せめて、剥がしてやれよ
「笑ってしまう話なんだがよ」
”言葉”が違うんだが。
笑うしかないのかな?
『差別を無くそう』
家の前に、そーいうポスターが貼られているんだが
「こいつ、頭がオカシイんだよ。外国の方だからしょうがねぇのかな」
◇ ◇
戦いにおいて、有能な敵よりも無能な味方の方がヤバイ。
後者側の人間であるが、本人と陣営側にその気はないんだろう。おそらく、味方側もこれを味方とは思ってないし、本人も都合が良い時だけ味方だと言い張るタイプ。
故に、事実はあってもそんな言葉が通じない。タチが悪い。
「世界情勢が悪いと、モロに言動に出るから」
「あ、はい」
文句を言えば、なんでも解決するタイプ。それはまぁいいんだけど。文句の付けどころが
「真面目に言うと、宇宙の方向見てるタイプだから」
「……は?」
配達員の木下はもう何百回も相手してるから、そーいうのが分かる。毎回、新人をこのお宅に連れてくるとだいたい、新人が意味が分からない顔をする。
木下本人もこいつの荷物を届けたくはねぇって顔で、家の前に立つ。やっぱり、配るの辞めようかな。
インターホンを押す前に確認してしまう。
「……やっぱりこの荷物、明日の配達予定入れようか」
「ええーー!?」
「だって、こいつ。やべぇーんだもん。お前だって、この家見たらヤバさ分かるだろ。綺麗事抜かしておいて、頭狂ってるんだから」
「…………」
車に戻って再度出直しをする。今、気分じゃないので。という感覚で、新人と一緒に公園の方に車を走らせる。新人は当然、何をしてるんですか?って表情で
「あの、なんで公園に?」
「タバコだタバコ。一服して、周りの地域の荷物を配ってからにする。お前も吸うか?」
「いや、私は吸いません。っていうか、タバコ吸ってるとこ会社にチクられたら……」
「細けぇー事はいいんだよ!現場に出ないクソ上司と、バカ言ってる客で話しをしてろってんだ。俺には関係ねぇー」
公園について、木下はタバコ。新人はタバコ臭の防止のため、車内で待機という律儀さ。まー、その律儀さを持ってると、やべぇ相手だという事だ。タバコを吸いたかったのもあるが、
「ほーんとヤベェ客だから。実や矢木、山口が逃げて、俺に回すくらいだからな。つまり、誰が行っても態度は同じ。覚悟しろよ」
「あ、はい」
正直、やってらんねぇ。が回答である。
でも、仕事だからやってやるか。まず、始めに
「あー。気を落とすようで悪いが、そいつの荷物さ」
「はい」
「”ヤベェ物”だろ。俺も長いことやってるけど、それを毎週当たり前のように届けたのは、こいつぐらいだ」
「……あ、……そっす……」
基本的に、普通に暮らしてる人間はこんなモノをやり取りしない。特別言うと、……。
誰でも想像が付いちゃうよね(笑)って、言える。
「……やっぱり先に潰すか。悪いが、運転してくれ。気分悪くなるし」
「え、はい」
吸ったタバコを携帯灰皿で処理し、ブレスケアとタバコ臭をだいたい取り除くスプレーをかけ、木下はとりあえず厄介なところから潰しにいく。
再び家の前に付き、
「あ、今度は隠れとけ。声だけでも聞こえるから」
「はい?」
「やっぱりさっき来た時、こいつ在宅してやがったからだ」
珍しく……。いつもいるんだが、先ほど止めた理由が分かった気がした。確実に家にいる気配がしたからだ。長年宅配業者を務めた者には分かる、気配を察する基本能力。薄い勝ち筋として、マジでいない事を望んだのだが。在宅してやがる。これほど嬉しくない在宅はないな。
『差別を無くそう』って書かれているポスターが目に入って、やっぱり腹が立ってくる。
木下はインターホンを押す。
ピンポーン
「荷物でーーーす!」
インターホンを押し、呼び掛けをする。真っ当なやり取りだ。
ピンポーン
「すいませーーん!荷物でーーーす!」
しかし、出てこない。気配を察するとはなんだったのか(笑)。
新人さんはそーいう事を少しは思いつつ、車の窓から顔を出し
「い、いないんじゃないんですか?」
「いや、いる!……玄関前にいる。って言っても、リビングみてぇなところかな。椅子に座ってる」
「はい?」
「動かないでいるみたいだが、息遣いがする。電気のメーターもわずかに動いてる。テレビや調理、洗濯といった音もねぇのに、生活をしている音……クーラーか扇風機かな。さすがに暑さの我慢はできねぇようだ」
やべぇこの先輩。めっちゃ気持ち悪い!!
