109.お誘い
「リッキーおっはー!」
「おはよう」
教室に入るなり悠の元気な声が飛んでくる。連日の作業で疲れた体に染みわたる...。
「荷物置いたらちょっといい...?」
「ん、何?」
悠は教室の外をちらっと見る。教室にはすでに3人ほどクラスメートがいるし、外に出るということはここでは話せない話なのだろう。
「いいよ」
僕たちは小ホールに移動した。ここは窓からグラウンドが良く見えるので朝練をしている桜花の姿を見つける事ができる。
「それで話って何?」
「うん。実はね...」
そう言って悠は僕にスマホを差し出した。スマホを受け取って見てみるとスイッターのDMの画面が映っていた。
【恋泉サキ/サイバー2期生】
@saki_love
CYBERプロダクション2期生のこいずみです!□偉大なママ:○○(@xxxx)□偉大なパパ:○○(@xxxx)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〇『突然のご連絡すみません!CYBERプロダクションに所属している恋泉サキと申します』
〇『先日のラビットマンの配信を見ました!とっても面白かったです!』
〇『私もゲームは得意な方ではないのですが、ぜひよろしければゲーム配信でコラボしませんか?』
「え...すご」
「うん。うちもDM来た時ビビったよ」
CYBERといえば現在のVライバー業界においてユメセカイ、フロムヒアと並び立ついわばVライバーの顔。最近インターネット上でVライバーという人種が市民権を得たのは、彼らがテレビ進出を果たし『Vライバー』という言葉を全国的なものにしたからである。
「それでどうしたらいいかなって」
「どうしたらって?」
「うちリッキー以外とコラボするの初めてだしさぁ...」
なるほど、つまり悠は彼女とコラボして失敗することに不安を感じているのだ。悠にもそういう感情があったのかと親近感を覚える。
僕もコラボはあまりしてきた方ではないけど先輩としてちゃんと答えてあげなければ。
「悠はやってみたい?」
「まぁこういう機会もなかなかないだろうし、してみたい」
「じゃあコラボしてみてもいいんじゃない?悠なら大丈夫だよ」
結局のところ悠は僕に背中を押してほしいのだ。
今は不安を感じているけど悠のコミュ力なら、正直突然未来ユウキの前に出したとしても5分後には世間話し始めそうだし。
「最終的にはアリス様とコラボしたいんでしょ?だったらいろんな人とコラボしないと」
友達だからと言って僕とばっかりネット上で絡んでいたら、僕という存在が外から見たら悠に近づけない障壁に見えてしまうかもしれない。
「そうだね、返事してみる!ありがとリッキー!」
「どういたしまして」
なんだかなんとも言えない温かい気持ちを感じた。もしかしたらこれは子供が親元から巣立っていくときの誇らしさと寂しさなのかもしれない。別に僕は悠の親ではないけど。
・
・
・
「~で...ってもう終わりか。じゃあここ難しいから復習しておくように」
4限の終わるチャイムで目が覚める。4限は僕の苦手な数学だったのでただでさえ疲れている僕には先生の落ち着いた声がASMRにしか聞こえなかった。
「せーがわさん!」
「え...はい」
弁当を持って中庭に向かおうと準備していると後ろから市倉さんに声をかけられた。
「今日も櫻木さんのとこ?」
「あ、はい」
ここ最近なぜだか市倉さんから声をかけられることが多い。以前も悠のお友達ということで悠がいる場で少しは話をしたことはあったのだが、今は悠がいなくても僕に話しかけてくるようになった。
「たまには私も瀬川さんと一緒にご飯食べたいなぁ」
「あー...そう、ですね」
そう言って市倉さんはわざとらしく上目遣いで僕を見上げる。悠は今ギャルになっているのは中学の時に出会った市倉さんの影響だと言っていたが、こういうスキルを見ているとそれがよくわかる。
「てかさ!もう結構話し始めて経つし苗字呼びやめん?」
「えっーと...」
「なんて呼ぼうかなー...あ、じゃあ『せがっち』とかどう?」
いやどうと言われても...なんか昔流行ったペット育成ゲームみたいだな、としか。
というかギャルっていう生き物は苗字呼びの次は下の名前とかじゃなくていきなりあだ名がマストなのだろうか?
