55.講習最終日
「あつい...」
思わず小さく愚痴がこぼれ出た。
本日は夏期講習最終日。
じめじめとした湿気が教室を包み込み、教科書で自分を扇いでも生ぬるい風しか送られてこない。大体なんで夏休みだというのに夏期講習とかいって学校に出てこなきゃいけないんだ。それなら最初から夏休みという名前を使わないでほしかった。
ていうかなんでこの教室にはクーラーという文明の利器が備わっていない!
毎年熱中症で病院に運ばれているニュースが頻繁に流れているというのに、なんでここは扇風機だけでこの暑さを対処しようとしているんだ?さっきから僕のところにはぬるい風しか送られてこないぞ。
はぁ...こんな調子では講習にも身が入らない。
もはや教科書を扇ぐのもあきらめて若干冷たいような気がする机にぐたーっともたれかかっていると、後ろから急に誰かにのしかかられた。
「リッキー!私、だーれだ!」
実は僕のことをリッキーって呼ぶ人間は一人しかいないんだよね。
「悠...暑いよ」
「あぁ、ごめんごめん!」
それに背中になにかやわらかいものが当たってちょっと申し訳がなかった。
暑さのせいでナーフのかかった体でゆっくり後ろを振り返ってみると制服の腕をまくって涼しそうにしている悠がいた。
「あれ...悠ちょっと焼けた?」
「お、気づいた?」
悠は自慢げにくるりと一周回ってみせた。小麦色...とまではいかなくとも普段の悠が白いぶん少し焼けただけでとても目立つ。
「夏休み入ってすぐに海行ってきてさー。ちょっと焼けちゃった」
「へぇ...」
日焼けしている女の子ってなんていうかちょっと...いや、友達をそういう目で見てはいけない。
「リッキーも一緒に海いこーよ」
「海入ったら溶けて死んじゃうんだ...」
「なめくじか何かなの?」
なんで暑い中で人の多いところにいかなきゃいけないんだろう...。悠のような陽キャたちの考えることは僕には高度すぎて理解しがたい。
「ていうか泳げないんだよね」
「えぇ!そうなの?」
「そんな驚く?」
「いやだってリッキーって運動神経割といいイメージだったからさぁ」
そんなに良かったかな...?
まぁ、桜花のおかげで体力だけはあると思うけど。
「実は海で溺れかけたことあって...それがトラウマになってさ...」
「あ...そっか。ごめんね?」
悠は申し訳なさそうな表情を浮かべながらこちらをみている。
「まぁ、嘘だけど」
「嘘なの!?」
ころころと表情が変わる悠はなんていうか子供っぽくてちょっとかわいい。
「海は怖い人が多いからあんまり行きたくない」
「はっ...確かに!よく考えればあんな怖いところにリッキーを連れていけない!」
何か思い当たるところがあるのか悠は賛同して大げさにうんうんと頷く。
海は昔から陽キャがはびこっていて僕にとってはいるだけで毎ターンダメージをうけるフィールドなのだ。それに僕は人前で肌を見せること自体好きじゃない。小・中学生の時だって水泳の授業はできるだけ仮病を使って休んでいた。
「リッキーはさ、夏休み中になにかしたいこととかないの?」
悠は一息置いて話題を変えるように僕の前に回り込んでしゃがみこんだ。
「したいことかぁ...」
少し目を閉じて例年の僕の夏を思い出してみる。
夏といっても毎年の僕は特にイベントごとに参加するわけでもなくたまに総司や桜花と会う程度でそれ以外はクーラーの効いた自室でお昼まで寝るという自堕落な過ごし方をしていた。
でもまぁ今年は悠と友達になれたことだし、どこかには遊びに行きたい。
「思いつかないけど、悠とどこかに遊びに行きたいかな」
「くっ...」
悠は急に胸を押さえてその場に膝をついた。
「悠、大丈夫...?」
「いや、ちょっと...胸にキュンというかなんというか」
まぁ、無事そう...かな?
