96.悠の家に行こう
「もしもし。悠、聞こえる?」
「うん、聞こえてるよー」
40万人記念配信を終えてすぐに悠へ通話をつないだ。配信上でも話した通り、悠の10万人記念配信の件について話し合うためだ。
「記念配信だけど、なにかやりたいことある?」
「うーん...正直、何すればいいのかわかんないや。リッキーは10万人のとき何したの?」
「僕は今使ってる新衣装のお披露目とマロ読みだね」
「なるほど。新衣装いいね!」
記念配信と言ったらやっぱり新衣装お披露目がオーソドックスだろう。僕の場合、時間とアイデアがある限り無料でいくらでも作り出せるしな。
「ゆうの新衣装はそのうち作ろうとは思ってたけど、さすがに明日は厳しいかな」
「そうだよねぇ...あ、他のライバーさんって例えばどういうことしてるの?」
「んー...凸待ちとか、ゲームクリア耐久とか、あとは歌とか?」
記念配信っていうのは配信者にとってもリスナーにとっても特別なものだから普段の配信とは違う特別なことをするべきだと思う。
「まぁ凸待ちはまだ無理だし、歌は今から許可もらうのも間に合わなそうだしなぁ」
「じゃあやっぱりゲーム耐久か...」
「どれもダメだしなぁ」
「ん、あれ?」
となるとすることも限られてくる。100個マロ読み耐久とかしても、もうすでに普通の配信でしたことだからインパクトは薄いだろうしなぁ。特別な準備も必要なくても明日にでもすぐにできるものって何があるんだ?
「悠って、何か得意なことある?」
「得意なことねぇ。やっぱり書き物とか?でもそれだと配信でやりづらいか」
「まあね」
すごい静かな配信になりそう。
「他に何かある?」
「んー...あ、料理とかは?実はうち、家で料理担当だから割となんでも作れるよ!」
「そうなん?例えば?」
「中華、和食、洋食、言われればなんでも!ま、レシピ通りに作るだけだけどねー」
「すごいな...」
僕の作れる料理のレパートリーなんて全部合わせてもスクランブルエッグとカップラーメンとレトルトカレーの3種類なのに。
「そうでもないよ。あ、じゃあさ!料理配信するってどうかな?」
「料理配信?」
「そ!前にソラくんがやってたんだけど、手元だけ映して配信するの!」
確かに1週間くらい前にソラくんがカレーを作る配信をしていたっけな。
「いやぁ...でも、ちょっと怖くない?ちゃんとカメラセッティングしないと事故っちゃうかもしれないし」
「あー...そっか」
何かの拍子にカメラが転んで部屋の中や自分の顔が映ってもいけないしね。
「キッチンで配信するならそれなりの設定は必要だしね。僕が悠に口頭で言ってもちょっと難しいと思う」
「うーん...」
僕はいつやるかわからないけど一応、イラストの手元配信をするために設定は学んでいるけどそれを口で伝えても悠にはちょっと難しいだろうしなぁ。
「なら、さ。リッキーがうちくるってのはどう?」
「...え?」
「リッキーが手伝ってくれたらちゃんとできるでしょ?それにリッキーにご飯作ってあげたいし!」
えーっと...。
「うんうん!いい機会だし!」
「あの、悠さん?」
「大丈夫!明日はママ忙しいから家にいないよ!」
「その方がやばくない!?」
おい、聞いているか悠パパさんよ。この猪突猛進な性格は少なくともあなたには似ていないとすれば、やっぱりお母さんの遺伝子なのかい?