新人がそう思うのも無理はない。こっちだって知りたくもない。
それはそれとして、……じゃあ、なんでこいつは出てこないんだ?
「まー、あれだ」
パターンは2つ。1つはインターホンを押した人物を信じていないこと。もう1つ、ただ文句をつけたい。そして、両方というパターンの可能性が高いのが、困っているとこだ。
前者のパターンの場合、どーやって判断するか。
「不在票入れますよー」
書き込んで、不在票をドアポストに入れる。これを確認する事でちゃんと把握できるのだ!!
いや、普通に出てこいよって言いたくなるし。こっちは通販を二度とするんじゃねぇって、言いたいくらいだ。不在票を入れてから、わずか4秒だ。普段のお宅なら後ろ向いて、次の配達に向かうのだが。こいつの場合、いるのが分かっているから。荷物を渡す準備に入っている。
こーいう特殊な家は止めて欲しいもんだ。
ギィ ドタドタドタ
『差別を無くそう』と、家にポスターが張ってある人物とのご対面。
ドアポストに不在票が入ると走り出す。木下の予想通り、椅子を後ろに引いた音も聞こえる。
勇み足でドアを開ける。
「アンタかあぁーーー!!ゴミーーー!!」
「荷物」
「ワタシ、いるのになんで不在票イレるの!!人間失格!!日本人!!インターホンも押せナイ、バカ猿ぅぅ!!死ねぇぇっ!!」
「押してるから、荷物にハンコ」
「ああーーー!あんた言葉理解できマス!?」
初見でここ行かされると大変なのが、よく分かるやり取り。新人もポカンとした顔で、車の中で見ていた。最近はどうやら、国の方で上手くいってないせいで、こんなつまらないトラブルを起こしまくっている。真っ当な事をしてないのは分かるんだが、お前と同じことをしている人に謝れ。
……っていうか、この手の人は自分のミスを謝るのが一生の恥だと思ってるらしい。
「ミス!!ミスするな!!謝れ!!日本人は金払え!!土下座ミセロ!!!」
「なんでやねん。ハンコかサインして」
「サインするトコドコ!!?」
「ここ」
「ココ!?すぐイエ!!」
サラサラっと書くんだが、乱雑な上に
「書く場所違う。ここだって」
「!!!!!オシエカタが悪い!!!誠意ミセロ!バカ日本人!!死ねぇぇっ!!」
よくサインするところを間違えて、トラブル……。
これがヒートアップすると
「〇✖△◇□■◇」
母国を喋り出す始末。荷物を渡すだけでこのトラブルよ。そりゃあ、自分の家にしかマークのない回覧板がありますよね。って笑ってしまう。
『差別を無くそう』というポスターも、唖然としているだろう。写ってる子供達は悲しいね。
荷物を渡すのに6分は掛かる家なんて、早々ない。
もらっても嬉しくないからな。これ。
「あー、ムカつくわー」
「大変っすね」
「マジで!なー!」
良い意味で態度が悪くて、いい加減で、クレームも多いこの木下配達員がそこそこ現場で重宝されているのは、こーいう輩を仕事として引き受けてくれるからだ。そんなに多くはないけれど
「これからもこの家の荷物は木下さんが行ってください」
「ふざけんな。嫌だよ」
こーいう人や仕事こそ、差別しないよな。
「あ、俺。次の仕事決まってるんで。2か月後には辞めます」
「え?それ言うなよ」
私はまだ対応した事ないんですけど。対応したくもないですが(↓)。
麻薬中毒者に荷物を届けるのはもっとヤバイらしいです。
幻覚を見てるらしく、言葉が通じないのはもちろん。家の中がやべぇ臭いで、時折、室内で暴れているらしいです。インターホンにビックリしたとかなんとかで暴れてたとか。荷物の中身が”例の物”じゃないとかで、怒鳴られ、暴力を振るわれそうになるとか。ナニソレ怖すぎ。
口だけで済む分、上の奴がマシだったりしますね。慣れかな?
麻薬中毒者が配達地域に出てきたらどうしましょうか。
実際に逮捕されたらしく良かったのですが、そんな住人と1年以上もやりとりしてたあらゆる仕事の方々は戦々恐々でしょうね。まぁ、留置場(かな?)の方々が不憫ですけど。
ホントに薬物はダメですよ。このポスターくらいは共感しますね。