34.異質なもの
「「やぁ、よくきたね」」
こいつの挨拶はこのテンプレしかないのかよ。
「ボクのことそこまで理解してくれてるなんて嬉しいよ」
「毎回毎回、ライバーの前口上みたいに言われてたら覚えるわ」
やはり気が付いた先はジキルのいる謎空間。
今回は前回のように湖畔ではなく、どこまでも続くセイシンとトキの部屋のような空間だった。
「今回も課題に成功したようだね」
「あぁ」
こちらとしても悠と仲良くなれたことはとても喜ばしいことなのだが、いったいこの課題というのはジキルにとってどのようなメリットがあるのだろうか。
もしや...百合厨...?
「まったく、君ってどれだけボクのことを貶めれば気が済むんだい?」
「減るもんじゃないんだからいいだろ」
「ボクの心がすり減るよ」
意外だ。いつもへらへらしているこいつに減るだけの心があったとはな。
今一度ジキルの顔をまじまじと見つめてみるがやはりにへらーとした微笑を張り付けているだけで何の情報も伝わってこない。
「照れるなぁ」
勝手に照れてろ。
「はぁ、つれないね。まあいいや。正直今回の課題は君のことだしもう1、2週間はかかるものだと思っていた」
「僕だってやろうと思えばすぐにでもできるんだ」
「夏休み最後まで宿題を残す小学生みたいな言い草だね」
否定はしない。
「おかげで少しスケジュールに余裕ができたよ。報酬の記憶は渡すけど、次の課題を出すのはもう少しあとにしよう」
なんだよ。もったいぶらなくてもいいじゃないか。
ていうか、計画なんてたててるのか?
「...まぁね。最後の課題の日に合わせて行動してるのさ」
最後の課題ね...。
「ま、そんなことはいいさ。ほら、約束の報酬を渡すからね」
ジキルはさっさといけとでも言うように手を振った。
ふわふわとした浮遊感のなかでだんだんと小さくなっていくジキルを足元に上へ上へと向かっていった。
「次来る時までに面白そうな話しいれておいてね~」
なんだその漠然とした期待は...。
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【前世の記憶より】
小学生時代は担任教師との確執や同級生ともなじめずに何かと孤独な時代だった。当時の僕にとっては別に友達なんて必要ないものだったのかもしれないけど、やはり友達っていうのは社交性を学ぶ上でもあの時の僕には必要だったと思う。
中学生になった僕は相変わらずの日々を送っていた。
しかし、勉強のペースはそれまでよりも若干ダウンして、趣味であるプログラミングやデザインについて時間を割くようにしていた。
まぁ、といっても中学3年間分の予習はすでに終わっていたのだけれど。
小学生時代の反省として授業には最低限参加するようにしていた。進んで手を挙げることはないが当てられたら答える。その程度のものだが。
ある日の昼休み。
僕はその頃に初めてひとりで小さなゲームを作ろうと計画していたころだった。
お父さんに教えをこいながら、同時に独学でデザインの勉強もしていた。やっぱり初めのゲームはすべて自分が作りたかったのだ。
スケッチブックを手に教室の片隅でせっせとキャラクターイラストを描いていた時だった。
「何かいてるの?」
ちらりと見上げると隣にクラスの男子が立っていた。
このパターンはどこかで見たことがあるが、同じ轍は踏まない。
「キャラクターだよ」
「へぇーうまいね。何のやつ?」
「オリジナルだけど」
「え、一から考えたんだ!すごいね」
この時初めて彼の顔をはっきりと見た。
それまで同級生の顔などまじまじと見たことなかった。この時に初めて他人に興味を持ったかもしれない。自分の創作物を褒められてうれしくないクリエイターなどいないからな。
それから彼は僕が昼休みに何か描いているとちょくちょく見に来るようになった。僕としても嫌な気分はしなかったので自信満々に見せていた。
しかし、1週間ほどしてぱたりと彼の足が途絶えた。
昼休みに僕が何か描いていたとしてもそのまま教室に残ることはなく、さっさと体育館に向かっていく。
といっても、目が合えば多少話はするし挨拶くらいはしていたのだが。
まぁ、中学生の男子なんて興味の移り変わりも早いものだし仕方がないのかと思いつつも、心のどこかで寂しさを感じていた。
そんなとき、いくつものボツ案を繰り返して当時の僕的に納得のいく完璧なキャラクターイラストが完成した。
その時ふとこのイラストを彼に見てもらいたいという思いが浮かんできた。あの時、彼に見せたことで今までなかった承認欲求が芽生えていたのだ。
もし次に話すときに話の流れでこれを見せよう。
そう思いつつ、午後の授業までにトイレに行くことにした。
個人的に立ってするタイプの便器は得意じゃない。飛び散るし、なにより人前でズボンを下げるというのがなんとなく気恥ずかしかった。
そのため、大でも小でも僕はいつも個室を使っていた。
個室に入ると、少しして数人の男子グループが入ってきた。もうトイレは済ませていたのだが、彼らが出ていくまでやり過ごすことにした。思春期だったし、学校で個室に入っていると思われたくなかった。
座っていると、外から彼らの声が聞こえてきた。
「まじでタイキ、バスケうますぎだわ~」
「バスケ部だしな」
この声は...。
聞いたことのある声だ。
「じゃあタイキに勝てたらってやつもっかいやる?」
「いや、あれ俺不利すぎるから。絶対負けるやつじゃん」
「でも勝てたら全員からジュース1本ずつおごりだよ?」
「まぁ、タイキがビビるんだったらいいけど~」
「いや、そこまでいうならやるわ」
「おっけー。じゃ、明日の昼休みな。で、負けたら前のやつ」
「罰ゲームな」
「陰キャと1週間昼休み過ごすやつな?わかったって」
「明日がたのしみだわ」
「今度こそジュースおごってもらうからな」
男子グループはそのあとも何か言いあいながらトイレを出て行った。
その時の僕はと言えば個室の中で呆然としていた。あの時彼が声をかけてきたのはグループ内での罰ゲームとしてだったのか...。あの時ほめてくれた言葉はまったくの嘘だったということなのか。
途端、今までの彼の言動が気持ち悪く思えてきた。
これまで人と深くかかわってこなかったツケと言えば聞こえは悪いのだが、入学したあの時ちょっとでも隣の子に声をかけていればこんなことにはならなかったのかもしれない。
いや、そんなことを言っても仕方ないのだが。
僕がトイレから教室に戻ると先ほどの男子グループがわいわいと話をしていた。すると彼がちらりとこちらを見たので、僕は視線を外した。
やはり、他人とかかわってもろくなことがない。
幸いなことに次の日の彼の机には大量のジュースがおかれていた。
あんな裏を知ったうえで彼と何事もなく接せられるほど僕も大人じゃなかったので、正直なところほっとした。
それからは今まで以上に他人と距離を置くようになった。人と話すときは最低限のやりとりしかしないし、彼ともあれ以来挨拶すらしていない。
その反動なのか、僕は今まで以上に趣味に没頭していった。
その途中で、キャラクターデザインの参考としてみたひとつのアニメに心を奪われた。
その物語はいわゆるロボットモノだったのだが、どちらかといえば人と人との関わり合いに対するものが主題だった。
それを回を重ねて観るにつれて、どんどんと深みにハマっていった。
アニメの世界ではどんなに失敗しても、どんなにどん底に突き落とされても最終的には主人公が立ち上がり続ける。そんな主人公に憧れた。
僕はといえば、ゲームづくりのためという言い訳のもと、休日は家に籠もって一日中アニメを見続けるという完璧なアニメヲタクになっていた。




