18.相手を知れ(後編)
雲一つない快晴が僕を燦々と照らしているが、僕の気分は地面から数センチ浮ついている。
まだ篠宮さん、いや悠と友達になれたことは夢なのではないかと思っているくらいだ。
いやだってあちらから申し出てくるとは思わなんだ。流石に計画が甘かったかと頭の中で反省配信の枠を立てていたところだったのに。
ハッ!
もしかして、僕がヘタレなことを見越してあちらから言ってくれたのか...?
もはや女神のレベル。
彼女の後ろから後光が見えるわ。
今まで陽キャギャル娘ちゃんとか言って申し訳ない。やっぱり、オタクに優しいギャルは存在していたんだなぁ。
と、感慨に耽っている間に教室に辿り着いた。さて、せめてこちらからも悠に挨拶ぐらいはしなくてはな。
「ッ...」
扉を開けると悠とそのご友人方が談笑していた。思わず声が詰まる。さっき決めたばかりの勇気が小さな穴の空いた風船のように急にしぼんでいった。
悠は明るくクラスでも中心にいる存在。それはいつも周りに人がいて当然か...。大人数でいるところに、たとえ挨拶だけだとしても割って入れるわけがない。
僕はトボトボと自分の席に静かに座った。
「リッキー、おはよー!」
「んッ!?」
急に後ろから首元に腕をかけられて大きい声を出してしまった。周りも何事かとこちらを見ている。朝だからまだ人が少なくて良かった。
照れている自分に気づき、咳払いして誤魔化してとりあえず腕を振り解く。
「おはよう」
そこにはニコッと微笑む悠が立っていた。
僕の記憶だとさっきまで教室の前の方にいた気がするんだけど、いつの間に僕の背後に?もしかして、虚空の使い手なのか...。
「折角、昨日一緒に帰ろうと思ったのにリッキーさっさと帰っちゃうんだもん」
悠はわざとらしく頬を膨らませた。
「昨日は用事があったから」
昨日は殿下の配信があったのですぐに帰らねばならなかった。できる限りリアタイ視聴がファンとしての矜持だと勝手に自負している。
「あ、そういえば!リッキー、Vライバーって知ってるー?」
「...それなりに」
もしかして、こいつ僕の心が読めるのかパート2
「私、リッキーと早く仲良くなりたくて何が好きかなーって考えてたの」
めっちゃいい娘やん。
「アニメとか漫画とか見てみたんだけどちょっと私には合わなくて...ほら、最近Vライバーが流行ってるって聞いたからさ」
僕のためにそこまでしてくれるこの子は何者...。オタクに優しいギャルの模範解答みたいな人じゃん。前世なら勢いまかせで告白して振られてたところだ。前世知らんけど。
「未来ユウキちゃん見たよ。めっちゃかわいいね!」
Vライバーの代表格といえば未来ユウキである。この業界で登録者数が唯一100万人の大台を突破しているし、Vの入口になっていると言っても過言ではない。
「リッキーは誰か好きなVライバーさんいるの?」
「...いるよ」
だけど、言っていいのかな。
僕、オタクだから話したら止まらなくなりそうで怖い。
「誰だれー?」
目をキラキラさせながら僕をじっと覗き込んでくる。思わず視線をそらすが、それでもなお見つめてくる悠に根負けしたので言うことにした。
「リリカ・ルルーシアっていうんだけど」
「あー、知ってる!昨日ちょうどみたよ」
「え、まj!...ほんと?」
あぶない、今「まじか」っていいそうになった。
「ほんとほんとー。声めっちゃ可愛くてさー」
「わかるマン」
へぇ、そうなんだ。
「え、わかるマン?」
「あ、いや...。へぇ〜」
今、本音とセリフが逆になっていた。ちょっと動揺しすぎてるかもしれない。
「リッキーも好きなの?」
「あ、まぁ。はい」
「そうなんだー」
悠がリリカ殿下を好きって言った瞬間からこの子に対する好感度メーター爆上がり中なんだが。もしかして僕攻略されてる?えっ、僕の好感度チョロすぎ...?