「じゃあさ、お祭りいかない?」
「お祭り?」
「たしか8月の中頃に近くで花火大会あるんだよね。一緒に行かない?」
家にあった花火大会のちらしはちょっとだけ見たな。確か出店とかもいくつか来るらしいからたこ焼きを買いに行きたいと思っていた。
「いいよ」
「ほんと!やったー!」
大げさに両手を上げて喜ぶ彼女を見ていると自然と笑みがこぼれる。
夏祭りと言えばやはり浴衣。もしかすると、いつもと違う雰囲気をしたSSR悠が見られるのかもしれない。
「あ、そろそろ次の講習始まるね。じゃあ詳しくはあとで!」
「わかった」
悠は教室にかかっている時計をちらりと確認してからそそくさと自分の席に戻って行った。
これで悠・桜花・総司と、3人ともそれぞれ夏休みの約束が埋まった。悠と二人きりで遊びに行くのはたしか2か月ぶりだろうか。教室ではよく話したりするのだが、放課後や外ではなにかと配信や桜花とのランニングなどがあって予定が合わずに遊べていなかったので今から少しだけ緊張している。
そうだ。忘れていたが緊張と言えば、明後日の日曜日にははじめての大人数コラボが控えていた。なりゆき...というか半ば押し切られる形で決まってしまったのであまり考えないようにしていたのだが、コラボ自体の経験が少ない僕にとって大人数コラボはほぼ未知の世界である。
対面してタイマンで話すことすらどもってしまうのに、7人に向けて話すだなんて正直緊張で死にそうだ...。
それにそのメンバーも新興で勢いがあるフロムヒアや個性派集団のユメセカイと名だたる面々がそろっている。とりあえず各ユニットごとにメンバーを整理してみる。
ユメセカイ所属、葉隠百花。
忍者にあこがれる女子高生で夏場でも大きなマフラーをしているのが特徴。頑張り屋でなんにでも一生懸命に取り組んでいるが頑張りすぎて空回りしてしまうことある。そのくせ優柔不断でよく永久千弦に騙されている。
ユメセカイ所属、永久千弦。
頭についたニコちゃんマークの髪飾りがトレードマークの関西弁の女子高生。おっとりした性格で良い意味で自由気ままに空気を読まないので、猫っぽいと配信上でよく言われている。
この二人はちづももというユニットでデビュー前からの付き合いらしいので息の合った夫婦漫才というか、一方的なもも虐がポイントだ。
フロムヒア所属、四季波歌詠。
図書委員に所属しているということもあり眼鏡をかけていて後ろの方で髪を三つ編みにしている大人しめな見た目とは反対に本人がFPSゲームが得意なこともあって『脳死ガトリングトーク』という異名を持っているほど饒舌である。
フロムヒア所属、桐生アリス。
四季波歌詠と同じ高校に通う女子高生で日本とイギリスのクォーターで帰国子女...であるが英語はまったく話せない。お嬢様言葉がスタンダードだが、壊滅的な絵のセンスやよく配信を切り忘れることもありポン嬢様と揶揄られることもある。
この二人は清城組というユニットで、二人が通う学校の名前からとられている。四季波のほうがあまりにもボケすぎるので1期生の中でも割と常識人枠であるアリス様がそれにキレキレにつっこむという形になっている。
フロムヒア所属、佐倉海斗。
アクアマンという名前でヒーロー活動する一方で夜はコンビニバイトにいそしむ姿からバイト戦士と言われている。フロムヒア1期生の中でもだいぶネタ枠の人間で面白い企画が多い。あとめちゃくちゃ声が大きい。
ユメセカイ所属、四月一日頼。
糸目で誰にでも優しいお兄さんのような雰囲気をしているが、実のところ物腰こそやわらかいものの嘘をつくのがうまく被害にあった同僚ライバーから怖がられている。また、頭もいいのでポーカーの外部大会で優勝したこともあるらしい。
この二人はエイプリルオーシャンというユニットで、四月と海から名づけられている。他箱のライバーではあるが、それをかんじさせないほど仲が良い。豊富な語彙で丸め込もうとする頼くんとパッションだけで対抗する海斗のバチバチのレスバが面白い。
そして僕たちせらおーみ。
この四組、計8人がアルファさんの企画のもとに集まった。なかなかに個性派ぞろいというか濃いメンツがそろっている。僕たちせらおーみがどうかは置いておいて、それぞれがそれなりに人気のコンテンツとして確立されているのでそれがそろうということはファンからすると、興奮するほど楽しみなコラボなのだ。
僕だってリスナーの立場であればこの夢のコラボをポップコーン片手に大画面で流すくらいには楽しめたかもしれないが、何の因果かその渦中に巻き込まれてしまっていてはうれしさよりも緊張が勝つ。
というか、悠はアリス様のファンだとかこの前言ってたな。
てことは、おそらくこの配信もみるだろう。瀬良リツとして活動しているときは声をいつもより若干低く話しているからバレないとは思うけど、悠は異様に察しのいいことがあるからな...。
できるだけ配信ではアリス様とかかわらないようにしよう。
今から緊張と心配でおなかがキリキリと痛む。
あとで胃薬を買いに行こう...。
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