110.打ち合わせ2回目
本日は2度目の打ち合わせの日だ。
先週佐井さんとイメージの共有を行って、送ってもらった依頼書に沿って5枚ほどラフを描いてきた。悠の時はもともと描いてあったものをあげたので依頼されて作るのは初めてだ。
今日は佐井さんに加えて演者である黒森さん本人も交えての打ち合わせになっている。結局のところキャラクターを使うのは黒森さんなので自分に合ったキャラを選んでもらってそこから修正を繰り返していく手筈だ。
先にディスコ上でミュートにして待っているとちょうど予定時間になったところで佐井さんと黒森さんが続けて入ってきた。
『あ、瀬良さん先に入ってらしたんですね。おはようございます』
「おはようございます」
『あ...あの』
この落ち着いた低声、応募動画の時より若干トーンが高いけどこの人が黒森玲音さんか。
「あ、黒森玲音さんですよね。初めまして、瀬良リツです」
『存じてます!私、実は叡知民でいつも配信見て楽しませてもらってます!この前のせらおーみラジオとかほんと好きでアーカイブ何回も見てます!』
ものすごい早口でまくしたてられてて心の中で一歩引いてしまった。僕を指名してきたということはこの子も叡知民なんだろうなとは予想していたんだけど...予想以上に強火だな。
『この子瀬良さんの大ファンみたいで...すみません』
「いえ...とてもありがたいです」
『あ、すいません...推しと話せてちょっと興奮して』
オタクって推しを目の前にすると抑えようとしても興奮してしまう生き物なんだよね。その対象に僕が選ばれていることは少しむず痒さを感じるけど。
『フロムヒア2期生の黒森玲音です。今日はよ、よろしくお願いします』
「よろしくお願いします」
なんというか...思ったよりも真面目な人だな。
あの応募動画は演技だとはわかっているけどそれにしたってこんなに真面目そうな人が「我は魔王の生まれ変わりだ!」とか配信で言ってキャラブレしないでいられるのだろうか。
「余計なお世話かもしれないんですけど...実際の黒森さんって動画と違う印象なんですね」
『そう...ですかね?』
『瀬良さん大丈夫ですよ。瀬良さんの前ではこんなに緊張してますけど、私と話すときはキャラ通りなので』
『ちょっと佐井ちゃん!』
佐井さんは僕の言外の懸念をくみ取って答える。まぁ僕もリリカ様の前なら語彙力に強力なデバフかかりそうだし、気持ちは痛いほどわかる。
それにしても、今の反応を見る限りマネージャーと演者の仲は良さそうだし多分社内の雰囲気もいいんだろうなぁ。
『ということですので中二病路線で進めてもらって大丈夫です』
「そうですか。すみません、口を出してしまって」
『いえいえ!とんでもないです』
でも裏でもあのキャラ通りってなんだかちょっと面白いな。いつか黒森さんと打ち解けてきたらそういう面を見せてくれる時が来るのだろうか。
「では早速なんですが、描いてきたラフをチャットの方に貼るのでご確認ください」
『ありがとうございます』
チャットに5枚のラフを貼り付ける。
依頼書がしっかりしていた分、そこまで差はないんだけど制服のデザインやディティール、髪の長さ、肌の明るさなどがそれぞれ分かれている。
「こういう感じなんですけど...どうですかね」
『すごい...めっちゃ、いいです!』
『頭でイメージしていた黒森玲音のデザインそのままでびっくりしてます...』
「はは...ありがとうございます」
2人には好評のようだ。普段の依頼は文章でのやり取りが多い分、こういう反応を直で返してもらえるというのはなんだか新鮮で嬉しい。
『玲音はどのデザインが気に入った?』
『そうだなぁ、どれも好きだけど...3番かな。制服のデザインがすごい好みで』
『そうね。私も3番のデザインを基にするのがいいと思う』
全然関係ないのだが、話を聞いている限り普段はタメ口で話しているんだろうな。こう聞いていると玲音さんが落ち着いていてあのキャラ通りでも違和感はない。
「一応肌の色とか髪の長さとかも調整できますよ」
『そうですね...じゃあ、肌の色は1番で髪の長さは3番のままにしたいです』
この中で一番色白でうなじが見えるくらいのショートか。中二病キャラだし褐色系より色白の方が映えるのかもしれない。
「アクセサリーとか細かいところで修正したいところはありますか?」
『あ、じゃあブレザーの上に短いケープみたいなのつけたいです!』
ケープ...マントみたいなやつか。
3番の制服は他の者よりちょっとフォーマルで若干異世界モノの制服っぽい要素が入っているのでケープを付け足してみても違和感はないか。
「わかりました。描き足しておきます」
『あ、ありがとうございます!』
これは僕が勝手に付け足した設定だけど中二病ゆえに勝手に制服を改造して使ってる、みたいなのもそれらしくていいかも。
「一応ポーズも決められるんですけど...ノーマルの立ち姿の他に何か欲しいのってありますか?」
『うーん...』
『中二病ポーズとかどうですか?』
中二病ポーズというと片方の手を顔に当ててもう片方をお腹に当てている『我が右目に封印されし...』的なあのポーズだろうか。
『例えば...こういうですとか』
送られてきたフリー画像を見て僕の認識がおおむね間違っていないことを確認した。中二病と言えばこのポーズを思い浮かべるけど、これには何か元ネタとかあるんだろうか。
「たしかにこれなら合いそうですね。黒森さんはどうですか?」
『は、はい。私もこのポーズがいいと思います』
よし、じゃあ通常ポーズとこの中二病ポーズの2つだな。
...待てよ、このポーズをするならせっかくオッドアイという設定なんだし眼帯を取る差分もあったほうがいいのでは?