「どういうところが好きなの?」
どういうところと言われれば全部ということになるのだが。まぁ、強いていうなれば。
「天然っぽいところかな」
「へぇ、私見始めたばっかりだからわかんないけどそうなんだね」
「昨日の配信みたの?」
「そうそう。なんか、たまたま見てみたら配信の雰囲気も良かったからチャンネル登録しちゃった」
昨日の殿下の配信は雑談しながら最後にフロムヒア一期生の告知をしていた。朝食はご飯かパンかでリスナーの間で激しい議論が行われ、最終的には殿下の「朝はラーメンもいいよね」という衝撃の一言によって閉幕した。あれは面白い配信だった。
「本当はもっと知りたいんだけど、動画みたら全部1時間以上じゃん?だからあんまり時間さけなくて」
まぁ、はじめの頃はアーカイブを見てその長さに驚愕したものだ。すべてのアーカイブを見ようと思ったらまじて睡眠時間がなくなる。僕は過去にそれで死ぬほど疲れた。
「切り抜き動画って知ってる?」
「なにそれ?」
「他の人がその配信を10分とかにまとめてくれてる動画なんだけど、おすすめだよ」
「えー、そういうのもあるんだ。ありがとー、リッキー!」
あの、そうやって軽率に抱きついてくるのやめてもらっていいですか?好きになっちゃうんで。
「そういえば、さっきから私の名前呼んでくれなくなーい?」
「えっ?」
ドキ。
「私だけリッキーって呼んでるの一方通行で嫌だよー。悲しいなー」
悠は僕の机に臥して小さく「よよよ...」と呟いている。いや、どこの平安貴族の泣き方だよ。
「悠...さん」
「さんはいらない」
尚も顔をあげない。
スゥーー...ふぅーーー。
「ゆ...悠」
「んー、なにー?」
いや、満面の笑み。
桜花といい悠といいなんでこう絵面だけみれば僕の周りって百合展開多いんだ?女子耐性ない僕としてはヘタレギャルゲー主人公みたいな反応しかできない。
僕に何か魅力でもあるというのか?
そっと自分の胸に手を当てて考えようとするが、思ったよりも絶壁だった。いや、スレンダーといったほうが聞こえはいいか。
どうやら、僕の体目当てではないらしい。
「リッキーなにしてるの?」
体中をペタペタと触りまくっている様子は流石に不審だな。
「いや、別に」
「ふーん。まぁいいや、今日は一緒に帰れるの?」
今日は殿下の配信はないが、瀬良リツのチャンネルで配信をしようと思っていた。まぁ、別に急ぎではないのだが一緒に帰るとなると...こう、気恥ずかしいものがある。
「帰りの方向とか違うんじゃない?」
「リッキー電車でしょ?駅まで行こうよ」
なぜ僕が電車通学なことを知っているんだ。
もしかして、ストーカー?
「そんな不審な顔しないでよ。桜花から聞いたの」
「え、桜花?」
桜花ともつながりがあるのか。
「桜花にリッキーと友達になる手助けしてもらいたかったんだけどね。まぁ、二人とも友達になれてよかったよ!」
え、僕それ知らないんだけど。桜花そんなこと約束してたのか。あいつやりよるな。
「それで帰り、どう」
「ご友人方は?」
流石に僕人見知りだから3人以上の空間だと虚無になるんですけど。
「エリたちは遊んでから帰るって。空気読んでくれたのかな?」
「そう、ですか」
退路は断たれているようだ。
「わかった。じゃあ、今日の帰り、帰ろうか」
「ほんと?じゃあ、待っててね!」
「うん」
上機嫌な様子でホームルームの鐘の音を聞いて悠は自分の席に戻っていった。こんだけ話して昼休みくらいの気分でいたんだけど、まだ朝なんだよなぁ...。




