35.推しの波動
ピピピピピピ...
「んん...」
いまだ開かない目を擦りながら、スヌーズを止めて起き上がる。一日とは思えないぐらいのイベントがあった日曜日から一夜明け、平々凡々とした月曜日がやってきた。
昨日は悠とのデートだとか、殿下の突発配信だとか、ジキルだとか...もしかして惑星直列でもあったんか?
そんな冗談はさておき。
新しくジキルから獲得した前世の記憶は中学生になった一ノ瀬和希の話だった。
中学生に上がってからも相変わらず他人とはかかわらない生活を送っていた和希が人を初めて信じて、裏切られるという体験の記憶だった。
なんというか...。
この記憶は僕としても嫌な思い出がフラッシュバックさせる。
中学生っていうのはまだ精神的に大人になりきれていないから、善悪の判断が曖昧だ。故に当人が遊びのつもりでも相手からしたらイジメになりかねない。加害者からしたら罪の意識はそこまでないだろう。
僕にとってもあまり思い出したくない記憶だ。
登校中にそんなことを回顧しながら歩いていると、学校についていたようだった。
いつもより少し早いが...悠はいるだろうか。
教室の扉を開けて、あたりを見渡すと定位置でスマホをいじっている悠を発見した。彼女のほうもこちらに気づいたようだ。
「お、リッキー!おはよーー」
「おはよう」
昨日一日過ごして悠との距離はかなり縮まった気がする。
「昨日楽しかったね」
「そうだね」
「リッキーのせいで足バキバキだけどね!」
僕的にはあれくらいなら悠は余裕で登れると思ったんだけど、もしかして意外と運動できない系のギャルなのか。
「悠はなんかスポーツとかしてないの?」
「私?うーん...たまにエリとかとボーリング行くくらいかなぁ。ていうか、リッキーこそ何かやってたの?桜花が前にインドアだって言ってたんだけど」
インドア...まぁアニメを見たり配信をしたりと家にいることは多いけど、桜花に付き合って少し走ったり、総司とサッカーをしたりと何かと体を動かす機会は多い。
桜花が練習の鬼すぎて僕が付き合って5キロ走っても、彼女にとってはそれがアップでしかないだろうから。彼女にとっては僕もインドアだろう。
「たまに桜花に付き合って走ったりしてるからかな」
「へぇ~すごいね。だったら私なんて超インドアだよ」
「いや桜花がおかしいだけだから」
「なんたって陸上部のエースだしねぇ~」
こんな他愛のない話をしているだけでも最近ひしひしと自分が変わってきていると実感する。
朝から早く家に帰ることだけを考え、イヤホンで外界と断絶して下を向いていたころから比べれば今の自分は信じられないだろう。それでも普通と比べればまだ陰の部類ではあるけど。
・
・
・
「リッキーばいばい。また明日ね!」
「うん。さよなら」
悠はこれからご友人と放課後の街に繰り出すらしい。「リッキーも一緒に来ない?」なんて言われた気がしたがさすがの僕もそこまでレベルは上がっていない。今の僕がLv10だとすればあと90は足りない。
悠とご友人に別れを告げて、僕は一人学校を出た。
今日は特に殿下の配信もなかった気がするから、家に帰ったら殿下の切り抜きでも作ろうかな...。いや、そういえば、殿下がデビューから半年経ったってこの前の配信で話してたからそのオリ曲作るのもアリだな。
そんなことを考えながら電車に乗り込むと一件の通知が届いた。瀬良リツのアカウントにDMが来ているようだ。
もしかしたらお仕事の依頼だろうか?
お仕事といっても基本的には企業からというよりは個人からの依頼が多いが。
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【エル・オーアル】
@LOR_ding
〇『こんにちは。フロムヒア所属のエル・オーアルと申します。私の配信にていろいろなゲストをお迎えしてタイマンで対談するという企画があるのですが、今回瀬良リツさんにコラボのお誘いをさせていただいた次第です。もし都合がよければ連絡いただけると幸いです』
え、いやまじで!?
エル・オーエルといえば殿下と同期のフロムヒア0期生もといELICA組の一人で、自分ではバ美肉おじさんと言っている幼女だ。エルは誰が何と言おうと幼女だ。
ていうか、コラボのお誘いじゃん!
コラボのお誘いは近江アルファ先生として以来の2回目だ。早速、お返事しなくては!!
●『こんにちは。コラボのお誘いありがとうございます。こちらこそ、エルさんの配信はよく拝見しております。今回のコラボの件ですがやらせていただけるのならこちらとしてもうれしい限りです』
〇『本当ですか!ありがとうございます!早速で悪いのですが、日付の希望などありますか?予定としては6月中旬から下旬を想定しております』
まぁ、僕は学生の身なので平日は厳しい。
●『土日ならいつでも大丈夫です。逆に平日はちょっと予定があるので厳しいかもです』
〇『了解です!であれば、こちらで事前に質問が書かれたファイルをお送りしますので期日の5日前くらいまでに提出してもらうんですけどだいじょうぶですか?』
●『大丈夫です』
〇『わかりましたー!では、後でファイル送りますね。コラボについて今週の土曜日に告知するのでそれまでは一応他言しないようにしてください!』
●『了解しました』
〇『では、また連絡しますー!』
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いや、ちょっと待って。
文章書くときもちょっと指先震えてたけど、遅れて実感わいてきた。
僕、推しとコラボできるじゃん!!
初めてコラボしてくれたアルファ先生には失礼だけど、僕の夢である推しとのコラボがこんなに早くかなうなんて!!さっきから鳥肌が止まらない。
気づかない間に僕の目から感動の涙が流れていた。
生きててよかった...。
「あの...大丈夫?」
「え?」
急に声をかけられて振り向くと、隣に座っていたおじさんがうろたえた様子でこちらを見ていた。
そういえば下校中の電車の中だった。
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