「ちょっと提案なんですけど、せっかくオッドアイなんですし眼帯が取れる差分とかどうですか?」
『あー、なるほど。確かにあった方がいいですね。玲音はどう思う?』
『そうですね...あ!だったら眼帯取ったらその目が光るみたいなのって、できますか?』
「そのアイデアいいですね。ぜひやりましょう」
ノートに「眼帯外すと目から光」とメモする。なんだかちょっと悪ノリが過ぎているような気がしないでもないけど本当にダメならフロムヒアの運営の方から通達が来るだろう。
「あとは...何かありますか?」
『あとは...あ、デザインには関係ないんですけどいいですか?』
「はい、なんですか?」
『実は中二病路線はそのままなんですけどキャラ設定を少し変えようと思っていまして...』
ほう?
現在は自分が魔王の生まれ変わりだと信じている女の子という設定だけど。
『自分を依り代に魔王を降臨させて世界征服を企む秘密結社ミュルクヴィズの総帥...という体の普通の女の子という設定なんですけど』
「秘密結社の総帥ですか。ちなみになぜ?」
もう秘密結社の名前まで決まってるんだ。魔王の生まれ変わりと秘密結社の総帥ならどちらもキャラ的には似たようなもんだしキャラデザは変えなくてもいいけど、急に設定を変更するっていうことは何かあったんだろうか。
『あのぅ...』
『特有の配信の挨拶とファンネームがつけたいらしいんですよ』
「配信挨拶...」
言い出しづらそうな黒森さんに変わって佐井さんが答える。
例えば、ゆうの「あなたのお宅に笑顔をお届け!」とかリリカ様の「みなさん、ごきげんよう!」みたいなやつか。僕はいつも始まるときは「どうもこんばんは」って言ってるからないようなものだけど。
「例えばどんな?」
『えっと、開始の挨拶が「ミュルクヴィズに栄光あれ」で締めが「ノル・ロ・マインルーク」にしようと』
「ノル...?どういう意味なんですか」
『特に意味はないです。黒森玲音をローマ字にして入れ替えただけなので』
「あぁそういう」
ラ・ヨダソウ・スティアーナ(特に意味はない)的なやつか。言おうと思ったけど多分伝わらなそうなのでやめておこう。
『あとファンネームはミュルク構成員で、同志って呼びたいと思ってまして』
「あぁ」
同志...なんか中二病の鉄板みたいでいいな。
僕も一応叡知民っていう呼び名はあるけど含意がひどすぎてリスナーのことは「みなさん」としか呼べないし。
「同志呼びいいですね。結構好きです」
『本当ですか!』
僕の中の中二心が絶妙にくすぐられるいいワードだと思う。
「まぁこれくらいの設定の変更ならキャラデザの変更はしなくてよさそうなので、さっき出たアイデアをまとめて修正してもいいですか?」
『お願いします!』
よし、それならさっき聞いたポイントをまとめてラフを修正しよう。
「えーっと、じゃあ次の打ち合わせも土曜のこの時間で大丈夫ですか?」
『はい、私は大丈夫です』
『わ、私も行けます!』
「では来週までに仕上げてきます。ではお疲れ様です」
『お疲れ様でした』
『お疲れ様です!』
挨拶もそこそこに通話から落ちた。
描き出した修正ポイントを眺めて頭の中で完成図を思い浮かべてみる。
ケープを纏った異世界風の制服で中二病ポーズ...眼帯を外すと目から光が出る中二病の女の子。
なかなかそそるデザインだ。
中二病キャラはあんまり描いたことがないのだが、実はキャラとしては結構好きな部類なので腕の見せ所だ。
というか最後に描いた中二病キャラって誰だったっけ。仕事ではそういうキャラは描いてないし、描くとしたら趣味とか配信でだけど...。
「あ...」
『佐藤パラダイスロスト』
思えばこいつも中二病キャラか。
配信でめちゃくちゃやりすぎて記憶から消したんだった。うっ...翌日悠にちょっと気を使われた記憶がフラッシュバックする。
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