47.エビングハウスの忘却曲線
昨日の3Dお披露目はとても良かった。
結局あの後興奮で全く寝られなかったけれど、そんなことも気にならないくらい晴れ晴れとした気持ちで月曜日を迎えている。
「リッキーおはよー」
「おはよう、悠」
いつもどおり先に教室にいた悠が入ってきた僕に気づいて声をかけてきた。なんとなくだけど前より明らかに距離感が縮まっている気がする。一方的に壁を作っていた僕がなれてきたせいかもしれないけど。
「リッキーさ〜...この前フロムヒアって会社教えてくれたじゃん?」
「うん、教えたね」
「それでそこのアリスちゃんって娘にハマっちゃんだよね!配信してたらずっと見ちゃうんだけど...これが推しってやつなのかな?」
悠はキラキラと目を輝かせながら語る。
ついに悠にも推しができたか。最初からVライバーという文化に対して友好的ではあったけど、こんなに早くハマってくれるとは思わなかった。
それにしても1期生の桐生アリスか。自称帰国子女のお嬢様でポンコツ属性持ちというとても個性的なライバーだが彼女に目をつけるとは中々お目が高い。彼女の収益化記念に5万円スパチャしたせいで先月ちょっと節約したんだよなぁ...後悔はしてないけど。
「アリス様ね...そういえば先週1ヶ月記念配信してたっけ」
「見た見た!恥ずかしがりながら初配信振り返ってるの超可愛かった〜!」
彼女もどっぷりとVの沼にハマっているようで何よりだ。推し活は健康にいいって有名な大学で研究のデータがでてるからな、まぁ嘘だけど。
「アリス様以外で誰かみてる?」
「う〜ん、他かぁ...あっ!切り抜きでならいろいろ見てるよ。ホラーゲーム絶叫集とか」
「...もしかして、神部カグラの?」
「そうそう!えっ、なんで知ってるの?」
ギクリ...
「それ私も見たことあるから」
「そうなんだ〜」
おそらくそれこの前僕が出した切り抜き動画だな。
フロムヒアのアリス様を見ているからその関係でVをすこれのチャンネルがおすすめに上がったのだろう。
「それでさぁ〜...」
「席つけー。ホームルーム始めるぞー」
話に熱中して気が付かなかったが、結構時間が経っていたようで担任の先生が教室に入ってきた。
「リッキー、続きはまた後で!」
「あ、うん」
そういうと悠は自分の席に戻っていった。
授業の合間にも話すことが多くなったし、以前の僕には考えられないほどかなりレベルが上がっているような気がする。
ならば、本当の僕を見せても大丈夫だろうか?
...いや。
まだ焦らなくてもいいか。悠と過ごす時間はまだある。今はこの関係に甘んじていよう。
「え〜、今日は...連絡きてないけど斎藤が休みか」
スマホの電源切っとこ。
「今日は特に...連絡はない、かな?」
この前切り忘れて授業中に通知来てビビったもん。怒らない優しい先生で良かったよ。
その代わり、鳴った瞬間向けられた視線で瀕死に陥ったけど。
「みんなわかってると思うけど、来週から期末テストあるからちゃんと授業受けろよ〜。以上」
え?ちょっとまって。
...期末テスト?初耳なんですが。
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・
・
「やばい。圧倒的にやばい...」
「どうしたのさ、律月ちゃん」
桜花は口いっぱいにご飯を詰め込んだハムスターみたいな顔で僕の顔を覗き込んだ。
「まったく期末の勉強してないんだよ...配信に気を取られて」
「ほぉーん」
桜花は尚も口に何かを詰め込みながら気の抜けた返事を返す。こいつはことの重大さが本当にわかっているのだろうか。
「まぁ最悪1夜漬けでいいんじゃないのー?」
「それで成功したためしがないんだよ」
なんかのテレビで見たが一夜漬けで覚えた知識は一日経ったら半分以上忘れているらしいし、一夜漬けは労力の無駄なのだ。
「別にいいじゃん、赤点の1つや2つ!私なんて前のテスト政経と化学基礎以外全部だったよ!」
「それは誇ることじゃない」
なぜかドヤ顔をしているがそれは普通に人としてやばいんだよ。
「僕の場合、勉強の妨げにならないなら配信活動してもいいって親と約束してるんだよ。だから赤点取ったらやばいの」
基本的には僕の活動に対して何も口を出さない親だが、ひとつだけ成績が落ちるようならやめさせることだけは固く言われている。僕もわかってはいたつもりなのだが...。
「そっかぁ...じゃあ期末テスト終わるまでは配信休んだほうがいいんじゃないかな!その方が勉強に身が入るでしょ?」
「まぁそれはそうするけど。それでもあと1週間しかないからなぁ...」
1日1教科勉強してもあと2日足りない。
「私としては1週間もあるって感覚だけどなぁ」
「それはお前が1夜漬けするタイプだからだ」
暗記すればいいものは置いておくとしても数学や現代文はどういう問題が出てくるかわからないからどうしようもない。特に数学なんて例題が解けても応用が解けたためしがない。どうやって文章から式を見出さねばならないんだ。
僕がうーん...と腕組みしながら悩んでいると、桜花は犯人がわかった名探偵張りの表情で声を上げた。
「じゃあさ、誰かに勉強教えてもらうとかどうよ!」
「誰かって?」
「それはもちろん、総ちゃんでしょ!」
なるほど。
確かに総司は昔から頭がよくて僕も教えてもらったことがあった。それにこの前のテストでも確か上位5位くらいにはいた気がする。加えて言うならば全然頭の良さには関係ないがメガネかけてるし、生徒会にも入っているため3割マシで頭良さそうに見える。
「じゃあ後からラインで土日空いてるか聞いてみるか。桜花もやるよな?」
「まー、二人がやるなら!」
勉強開始して10分で諦めて遊び始める姿が容易に想像できるが仲間外れにするわけにもいかないしな。
「悠ちゃんは呼ばないの?」
悠?なんでまた急に。
まぁ、僕と桜花だけなら悠を呼んでもいいんだが、総司とはほぼ初対面なわけだし何かと気まずかろうて。それに悠はあんまり勉強とかしないタイプなんじゃないかな、著しい偏見だけど。
「いや、だって総司とはほぼ関わりないし。それにさすがに3人に教えるのは総司も無理でしょ」
「何言ってるのさ!悠ちゃんがいたら2組ずつで分けられるってことだよ!」
「二組?」
桜花が悠に教えるっていう意味ならやめておけ。
「え、しらないの?悠ちゃんってめっちゃ頭いいんだよ?だってこの前の中間3位だったの見たもん」
・・・え?
「嘘、まじで!?」
うんうん、と頷く桜花を見る限り見間違いではないようだ。
人は見かけによらないというが、さすがに悠がそんな頭がいいとは思っていなかった。ギャル=頭良くないという僕の勝手な固定概念は完全に偏見だったようだ。
「あー...でも総司とは話したことないし、大丈夫かな...」
「大丈夫でしょ!悠ちゃん明るいからすぐに打ち解けるって!」
まぁ、それもそうか。
あれやこれやあったせいで、いまや僕は敬虔な悠の信徒なので彼女なら何でもできるだろうと信用している。少し、懸念点なのは端から見たら僕含めて女子3人に男子1人みたいな感じになることだけだけど...。
最悪、総司には女装してもらうか?