102.修学旅行1日目
「あ、リッキー!こっちこっちー!」
キョロキョロと不安げに辺りを見渡していると遠くから悠の声が聞こえた。
「おは!」
「おはよう」
今日は修学旅行1日目。
新幹線に乗るために駅に各自で集合しているのだが、人が多すぎて若干人酔いしてしまった。早めに悠というセーブポイントを見つけられてよかった。
「リッキー、見てこれ。じゃーん!」
「うわ、これって...お菓子?」
「そう!」
自慢げに見せてきたリュックの中には多種多様な駄菓子がパンパンに詰まっていた。ちっちゃい駄菓子屋さんでも開くのだろうか。
「新幹線乗ったら一緒に食べようね」
「いいけど...他の荷物は?」
「ぜーんぶこの中にに入ってるよ」
そういって悠はキャリーケースをポンと叩いた。僕なんて数日分の着替えがかさばってキャリーケースに入らないからリュックにも頑張って詰め込んだというのに。
「よくこれだけに入り切ったね」
「普通じゃない?着替えも全部真空パックに入れてるしね」
なるほど...そういう手があったか。
「みんないるか―。点呼とるぞー」
集合時間が近づいてきたこともあっておそらく全員が集まった。各組の先生が点呼を取り全員いることを確認したのち、新幹線の指定された座席に座る。
「さ、リッキー食べようか!」
「もう?まだ発車してないんだけど...」
悠は席に着くなりテーブルにお菓子を陳列し始めた。この調子で食べたら東京で乗り換えする前になくなってしまうかもしれないな。
新幹線の中では悠と適当な話をしながら時間を潰していた。
新幹線なんて初めて乗ったけど気が付いたら別の県になっているのを知って文明の進化をひしひしと感じた。別に新幹線のない時代には生まれていないけど。
「ねぇ」
東京駅で広島行きの新幹線に乗り換えてまた悠と一緒のシートに座ると後ろから誰かが声をかけてきた。
「悠、シート回転していい?」
後ろの席から身を乗り出して声をかけてきたのは悠のギャル友達である市倉さんだった。悠は僕の方をちらりと見てきたので小さく頷いて答える。
「いいよー」
学校では僕と話していない時はいつも悠と話しているし、僕だけが悠を独占しているのはなんだか悪い。
それに最近市倉さんはちょくちょくコミュニケーションをとってくれるので最初ほど緊張はせずに話せるようになってはいる。
「瀬川さんどーも」
「あ...どうも」
まぁ、とは言ってもまだ全然緊張はするのだが。
「ほら見ての通り佳奈がずっとこんなんだからさぁ。ずっとスマホいじるのも飽きちゃった」
「あー...佳奈はいっつもマイペースだからね」
市倉さんは隣に座っていた女子を指さしてうんざりとした表情を浮かべた。
彼女の名前は三澄佳奈さん。
悠や市倉さんのグループにいる人で基本的にはあまりしゃべらないが、かといって僕のようにコミュ障というわけでもない。彼女はいわゆるサブカル女子というやつでいつもヘッドフォンでヘヴィメタルだかメタルコアだかを聞いている...らしい。悠ペディアより。
僕がちらりと見ると三澄さんとばちっと目があった。
「...ども」
ヘッドフォンを外し僕に向かって一言話すとまたすぐに音楽の世界に戻って行ってしまった。
「まぁ佳奈はこんな感じだから瀬川さんも気にしないでね」
「あぁ...はい」
何か一言くらい僕も返しておけばよかった。コミュ障特有の会話のラグさえなければ...。
「ていうか悠!」
「え、何?」
「さっきから会話ずーっと聞こえてたけど...あんたたちもしかして付き合ってんの?」
予想だにしない一言に飲んでいるお茶を噴き出しそうになってしまった。
「ゴホッ!ゴホッ...!」
「あぁ...リッキー大丈夫?もう、エリが変なこと言うから!」
咳き込んでいる僕の背中を悠は心配そうにさすってくれた。
「いやそれそれ。なんか距離感が友達っていうか恋人みたいだなーと」
「いやっ...あの、そういうわけでは...」
必死に弁明しようとするが言葉が上手く出てこない。
確かに外見は女子だろうと僕の内面は男子としての要素は大きいため悠の何気ないボディタッチにドキッとすることはあるけれど、悠から僕に対してそういう感情はないかと...。
「まぁうちリッキーのことめっちゃ好きだしねぇ」
「えぇ!?」
「ははっ!瀬川さん声でっか」
「ああぁ...ごめんなさない」
悠がさらっととんでもないことを言うから大きい声も出る。
え、何このイケメン。実は悠って僕よりも男っぽいのか?
