20.前世の記憶
「うっ...」
配信を終了し、立ち上がろうとしたときに少し目眩がして座り直す。疲れているのかもしれない。
大きく息を吐いて、目を開けると目の前には広大な湖が広がっていた。
え?
どういう?
「よくきたね」
そいつは優雅にティーカップを持ち上げ、紅茶をすすりながら一服している。この前来た時は真っ白い殺風景な空間だったはずだが、なぜか今は湖畔のほとりのコテージのような場所にいる。
顔を上げるとジキルが座っていた。
「僕寝落ちしてないぞ」
さっき配信を閉じたが、今までのような急激な睡魔は襲ってきていない。言葉通り気がつけばここにいた。
「ちょっとだけ君の中で時間の進みを遅くしたんだ。この世界から出ればさっきまでの椅子に座ってるはずだよ」
そういうとジキルはカップを口に近づけ、中が空になっていることに気が付き残念そうにカップをおいた。
「さて。どうやらボクからの課題に成功したようだね」
「まぁ、これぐらい余裕だ」
「逃げ出そうとしたくせに?」
「ぐッ...」
ジキルはニヤニヤとした笑みを強める。
たしかに友達になれたのは自分の力ではない。
「まぁ、篠宮悠と友達になれたし結果オーライにしようかな」
沈黙する僕を見てつまらなそうなため息をついて笑みをやめた。
「課題を成功したら前世についておしえてあげるってことだったよね」
「そうだ。早く教えろ」
「せっかちなやつだなぁ。まぁ、その前にやらなきゃいけないことがあるからさ」
なんだ、やらなきゃいけないことって。
「とりあえず今回は前世の記憶の一部。幼い頃の記憶をあげよう」
どうして幼い頃だけなのかはまぁ置いておくとして、そもそもどうしてこいつは記憶を戻すことができるのか。こいつの正体は未だによくわかっていない。
「僕の正体は最後に教えるよ」
「最後ってなんだよ」
「それはすべての課題を終えてからだよ」
「まだあんのかよ」
たしかに幼少期だけしか戻してもらえないということはそうなのだろうが。
「まぁ、知りたくないならいいけどさ」
「知りたい知りたい」
「...だんだん雑になってきてない?」
軽く受け流すのが一番いいとたった今気が付いた。
「いいけどさ。じゃ、前世の記憶を思い出したらそのまま現実世界に戻っちゃうから今、次の課題を教えるね」
「あぁ」
友達をつくれと言われたときは面食らったが、もう驚かない。友達のできた僕に怖いものなどない、はず。
ジキルは立ち上がり僕に指差す。
「次の課題は篠宮悠と仲良くなって出かけること。おーけー?」
え、うん?
「ちょ」
「それじゃ、頑張ってねー」
僕がジキルに向かって手を伸ばすがそれも虚しく目の前が急に暗転し、頭の中に電撃のような痛みが走る。
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【前世の記憶より】
僕はどうやら死ぬ間際らしい。
短い人生だったし、決して充実しているとも言えない。
走馬灯のようなものが眼前に浮かんでは消える。
僕の名前は一ノ瀬和希。
母は専業主婦で、父がプログラマーという家庭に生まれた。父は仕事で帰りが遅くなりがちだったがその分家族愛は人一倍強く休日はよく家族で出掛けていた。
「今日から私達親になるのよ」
「この子を守るために僕たちが頑張らなきゃな」
生まれたばかりの僕を見下ろす父と母。僕は断片的にだけだが生まれて間もない頃の記憶がある。まぁ珍しいが、なくはないことらしい。
場面は切り替わる。
生まれた頃から記憶があるのに物心ついた頃というのは少し違和感があるが、とにかく僕が3歳の頃だ。
父の親バカぶりが凄まじく、まだ他の子供はお母さんについて回っている時期だというのに僕になぜか算数のドリルを買ってきた。英才教育がしたかったらしいが、おそらくどんなスパルタ教師も3歳児にはやらせはしないだろう。
だが何かの奇跡か、呆れる母を他所に1週間ほど父から勉強を教えてもらっているとだんだんと解けるようになったのだ。
