第8話 シルエラの町
町までは馬車であと1日程の距離らしい。馬車に揺られながらドルトンさんが教えてくれた。
そうだ、さっき助けた男性の名がドルトン、病気の奥さんの名前はマーサさんというらしい。
ちなみに馬車を引く馬の名前はドーンと言うらしい。
「私の名はドルトン、ただのドルトンですじゃ。家名はありません。」という自己紹介だったので。
僕は「疾風だ。」とだけ返した。やはりこの世界では家名(苗字)持ちというのは珍しいようだ。
ドルトンさんの話によると、2人は町から馬車で3日程のところにある開拓村で、雑貨屋を営んでいるとのこと。
元々シルエラの町に住んでいたが、仲間に店を譲り開拓村へ引っ越したとのこと。
ドルトンさんは籠や背負子などの小物から家具なんかも作れるそうだ。
マーサさんは針子として服や生活小物を作っているらしい。
僕が大きな背嚢を欲しがっていることを知ると今回の事のお礼に是非作らせてくれとドルトンさんが名乗り出てくれた。
僕が欲しい機能を取り入れてくれるオーダーメイドだ。
ただ思ったより奥さんのマーサさんの容体が芳しくないようで。馬車の荷台で寝かせているマーサさんはずっと臥せったままだ。
医者でもない僕が言うのもなんだけど、本当に早く病院に連れて行かないと大変なことになりそうだ。
そのマーサさんの様子を見て僕は夜を徹して進むことを提案した。もし魔物が襲ってきたら、僕が何とか対処するからとドルトンさんを説得して。
ドルトンさんの話によれば、車軸が壊れてあの場所でかなりの時間を過ごしたということで、馬のドーンの休養はばっちりだそうだ。おそらく朝まで無理して走らせても問題は無いだろうとのこと。
という事をダイジェストでお送りしてきたが、そこらへんはご理解いただきたい。実際はとてもお見せできないようなやり取りの中どうにかこんな流れで話がまとまったという事だ。
基本人と顔を合わせられない僕は景色を見るふりをしてそっぽを向いて座っている。
馬車に揺られながら僕からはルエダの実を、ドルトンさんからは干し肉と硬いパンを提供いただきこの日の食事とした。
その間のやり取りに関してもここではあえて伏せさせていただく。
馬車の先端にランタンを掲げ、街道を走る馬車。街道と草原との境は暗くてもわかりやすく、月明かりも相まってなんとか進んでいける状態だった。
僕は魔物の気配を見逃さないように神経を研ぎ澄ませながら横を向いている。
森の中で数度感じた魔物の気配は、草原に出てからというもの1度も感じていない。弱々しい気配は感じていたが、馬車が近付くと逃げていくような、殺気を感じないものばかりだった。
ドルトンさんによると、森の中でもない限り魔物はあまり出てこないという。街道を行く旅がどれほど安全なのかという事だ。街道を整備してくれた国だかなんかに感謝だなと僕が勝手に思っていると。
前方に松明の様な灯を持つ人影がひとつ見えた、次の瞬間。左右から火の礫が飛んでくる。
正確には火矢であった。ドルトンさんに止まって荷台に隠れるように指示を出し、馬車から飛び降りる。
左右から放たれた火矢は馬車の前の地面に刺さっている。
前方に立つ松明を持った人影が声を掛けてきた。「大人しくしてりゃ命ぐらいは助けてやる。積み荷を置いてとっとと失せな。」多分というか確実に盗賊と言われる輩だろう。
でも大体こういう場合有無を言わさず襲われ、選択の余地もなく若い娘以外は命を奪われ、積み荷も馬車も奪われるというのが常識だと思っていた。
そんな血も涙もないような盗賊と比べれば紳士的なのかもしれない。もしくはそこまでの武力がないか。
しかし考える余地もない。一刻も早く町に向かわなければいけない今、盗賊なんぞに付き合ってる暇はない。
まず前方にいる男は放っておいて大丈夫だろう。問題は左右の射手だ。
先程の射角と殺気の場所から大体の位置は把握している。両手で少し大き目な空気の塊を威力を押さえつつその左右の殺気に放つ。
それと同時に左の殺気へ向けて飛ぶ。3人で襲ってくる馬鹿な盗賊はいないだろうと思って飛び込んだが、左に潜んでいたのは射手のみだった。
空気の塊が当たり吹き飛んで泡を吹いている男を置いて、今度は右側の射手の元へと走る。
右側の射手の元へ着くとその付近から一人の男が飛び掛かってきた。刃渡り15㎝ほどのナイフを手に真っすぐ突っ込んでくる。