「別に恋人とか友達とかじゃなくてリッキーはリッキーっていう特別な関係だからね。関係性に縛られないの!」
「おぉー、なんかそっちの方がエモいな。じゃあ私は?」
「エリは親友」
「へへへ...って、私は関係性に縛られるんかい」
「まぁね」
当事者は置いてけぼりのまま会話は続いていく。前から薄々感づいていたことではあるが悠から僕に向ける愛が本当に重い。
ほんとに悠って人たらしなんだよなぁ...はぁ、顔あっつい。
手で顔を扇ぎながら僕は市倉さんと悠の話を隣で聞いていた。さっきの悠の言葉が頭の中で反芻してなんだか嬉しいような恥ずかしいような気持ちを抱えたまま車窓の景色を眺めた。
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広島駅に着くと僕たちはそのままバスに乗って平和記念資料館で戦争の歴史を勉強した後、またバスで移動してお好み焼きを食べた。
お好み焼きはとても美味しかったのだが食べているときに悠が「広島焼き美味しい!」って言ったときは周りの空気がちょっと凍った。当の本人は何も気にしていなかったけど...。
そんな感じでなんやかんやあって僕たちは1日目泊まるホテルについた。
「えーっと...あ、ここだ!」
「悠、鍵あけるよ」
「どーぞ!」
鍵を開けて中に入ると悠は真っ先に部屋の中に入って行ってベッドにダイブした。
「ベッドひろーい!リッキーも来なよ」
「えぇ...僕はいい」
「なんでよー!」
悠はベッドの上でぴょんぴょんしているが僕はそれどころではない。
実は修学旅行の1日目のホテルは悠と僕の2人部屋なのだ。3人部屋と2人部屋から選べたのだが、悠が配慮してくれた結果こうなってしまった。
「うわー、めっちゃ広い!リッキー見て!向かいのホテル見える!」
「ちょっと落ち着いて...」
興奮する悠をなだめてはみるものの、僕も僕で心臓がバックバクだった。今夜は寝られるだろうか...。
「そういえば女子のお風呂何時だっけ?」
「たしか22時じゃない?」
「まじか!こんなことしてる暇ないね。うちは大浴場のほう行ってくるけど...」
「僕は部屋のシャワーで済ますよ」
僕は10分以上お湯につかっているとのぼせてしまうからあんまり長い時間お風呂に入れない。
「おっけ!じゃ、行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
別に僕が大浴場に入ることに問題はないといえども流石にそんなことは出来ない。罪悪感もそうだし、多分ちょっと空気感に耐えられないと思う。
部屋に備え付けのシャワーで済ませてしまって地元で放送していない局のテレビを見ていると30分くらいして悠が戻ってきた。
「ふぃー、いいお湯だったぁ」
「お、おかえり」
「んー」
お風呂上りの悠を見てドキッとして目をそらす。やましい気持ちがあるわけではないけれど...流石に無防備すぎる。
「ねぇ、リッキー。エリの部屋でトランプやるって言ってたんだけど、行きたい?」
「うーん...」
行きたい...といえば行きたいけど大人数の中に参加するにはちょっと今日のHPが残ってないかなぁ。
「僕はいいかな。悠だけ行ってもいいよ」
「えー、じゃあいいよ。リッキーが行かないならうちも行かない」
いやいやいや、そんな幼稚園生みたいな言い訳通用する?市倉さんと約束してたことならぶっちは悪いんじゃないかなぁ。
「え、いいの?市倉さんと約束してたんじゃ?」
「ううん。行けたら行くって言ったから」
まぁそれならいいのか?
行けたら行くっていう言葉は行けないの同義語だしな。
「じゃ、寝るまで一緒に話そ!」
「う、うん...」
果たして今日は寝られるのだろうか...。
横になりながら他愛もない話を小一時間しているとだんだんと眠くなってきた。今日は徹夜も覚悟していたのだが案外歩いたりして疲れていたのかもしれない。
「リッキーもう寝る?」
「ん...」
「じゃあ明かり消すね、おやすみ」
「おやすみ...」
意識の外で悠の声を聞きながら僕は眠りに落ちて行った。
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