ここでなまじ出来てしまったことが父の親バカぶりを加速させたのかもしれない。
そこから小学生になる前までに父の独学で算数・英語・漢字など小学生で教わるものはすべて理解した。
その頃の僕は父がしていたプログラミングに興味を持ち始める。ここで僕は勉強をしたご褒美としてプログラミングを教えてもらおうと人生初のおねだりを発動したのだった。
今まで好きな遊びもさせず(特にそういうものはなかったのだが)勉強ばかりさせていたのが心苦しくなったのか僕の願いは受理された。
あいにく母が専業主婦で幼稚園などには通わなかったので日中にいろいろな本を読んだり勉強をし、父が早く帰ってきた夜や休日にパソコンに座ってキーボードを叩いた。
小学生になる頃にはおそらく中学生の勉強を始めていたと思う。毎日登校はするのだが、なぜ授業でこんな幼稚なものをするのか不思議に思ったものだ。
ある日、先生に「なぜこんなものをいつまでもやるのか」といった旨を伝えたことがある。
自分の使っていた参考書をもってこれを学びたいといったときの驚いた先生の顔を見て初めて自分のほうがおかしいと気づいた。
まぁ、そういうこともあり授業中は特にもう一度聞く必要もなかったので持ち込んだ参考書を勝手にやっていた。
先生に許可をもらおうとしたら、協調性だとかなんとか言われたので仕方なく隠れてすることにしたのだ。
だが、ある時隣に座っているクラスメイトに見つかってしまった。特にそいつは独善的な正義感が強く、みんなから「チクリ」と呼ばれるほど「先生先生あいつがー...」と小うるさいやつだった。
「先生!和希が本読んでます!」と告発され、その後先生からの厳重注意で授業中は読めなくなってしまった。本じゃなくて参考書だっていうのに。
先生の言い分だと他の人と違うことをしてみんなから浮いてしまうとイジメの対象になったりするのだそうだが、それは個人の個性を潰すことにならないか?と心の中で思ったが怒ると怖い人だったのでその場は黙ることにした。
というか、当時これといって仲のいい友達はいなかったしイジメになっても返り討ちにできる自信があったのでよかったのだが。
しかし、まぁ黙って授業を受けるのも苦痛なので、休み時間に勉強をすることにし、授業中は寝る事にした。そのせいで授業態度は悪いのだがテストの点数は良いので成績がいい感じにバランスをとっていた。
「なにこれー?」
ある時、クラスメイトがおもむろに僕の参考書を持ち上げた。
「返して」
「やだよ」
僕に社交性があればもう少しなにかあったのだろうが、端的にそう返した僕にその子は気分を害したのか自分の服の中にしまい込んだ。
「勉強したいんだけど?」
ぐいっとその子の服を引っ張ると頑なに抱え込んで話さない。
「邪魔しないで」
おそらくその子は僕にただ話しかけたかっただけだったのだろう。なのに僕がこうやって冷たく突き放したから意固地になったんだと思う。
「うっせー!」
そういうとその子は教室の出口にかけていき、そこでなにかに躓いたのか思いっきり転んだ。
「ゔ、ゔわああああああん!!!」
いきなり泣き出してしまったのでとりあえずその子の足元に落ちていた参考書を無事取り戻した。
すると、泣き喚く生徒を不審に思った先生が近づいてきてその子に事情を聞く。
「どうしたの?」
「か、和希が...」
そこでしゃくりあげてしまって何を言っているかわからなくなってしまった。僕の方を怪訝な表情で見る先生。
いや、これ僕が悪いのか?
その後先生から僕の反論も聞かず頭ごなしに怒られたのだが、結局そいつが勝手に転んだだけとわかると謝ってきやがった。
なにが、「ごめんねぇ」だ。まだ許してないからな。
そんなこんなで小学生時代は周りに馴染めなかったが、まぁそれ以外に対したトラブルもなくつつがなく日々を過ごしていた。
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