継がないってことさ」


「じゃあ僕が絵が描けるようになったのは?」


「それこそ君の才能だよ。少なくともボクにはそんな才能ないけどね」


そうだったのか...。

僕はいままでイラストレーターになったのも心のどこかで借り物の力を使っているように感じていたのだけれど、僕にも才能と呼べるものがあったんだな。



「もっとも。君の場合、その突拍子もない行動力こそ才能だと僕は思うけど」


「なんだよ、それ」


「推しのためとはいえその才能を発揮できるのはいいことだよ。いつも歴史に名を残すのは行動力のある人さ。もしかしたら君もいずれ神様なんて呼ばれる日が来るのかもね」


イラストレーターの神様だなんてそんな大げさすぎるだろ。



「いやいや、つけるとしたらオタクの神様かな。推しへの行動力が半端ないもんね」


「うるさいわ」


そんな伝説のオタクとか言われても正直あんまりうれしくないんだが。

...まぁ、殿下に会うためにあれこれやっていることは否定出来ないけどさ。




「そうだ。そういえば最近篠宮悠とどんなかんじなんだい?」


ジキルは突然思いついたように悠の話題を出してきた。



「なんだよいきなり。今日はいつにもまして饒舌だな」


「ほら、ボクもここにいると暇だからさ。君からの話を楽しみにしているのさ。それでどうなんだい?」


どんな感じかと言われても...。



「まぁ、再来週くらいに一緒に夏祭りに行く予定はあるけど...」


「へぇ、かなり仲良くなったんだね」


まぁ、彼女がコミュ強だから僕に対してぐいぐい来てくれるので助かっている部分はある。



「いやぁ、初めてボクと会ったときを思い出すと君の成長に泣けてくるよ...」


「余計なお世話だ」


「本当にそうかな?ボクが言わなければ今も一人で過ごすことになっていたんじゃないかな」


「・・・」


くっ、それを言われると何も反論できない....。




「そんなに仲良くなったのなら次の課題も出せそうだね」


「・・・」


ついに来たか。

前の課題の報酬では一ノ瀬和希の中学生時代についての記憶を獲得した。



「あー...」


ジキルは何か言いずらそうに口ごもっている。今日のこいつはいつにもましてどこか人間臭い。飄々としていてむかつくところは変わっていないが、以前のような嘘くささというか感情の読めなさがない。



「なんだよ。歯切れが悪いな」


言うならすっと言ってくれ。まぁ、今まで何とかなってきたんだしそれなりの課題ならこなす自信はついた。



「...そうだね。君はさ、いつまで今の状態でいくつもりだい?これから一生本当の自分を隠したまま篠宮悠と付き合っていこうとしているのかい?」


「それは...まぁ、そのうち...」


「本当にいつか打ち明けられる日がくるのかい?」


核心を突くようなジキルの言葉が容赦なく僕を貫く。

タイミングがあえば、という言葉もただ単に僕が怖くて先延ばしのために使う都合のいい言葉だということも理解している。



「ボクはね。君と篠宮悠が本当の意味で友人になれることを願っているのさ」


「本当の意味...」


「君が自分を偽ることなく、さらけ出せる存在さ。それこそ日下部総司や櫻木桜花のようなね」


彼らは幼いころから一緒にいるし、秘密を打ち明けたのもかなり前のことだ。悠に信頼がないということではないが、中学生だったころのトラウマが僕の足を止めさせる。



「トラウマね...。たしか、仲のいい友達に裏切られたんだっけ?」


「いや...まぁ...」



それは中学3年生の夏のことだった...。


先週出せなかったので明日もう一話出す予定です

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