そのナイフを右に躱し、ナイフを持つ右手首を左手でつかみ、外側に捻りながら腰ひもを右手で持ち背負い投げをする。捻り上げた手首は離さずそのまま体だけ投げる。
捻り上げた手首が折れたのか、持っていたナイフを地面に落とし悲鳴を上げる男。
落ちたナイフを蹴り、松明を持っていた前方の男に向けて走る。
左右に潜む仲間が襲われたのを察した前方の男は松明を放り投げ逃げるところだった。
「遅い!」あっという間に距離を詰めると男の背に向け右手をピストルの型にまげて人差し指から小さな空気の塊を撃ちだす。【エアバレット】
「ガハッ!!!」肺の裏側めがけて放った空気の塊は男をくの字に曲げて転がしていった。
ドルトンさんにも手伝ってもらいながら、予備で持っていた蔦を使って、男達を縛っていく。左右の射手とナイフ男、そして最後に倒した松明男を縛り上げると、馬車の荷台後方に小さくまとめて積み上げる。
その場に置いてきても良かったんだが、ドルトンさん曰く討伐報酬も出るという事で町まで持っていくことにした。
先程は、驚くことに戦闘が始まると、あんなに暗かった宵闇が昼間のようにくっきりと見えて、戦闘に困ることが無かった。なにかしら脳内麻薬でも吹き出していたのかもしれない。
あと、男たちの装備をはぎ取っている時に分かったんだけど、生易しい盗賊の男達はやっぱりたいした装備はしておらず。
武器と言えるようなものはそれぞれがナイフを携帯していたことと、左右の射手が粗末な弓を装備していたぐらいだった。
腕に覚えのある人間なら軽く返り討ちにされてしまうぐらい貧弱な装備だった。
それを踏まえて暗い夜に紛れて襲ってきたのであろう。
4人が持っていた装備はまとめてドルトンさんが持っていた袋に入れた。ナイフは使えそうなので後で僕が貰えるように交渉しよう。
15分程無駄な時間を過ごしたが、それ以降の旅路は順調に進んだ。
辺りが明るくなってきたころ。前方に小さな町が見えてきた。
ドルトンさんからは町だ町だって聞かされて大きい町を想像していたけれど、どう贔屓目に見ても小さいだった。食い扶持を探すにはもう少し大きい町に行かなければいけないかもしれない。
町の周りには獣避けか、3m程の高さの木の柵が張られていたが。力のある魔物であれば簡単に壊されてしまうぐらいの簡易的な柵だった。この辺りにはフォレストウルフ級の魔物は出ないのかもしれないな。
町の入り口に着くと門番に立っていた男性が話しかけてきた。「ドルトン、今日は買い出しかい?」30代前半ぐらいの偉丈夫で、身長はおそらく190cm程はありそうだった。長剣を腰に携え、全身皮鎧を着こんでいた。
「妻が病にかかって臥せってしまってのぉ。治療所で薬師さんに診てもらおうと連れてきたんじゃ。」ドルトンさんが門番に答える。
「それは大変なことになったな。すぐに診て貰うと良い。」門番はすぐに門を開けてくれる。
「それとさっき盗賊に襲われてな、後ろに積んでおるんじゃ。そいつらを引き取ってもらえんかのぉ?」ドルトンさんが後ろを指しながら言った。
「なんと!ドルトンが捕まえたのか?」門番は驚いて聞いてきた。
「いやいやこの隣に座ってる旅のお方に助けてもらったんじゃ。そして壊れた馬車までなおして頂いた。儂らの命の恩人なんじゃ。」ドルトンさんが僕を門番に紹介してくれた。
「そういう事か。まだ子供に見えるが随分と頼もしいんだな。身なりからして貴族の子か?」門番は僕を見ながら聞いてくる。
どうやらこれには僕が答えないといけないようだった、僕の素性に関してはドルトンさんに詳しく話していないから、ドルトンさんには答えようもないだろうし。
しょうがない、意を決して口を開く。
「俺の事は詮索するな。怪しいものではない。」首に巻いたストールを口元まで上げて顔を隠す。正確には目を合わせられないから顔をそらしたかったんだが、目をそらすと明らかに怪しいからやめた。それでも十分怪しいと思うけどね・・・。
訝しんだ様子で僕を見ていた門番だったが、ドルトンさんが連れているんだから大丈夫だろうと思ったのか無事に門を通してくれた。
荷台から盗賊4人組を下ろし、門番に引き渡すと。馬車は町の奥に向かって進んでいく。
「治療所は町の中心にありますのじゃ。疲れておるとは思いますが、宿の前にまずそちらへ向かっても構いませんかのうぉ?」遠慮がちにドルトンさんが聞いてくる。
