第三章
九月一日 征志郎から柊耶へ
夏の間、一緒に避暑に行ったのは正解でしたね。千景は入れ替わるように実家へ帰ってしまったので、二人で気兼ねなく過ごせました。君といると心安らぐのだと、改めて実感しました。
お互いの研究について議論を交わしたり、子供のころの思い出を語ったり、君との時間ですっかり元気が出ました。
またそんなふうに、私と過ごしてくれれば嬉しいです。
九月六日 柊耶から征志郎へ
両親から命じられました。
学校でも、あなたとは必要以上に親しくするなと。
どうぞ、あなたもそのようになさってください。
九月十三日 征志郎から柊耶へ
どういうことなのでしょう。わけがわからない。美倉家のご両親のお考えもですが、実は私も千景から同じことを言われました。
だが、誰が何と言おうと私にも君にも従う理由はないはずです。明後日、食事に行きましょう。
十月二日 征志郎から柊耶へ
学校で会ってもろくに挨拶すらしてくれない。約束も反故にする。
なぜですか? 私に会いたくないというのは、君の本心ですか?
十月二十日 柊耶から征志郎へ
お手紙のやりとりも、もう止しましょう。どうぞ、姉さんを大事にしてあげてください。
十月二十七日 征志郎から柊耶へ
君が私の生活の中から消えてしまうなんて、耐えられません。お願いします。どうか返事だけでもください。手紙だけでも、君との関わりを保ちたい。
十月三十一日 柊耶から征志郎へ
もう、僕の本心を打ち明けなければ納得していただけないだろうとわかりました。とても恥ずかしいことではありますが、すべて書くことにいたします。
どうか、読み終えたら焼き捨ててくださいますように。
僕は幼いころから、あなたのことがとても好きでした。いえ、最初は憧憬や思慕といった感情だったのでしょう。成長するにつれ、あなたの存在とあなたへの想いが形を変えてしまいました。
軽蔑してくださって構いません。僕は、女のような気持ちであなたに好意を抱いてしまったのです。許されない、間違った想いです。欧米の文明に目覚める前のこの国では当たり前にあったとも言われますが、男が男を思慕するなんて、やはりいけないことです。でも、何度自分にそう言い聞かせてみても、僕はこの想いを捨てることも忘れることもできなかった。
どうぞ、軽蔑してください。あなたの誠実さを、僕は身勝手な浅ましい欲望を通して受け止めていたのです。
姉さんがあなたと結婚すると考えるだけで、僕はいつも胸が張り裂けそうだった。そしてあなたの言葉の端々から不幸な結婚生活を感じ取るたび、僕はいつも本心を吐き出してしまわないよう必死で耐えていたのです。
女であればよかった。
女であれば、少なくとも自分の気持ちを罪と思い悩むことはなかった。
これが、ずっと隠してきた僕の心です。
どうぞ、手紙を読み終えたらすべて忘れてください。そして、僕を哀れと思ってくださるならば疑いの余地もないほどきっぱりと僕を拒んでください。
あなたの存在を感じるのは、僕にとって何よりの歓びであると同時に無上の苦しみなのです。
十一月一日 征志郎から柊耶へ
この返事は、どうしても直接手渡しせずにはいられませんでした。最近、千景が私宛の手紙に注意しているようなのです。昨日届いた君からの手紙は、運良く私が先に受け取ることができました。
君の気持ちはよくわかりました。ですが、忘れてほしいというのは聞き入れることができません。なぜなら、柊耶君、私もまったく君と同質の想いをずっと前から君に対して抱き続けていたからです。
そんな気持ちのまま夫婦にならなければならなかったことは、千景に対してすまないと思っていました。夫婦としての勤めは全うしようと、私なりに今までやってきたつもりでした。でも、そういった私の努力は逆に千景との間の溝を深めてしまう結果になってしまったようです。
柊耶君。
私は、君のことを誰より愛しく想っています。千景には申し訳ないことですが、それが真実です。
君の気持ちを知ることができて、とても嬉しかった。この先何があっても、君のその想いが私を支えてくれることでしょう。