「じゃあせがっち!私の呼び方なんか決めてよ」
「じゃあ...エリさんとか」
「えー...普通だなぁやっぱさ...」
「エリ、ダル絡みやめなぁ?リッキー困ってんじゃん」
そこで後ろで見ていた悠から救いの声が聞こえた。
「えぇ?そんなことないよね?」
「えーとまぁ...」
困っていないと言えば嘘になるけど、困ってると直接言えるほど胆力は強くない。
「ほらリッキー、桜花待ってるんだし行ってあげな」
「うん。じゃあ...」
「せがっちまた後でねー!」
僕は会釈をしてそそくさと教室を出て中庭に向かった。悠にはもう慣れてしまったけど、正直生粋の陰の者である僕には陽の光はまぶしすぎる...。
【市倉エリ視点】
せがっちを見送った後、背中で凍えるくらいの冷気を感じ取った。振り返ると悠の顔が明らかに不機嫌の色を滲ませていてちょっと面白い。
「悠、なんか拗ねてない?」
「は?別に拗ねてないけど」
そうは言いつつも言葉に若干のトゲがある。良くも悪くも悠は昔から考えていることが態度や声に出すぎてわかりやすい。
「もしかしてだけど、せがっち取られると思って焦ってんじゃないのー?」
「はぁ!?そんなことないし!」
おぉ、声デッカ。相変わらず悠からせがっちに向けるラブが強すぎる。
「ていうかリッキーは物じゃないから。取るとかないし」
「ふーん、じゃあ私が勝手に仲良くなってもいいよね?」
「まぁ...」
私の言葉に悠は顔を伏せる。
「めっちゃ仲良くなって二人で遊びに行ったりー」
「...」
私の言葉にピクッと悠の肩が動いた。この反応もしかして悠とせがっち二人で遊びに行ったことあるんだろうか。
「家で遊んだりー」
「...」
家に来てもらったこともあると...。
「お泊りとかしちゃったりー」
「そんなのダメ!不純異性交遊!!」
どうやらお泊りはまだらしい。
ていうか女子同士なんだから異性交遊にはならなくない?せがっちが女子だとしたら、私が男子ってことかい。
「え、別にせがっちは女子だしよくない?」
「あ...まぁそうだけど。でもダメ!なんか危ない!」
いや過保護な親か。
「じゃあ、私とせがっちと悠の3人ならどうよ」
「3人で...。うぅーん...」
そう言うと悠は腕を組んでフリーズしてしまった。考えるにせがっちとお泊りはしたいけど、プライベートのせがっちを私に晒したくないといったところか。
固まってしまった悠をさておいてお弁当に手を付ける。
教室の後ろからとことこと佳奈が近づいてきて悠の膝の上にちょこんと座った。佳奈は140センチちょっとしかないので抵抗しない佳奈をみんなで膝の上に乗せて遊んでいたらそのうち彼女の方から座るようになった。
「佳奈ご飯食べた?」
「食べた」
そう言って佳奈はスナックバーの殻をポケットから出してみせる。小柄とはいえそんなので1日持つんだろうか。
「そんなのばっかだとそのうち佳奈消滅しちゃうよ。ほら口開けて」
「あ」
仕方がないので私の弁当から唐揚げを一つとって佳奈の口に運ぶ。小さい口で頬張っているのがハムスターみたいでかわいい。
「これ私つくったんだけど、どう?」
「おいひぃ」
「ならよかった」
私が佳奈におかずを一口ずつ餌付けしている間ずっと悠は固まったままで、結局10分くらいした後にようやく再起動した。
「2回に分けよう!」
「...」
悩んだ末に意味の分からない答えが出てきた。どうしてそういう結論に至ったのかわからないけど突っ込んで聞くのも面倒くさいのでスルーしておく。
「時間ないし弁当食べな」
「ん...あぁ。あ、佳奈うちのも食べる?」
「食べる」
多分今世界で一番ほのぼのしてんなぁ...。