「忙しかったら全然断ってくれていいんだけど...ダメ?」
「んー...はぁ、いいよ。全然忙しくないし」
「やったー!今から部屋掃除しなきゃだからもう落ちるね!じゃ、また明日ー!」
それだけ爆速で言い残すと悠は通話から抜けていった。
どうしよう...成り行きで決まってしまったけど女子の部屋に行くことになってしまった。桜花の部屋には中学生のころに行ったきりだし、今から無性に緊張して震えてきた。
明日の朝に気の利いた手土産の1つでも買っていかなければ。
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「ふぅ...いい汗かいた」
9時に家を出る予定だというのに緊張のせいで5時には目が覚めてしまった。イラストでも描いて心を落ち着けようとしたのだが、まったくもって筆が進まずふにゃふにゃの線ばかり出来上がるので仕方なく早朝から一人でランニングをして頭を空っぽにしてきた。
別に女子に部屋に招かれたと言ってそれは悠からしたら単に友達を家に招いているだけだ。彼女には特段やましい気持ちがないのに、こっちが変に緊張していたら失礼だ...失礼なんだけど、僕の意識は9:1でほとんど陰寄りの男だからしたくなくても緊張しちゃうんだよなぁ。
「心頭滅却!!」
シャワーから水を浴びて頭を冷やした。大丈夫、きっとなんとかなるさ。大丈夫...もし僕が不埒なことをしそうになったら悠パパがこれを見てるって思い出そう。そうすれば踏みとどまれるはずだ、きっと。
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「ついてしまった...」
僕は今悠の家の玄関前に突っ立っている。シャワーを浴びて身支度を整えて...までは覚えているのだがここまで来た道中の記憶が緊張しすぎていて飛んでしまった。かれこれ2,3分こうして立ってインターホンに指をかけているのだがビビってしまって硬直している。すれ違っていく通行人に怪訝な視線を送られたが外から見たら完全に不審者なので何も言えない。
「押すんだ、押すんだ僕...」
インターホンにかかった僕の手をもう片方の手でがっちりとつかむ。流石にこれ以上待たせるわけにはいかないし、そろそろ僕の挙動不審さで通報されてもおかしくない。
勇気を振り絞ってインターホンを押すとピンポーンという音が聞こえたと思ったらノータイムでドアが開いた。
「ウェルカムマイハウ―ス!」
「っ...!」
心臓が飛び出るかと思った。玄関先に現れた悠は初めて遊んだ時以来の私服姿で、あの時よりもラフな格好だったのであふれ出る女子らしさが全開であった...なにを言っているのかは自分でもわからない。
「もしかしてずっと待ってた?」
「うん!こっちからは外見えるからさ、リッキーが玄関前でなんか悶えてるの見て笑ってた」
「え、恥ず...」
出来れば来ているのに気づいていたなら笑っていないで出てきてほしかった。
「ま、入って入って!あ、スリッパこれねー」
「ど、どうも。お邪魔します...」
ふわっと僕の鼻をどことなくいい匂いが掠めて行った。
「あ、これ。つまらないものですが...」
「え!全然いいのにー。うわぁケーキだ。あとで一緒に食べよ!」
「うん」
とりあえず手土産を渡すという第一ミッションはクリアした。そのさきは決めていないけれども。
「とりま準備するにも荷物邪魔になるだろうし、うちの部屋においとこ」
「え、あぁ...」
「うちの部屋2階ね。ついてきて」
もはや抜け殻状態の僕はいつもより2割増しで元気な悠に引っ張られてついていく。悠の部屋の扉には自作と思われる『ゆうの部屋』と書かれたかわいらしいプレートがかかっていた。
「ささ、どうぞどうぞ!」
「お邪魔しまーす...」
女子の部屋に入ったのは人生で2度目だ。よく知らない長距離の選手の実寸大ポスターが飾られている陸上馬鹿の桜花の部屋と違って、悠の部屋はいわゆる普通の女の子の部屋という感じなのだが、机まわりは難しそうな参考書が積まれていて頭の良さを感じる。
「あ、これって」
「お!これに目をつけるとはお目が高い」
そんな部屋の片隅にはアリス様のアクスタやぬいぐるみがおかれているいわゆる祭壇があった。僕もリリカ様のグッズはこうやって飾っているけど性格の分、悠の方が綺麗だ。
「でもアリス様のぬいぐるみなんて公式から出てたっけ?」
「ふふーん!聞いて驚くなかれ!そのぬいはうちが1から作り出したものでーす!」
「えぇ!まじで?はぁ~...悠ってなんでもできるよね、ほんと」
「へへへ、それほどでも~」
改めてぬいぐるみを見るが、本当に公式で出ていてもおかしくないくらいのクオリティの高さだ。今度頼んだらリリカ様のぬいも作ってくれないかな...。
というか料理作れて、裁縫出来て、おまけに小説もかけちゃうって向かうところ敵なしか?
「じゃあ荷物はそこに置いといていいよ!12時には配信始めたいし、早速準備しよっか」
「ん、そうしよ」
「言われてた機材は下に運んであるよ!」
この祭壇を見たおかげで今朝からずっと感じていた緊張は幾分か取れた気がする。やはり推しの力というものは偉大なのだ。
僕は祭壇に手を合わせてから部屋を出た。




