いくらなんでも、五月病になるのが早すぎるだろう
「どうしよう、できる気がしない」
授業終わりの鐘がなったので、馴鹿たちは教室に帰ることにした。
「まだ火炎魔法を始めて1日ぐらいじゃないですか。そんなに気にすることないですよ」
ご飯でも食べて元気出してください、と猿賀は言った。
「というわけで、馴鹿くん。私たちは今からご飯を食べに行くので、教科書をお願いします」
「了解」
二人から教科書を受け取り、馴鹿は教室に向けて再び歩き出した。
「お疲れ、馴鹿」
教室に戻ると、隣の席の蜥蜴が声をかけてきた。
「お疲れ。なぁ、羊羹の席ってどこだっけ?」
二人から預かった教科書を机に置いてあげなくてはならない。
猿賀の席は分かる。
馴鹿の左後ろの席だから。
しかし、羊羹の席は分からなかったため、蜥蜴に聞いた。
「羊羹?どこだったっけなぁ。なあ、栗鼠。羊羹の席知ってる?」
蜥蜴は馴鹿の後ろの席の栗鼠に聞いた。
「あの右から二列目の後ろから二番目の席よ」
あそこか。
指をさして教えてくれた栗鼠にありがとうとお礼を言って馴鹿はその席に向かう。
「ここか」
え?
…ここか?
馴鹿は一瞬驚いた。
なぜなら、机いっぱいに落書きがしてあったから。
風景画、っていうのだろうか。
しかもかなり上手だ。
いや、かなり上手なんて言葉じゃ失礼に当たるかもしれない。
絵に関しては全然分からない馴鹿であるが、これはもう、ちょっと絵が書けますっていうレベルとは次元が違う。
というか、あの子授業中に何やってるの?
「どうした?さっきから動かなくなっちゃって」
その声によって馴鹿は現実に引き戻される。
「ああ、すごい絵だなと思って」
馴鹿はそう答えたが、蜥蜴には届いていないようだ。
なぜなら蜥蜴も馴鹿と同じようにフリーズしているから。
さっきの俺はこんな感じだったのか。
「すごい絵だろ?」
俺の絵ではないけれど、馴鹿は言った。
「あ、馴鹿くん。教科書ありがとうね」
「もう帰ってきたのか。早いな」
絵を見ていると、羊羹と猿賀が教室に帰ってきたようだ。
「もう直ぐ昼休み、終わりですよ?」
そんなに長い間見ていたのか。
「羊羹って、絵が上手なんだな」
蜥蜴は感心したようにいった。
「ああ、この絵?すごい上手だよねぇ」
「え?羊羹が書いたんじゃないのか?」
だって羊羹の机だろ?
「いや、違うよ?」
「じゃあ、この絵どうしたんですか?」
すごいお上手ですけど、と猿賀も首を傾げる。
「後ろの席の人が書いた」
何がなんだかよく分からなくなってきたぞ?
「この机はもともと後ろの席の人のなんだよ。ところで、私の机って立て付けが悪くてさ。新しい机と変えて欲しいって先週の終わりに先生に頼んだの。そうしたら、とりあえず後ろの人の机と交換しておきなさいって」
馴鹿たちが頭にクエッションマークを浮かべていると、羊羹は一から説明してくれる。
なるほど、それで後ろの人と交換したのか。
「後ろの人、よく文句言わなかったな」
色々突っ込みたいところがあるが、とりあえずそれだけ言わせて欲しい。
「学校に来ないしね」
「学校に来ない?」
「うん。入学式の日から今日までで、まだ一回しか会ったことがない。ちなみに来たのは入学式の日ね」
「どうしたんだろうな」
いくらなんでも、五月病になるのが早すぎるだろう。
普通にまだ四月だし。
なんなら入学して一週間だぞ?
「そんな奴がいるのか。気にしてもいなかった。ちなみに名前は?」
蜥蜴が羊羹に聞いた。
「ええっと、私が先生に後ろの人と机を交換しなよ、って言われて、名前も知らない後ろの人に迷惑じゃないですか、って言い返したときに一回だけ聞いたきりだから、ちょっとうろ覚えなんだけど…」
確か、と一泊置いて再び羊羹が口を開いた。
「黒龍雷くんだったかな」
「はぁ。今日も学校が終わった」
午後の座学の授業も無事終わり、今日はもう帰るだけだ。
「お疲れ」
伸びをしている蜥蜴に向かって馴鹿は声をかける。
「馴鹿は今日、帰ったら何すんの?」
「とりあえず、商店街で買い物して、あとは、いろいろだな」
「商店街かぁ。縁がないなぁ」
だろうな。
君は寮住組だもんな。
寮がどんなものか、行ったことがないので知らないが、少なくとも食うには困らないところなんだろう。
俺は一人暮らしの家持組だから、自分のことは自分でしないといけないのだ。
「なぁ、今週末、連れて行ってくれよ」
一回行ってみたい、と蜥蜴はいった。
「私も行ってみたいです!」
後ろの席に座る猿賀が身を乗り出す様にして言った。
「ええ…」
週末はちょっと用事があるんだが、まあいいか。
「いいよ」
馴鹿はそう返事をした。
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