50.学期末
焦りが混じったシャーペンを走らせる音とカチコチというアナログ時計の音だけが静寂の教室の中に響きわたる。僕は解答欄がずれていないか、名前は書いているか...上から下までくまなく確認する。
「・・・」
担任がちらりと自分の腕時計を確認したと同時にテスト終了のチャイムが鳴った。
「はい!やめ」
認識外から大きい声を出されたので少しびくっとしてしまった。少し恥ずかしさを感じながらもまぁどうせ誰も見ていないだろうと思っていると、にやにやしている悠と目が合った。
ばっちり見られていた...。
「解答用紙、後ろから前に回して」
最後にちょっとしたトラブルはあったものの、テストの出来はなかなか良い。
悠に教えてもらったおかげで普段なら解けない問題も比較的わかったような気がする。
監督教師がまとめた解答用紙を持って出て行ったので僕もカバンに荷物をまとめているとニヤニヤしながら悠が近づいてきた。
「びくってしてたね」
「...してないよ」
というかその瞬間が見られているということは僕のほうをずっと見ていたということではないのか?
「なんで悠はこっちみてたの?」
「え!?あ、いやー...そういえば!テストどうだった?」
話をそらした。
「うん、教えてもらったところは割とできたと思う」
いつもは大体平均くらいの点数だけど今回の体感としては7,8割は出来ている気がする。
「手応えある感じだね」
「悠のおかげだよ。ありがとう」
「そうかな〜?へへへ...」
そういうと悠は照れたようにはにかんだ。
...無意識に出た言葉だったけど普通に「ありがとう」って言えるようになってる。前の僕ならこんなこと絶対言えなかったのに。
僕も日々成長してるのかな。
「このあとエリと一緒に遊び行くんだけど...よかったらリッキーもどう?」
市倉さんは悠の友達で茶髪でピアスというなかなかに派手な子だ。まぁ、うちの高校はそういうところは比較的ルーズなので問題ではないのだけど、陰属性の僕からするとやっぱりちょっとビビッてしまう。
まぁ、ギャルだからと言って悠の件もあるし中身と外見は一致しないとわかってはいるのだけど、それを抜きにしてもあまり話したことのない人と遊びに行けるほど僕のコミュレベルは高くない。
まだまだ最初の街の周辺でこん棒片手にスライム狩りの段階で大魔王となんて戦えるわけがない。
「...ごめん。多分、うまく話せないと思うから...」
「そっか...じゃあ、また来週ね!」
「うん。また来週」
悠は僕が答えると一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたが、すぐさまいつもどおりの笑顔に戻り去っていった。
本当なら今のまま悠に依存し続けるのは良くないとわかっている。悠みたいな友達とまではいかなくてもいいから他の人とも普通に話せるくらいにはならなくてはいけない。
「はぁ...」
まぁ、そんなことは今までに何度も考えたけどそう簡単なことでもない。今は少しずつゆっくり進んでいくしかない。
・
・
・
「ふぅ...」
家に帰るとすぐに制服を脱ぎ捨ててカバンを部屋の隅に放り投げた。思ったより外が暑くて少し汗をかいているのでベトベトした体が気持ち悪い。
シャワーでも浴びようかと思っているとスマホに通知が来ていることに気がついた。
『オーミアルファからメッセージがあります』
どうやら数少ない僕のディスコを知っている一人からのようだ。あのコラボからもちょくちょく連絡を取り合っていたので珍しいことではないのだが。
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――――――――新着のメッセージ――――――――
○オーミアルファ
『瀬良ちゃん、今いいかなー?』
○瀬良リツ
『大丈夫ですよ』
○オーミアルファ
『大人数コラボのお誘い!いろんな人集めてゲームやろうと思ってて』
○オーミアルファ
『今のところ8月中予定してるんだけど、どうかな?』
大人数コラボ...。
たくさんの人に囲まれたらきょどってしどろもどろになりそうな不安しかないんだけど。
○瀬良リツ
『緊張してうまく話せる自信がないんですが...』
○オーミアルファ
『まぁ、みんな瀬良ちゃんがコミュ障なのはわかってるから大丈夫だって!』
...それはそれで嫌なんだけど。
○瀬良リツ
『うーん...』
○オーミアルファ
『いざとなったら助けてあげるからさ。どうかな?』
みんなが話している最中はずっとミュートにしている未来しか見えない。それでもいいというなら参加してもいいけどさ...。
○瀬良リツ
『まぁそれなら大丈夫ですけど...』
○オーミアルファ
『ほんと?いやー、よかった!ありがとう』
○瀬良リツ
『ちなみに他にはどんな人を誘おうと思ってるんですか?』
○オーミアルファ
『ユメセカイとかフロムヒアの一期生とかそこらへんから何人かにお誘いしてるけど、まだアポ取れてないからなんとも』
ユメセカイ!?
ユメセカイといえば2020年上半期インターネット流行語大賞にノミネートするくらい現在波にのっているVライバー事務所の一つで、所属ライバーの数も100を超えている一大コンテンツだ。
いわば現Vライバー界隈の覇権と言っても過言ではない。
○瀬良リツ
『よくそんなところにお誘いできましたね...』
○オーミアルファ
『まぁ、いろんなところとコラボしてるからねー。なんだったら個人配信よりコラボのほうが多いかも』
○瀬良リツ
『確かに。アルファさんいろんなところで見かけます』
○オーミアルファ
『一人で遊ぶよりみんなで遊んだほうが楽しいしねー!』
え?痛っ...僕の心になにか刺さったような気がしたんだけど。これ気のせいかな?
○オーミアルファ
『これはできればなんだけどさ。そのコラボまでに一回せらおーみでコラボしておかない?』
○オーミアルファ
『初コラボから2か月空いちゃってるし』
○瀬良リツ
『いいですよ。7月23日以降はいつでも大丈夫です』
○オーミアルファ
『おっけー!じゃあ、決まったら連絡するね』
○瀬良リツ
『わかりました』
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来週は3日学校に出れば23日からは待ちに待った学生たちの夢、夏休みが始まる。そうなれば配信頻度も週1から週2くらいには増やしてもいいかもしれない。なんだかんだ推しに会うためにVライバーになったけど、僕自身も配信をすることが楽しくなって来ているのかもな。
そういえば最近イラストレーターの仕事も順調でゲームのキャラデザだけでなく、町おこしのための広報ポスターの案件も来ていた。先月だけでサラリーマン並みの収入でさすがにビビったので半分は推しにスパチャして、もう半分は将来のために貯金することにした。
本当は親にあげようと思ったのだが、自分で稼いだお金は自分のために使いなさいと頑として受け取ってもらえなかったので仕方なく将来のためにとっておくことにしたのだ。まぁ両親にはいつも迷惑をかけてばかりだったし今度なにかプレゼントすることにしよう。
そうそう、仕事と言えば現在調整中ではあるがかなり大口の依頼も入っている。なんというタイトルかは忘れたが何かのウェブ小説のコンテストで大賞をとった小説がラノベになるということで僕のところに挿絵の依頼がきたのだ。そのラノベを書いている作者がもともと殿下のリスナーらしくその関係でイラストを漁っていたら僕を見つけたらしい。
王国民同士の合作とは...なんていうか奇跡的なめぐりあわせもあるものだ。
 