「勿論だ、一刻も早く医者にみせてやれ。」僕はぶっきらぼうにそう答えた。それぐらいマーサさんの顔色は悪い。
治療所に着くと僕はマーサさんを抱えてドルトンさんについて中に入る。
マーサさんを寝台に寝かすとドルトンさんが奥から薬師さんを連れてやってきた。
マーサさんを診察した薬師さんは深刻な顔をしてドルトンさんを裏へ呼んだ。僕はその後を追った。
「どうやら瘴気にあてられたようだな。だいぶ病状が進んでいる。ドルトン悪いがここまで進むと今うちにある薬じゃとても対処できない。」薬師は申し訳なさそうな顔でドルトンさんに説明をし始めた。
「最近物流が悪くてな、領都から送られる薬品や薬草の類が不足してるんだ。うちでもギルドに掛け合って薬草採取を頼んでいるんだが、そう簡単に採取できるような薬草じゃないから思うように集まらなくてな。」
「どうにかならんのか?症状を抑えてくれるだけでもいい。マーサを助けてやってくれないか・・・。」ドルトンさんが薬師さんにすがる。
「そうしてやりたいのはやまやまだが、他にもこの薬を必要としている患者が何人もいるんだ。マーサはその中でも重い方だからどうにか優先してやりたいところなんだが。薬草が無い今の状態ではなにもできんのだ。」
「その必要だという薬草とはどんなものだ?絵や文献、薬草の名前だけでもわからないか?」僕が薬師に聞いた。
「薬草の名前はコンラット草と言う。綺麗な水の傍に生えていることが多く、瘴気の濃い森などに自生していると言われている。現物は無いが図鑑に絵が載っているはずだ。」薬師は本棚から1冊の本を取り出し見せてくれた。
開かれたページを見てみるも文字はなんて書いてあるのかわからない・・・。サラから文字に関しては1から勉強してくれと言われていたっけ。
そのページに書かれていたコンラット草と思われる絵をじっと見る。どこかで見たことがある葉の形・・・。
あ、そうだ!旅立つときにサラが持たせてくれた薬草!パンダちゃんバッグを開き中から葉の束を取り出す。「鑑定」【コンラット草の葉】これだ。
「それはこれの事か?」僕が薬師に葉の束を見せる。
「こ、これだ!!!」薬師は目を真ん丸にして葉の束を見て言った。
「これを売ってくれ!この薬草が必要な患者が何人もいるんだ。市価の倍の値段でいい!。」薬師から懇願される。
「相場もわからんし、これでマーサが助かるというのなら言い値で売ってやる。」僕は薬師に葉の束を差し出した。
「ありがとう!すぐに薬を調合する!!ドルトン、マーサの傍について声を掛けていてやれ。俺が何とかしてやる。」薬師はそう言い残すと奥に消えていった。
「ありがとうございます。何から何までお世話になりっぱなしで、これでマーサも救われます。」ドルトンさんは僕の前で膝をつき、地面に頭をこすりつけるほど頭を下げる。
「そんなことはどうでもいい。マーサの傍にいてやれ。」僕は背を向けると治療所の待合室に出た。
診察室の中から必死に呼びかけるドルトンさんの声が聞こえてくる。薬が間に合うといいな。僕も心の中でマーサさんの無事を祈った。
1時間ほど経った頃、奥から薬師さんが手に飲み薬の様なものを持って出てきた。
診察室に入っていくと、マーサさんにその薬を飲ませる。
「もう大丈夫だ。顔色が良くなってきた。あとは暫く休ませてやれ。」薬師はそういうと診察室を出てきた。
「ありがとう!ありがとう!」診察室の中からドルトンさんの声が聞こえてくる。
「これを受け取ってほしい。市価の倍の値段分の金貨が入ってる。これで他の患者も救われるだろう。十分な量の薬草をありがとう。」薬師は僕に頭を下げてきた。
「ありがたく受け取っておく。頭は上げてくれ。性に合わん。」そう言い残すと僕は治療所の外に出た。
治療所の外に出ると僕は馬車の荷台にあがって座り込んだ。
かっこよく立ち去っても良かったんだが、この世界に来て初めて来た町、そこの宿屋に行って部屋をとる。そんな事が僕にできるとはとても思えない。
ドルトンさんが出てくるのを待って宿屋さんに口をきいてもらおう。
それと狼の皮を売りたいから買い取ってくれるところも紹介してもらわないとな。
あと背嚢も作ってくれるって言ってたからそれも受け取らなきゃだしな。
なぁに、日はまだのぼりきってもいない。時間ならたっぷりある。気長に待ちましょうか。
ゴロンと荷台に寝転ぶと目を閉じた。
夜通し進んだ疲れもあってか、すぐに微睡みの世界に誘われたのだった。