8 攻防の始まり
強盗事件の成り行きは、意外な形と成った。
意気込んで、狙いを付けた千方とは無関係であったが、盗まれた物は全て戻って来た。
だが、下手人の正体が分かってみると満仲は、何か複雑な気持ちにもなった。
しかし、収まらないのは満季である。
「兄者。あ奴の尻尾を捕まえることは出来るのか? 」
「必ず掴む」
「麿に任せては貰えぬか」
「どうするつもりだ」
「奴がやったように、闇から闇へと葬る」
満仲が満季の顔をじっと見た。そして、頷く。
「郎等は使うな。証拠は残すな」
「分かっている」
満季は、満仲と母を同じくする弟であり、三男である。
満仲とは幼い頃から仲が良く、長じても親しくしている。
強引なことをやって来ている満仲にも、実は、情緒的な面が有り、悩むことも有る。それに比べて満季は、現実的であり、より行動的である。
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武蔵権守を退任して京に戻り、満仲が就いた官職は左馬助。
左馬助の相当位階は、正六位下である。
権官とは言え、大国・武蔵守の相当位階は従五位上。
実はこの時点での満仲の位階は、正六位上であり、五位にも成っていなかった。
位階相当でない官職に就くことはまま有る。
しかし、六位と五位の間には高い壁が存在するのだ。
臨時的な権官とは言え、貴族にも成っていなかった満仲が、武蔵権守の職に在ったのは、異例と言って良いだろう。
この時の武蔵守は、満仲の母方の祖父・藤原敏有であった。
その敏有が、任期残り一年を切った時点で病に伏し、職務が行えなくなってしまった。
短期・臨時的ながら、権守として誰を派遣するべきかと言うことになる。
そこで手を挙げたのが満仲だった。
目代として赴任させるのならまだしも、権守では官位不足だ。
しかし、満仲は権守としての赴任を執拗に強請んだ。
短期・臨時的な措置でもあるし、身内と言うことでもあるので、まあ良いかと言うことになった。
実際、その後の処遇の約束でもしなければ、こんな短期・臨時的な条件で引き受ける者も他に居なかつたのだ。
日頃から、公卿達に奉仕し、貢物を贈り続けていたことが効を奏したと見える。
実際に満仲が狙っていた官職は左馬助である。
その為の工作を続けて来ていた。
正六位上である満仲が、格下の正六位下相当の左馬助をなぜ熱望したか。
最も大きな理由は、帯剣出来るからだ。
馬寮の官人は武官とされて帯剣を許されていた。
兵に相応しい官職と思った。
建前はそうだが、実は、他人に恨まれる覚えが数々有る。
朝廷での公務とは言え、丸腰で過ごすような職務には、余り就きたくないのだ。
職務に就いてからも、利点は有った。
上司に当たる左馬頭の官位は従五位上である。本来の武蔵守と同等なのだ。
前武蔵権守。こんな経歴の部下を、嘗て一度も持ったことが無い。
権官ではあるし、位階は五位の壁を挟んで二段階も下なのだから、本来、気にするべきほどのことでは無い。
だが、気になるのは、満仲の人脈だ。
多くの公卿達と繋がっていると言う噂が有る。
異例の武蔵権守への就任も、この人脈を駆使した結果と言われている。しかし、誰とどの程度繋がっているのかは分からない。
官僚は人脈を大事にする。そして、最も恐れるのも、この人脈なのだ。
そう言う意味で、左馬頭に取って、満仲はかなり使い難い部下と言うことになる。
実際、勤め始めると満仲は、病と称して度々休む。
厳つい体型、健康そうな外見からして、病に罹るようなタマでは有るまいと思うのだが、余り煩く言うことは出来ない。気後れするのだ。
言いたいことを我慢していると、人の心には、不満と憎しみが蓄積して行く。
だが、満仲はその辺も心得ていて、公卿達への貢物と比べればほんの些細な物だが、物を贈って、鬱積したものを解消してしまう。
時の左馬頭もそれを突き返す程の硬骨漢ではなかった。
満仲が度々病と称して休むのは、退庁後の暇だけでは捌き切れないほどの私事を抱えていたからである。
表には出せない請負仕事であり、大切な収入源となるものである。
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出世の為には官職に就くことが必須となる。だが、それだけに専念している訳には行かないのが満仲なのだ。
「麿の夢はな、我等・清和源氏の名を世に轟かすことじゃ。
決して、己が出世のみを考えている訳では無い。
汝達兄弟も、そして、我等の子や孫も胸を張って生きられるようにしたいと思うておる」
「済まぬ。兄者にばかり苦労を掛ける」
満季は、神妙な面持ちで、満仲の話を聞いていた。
「まずは、麿が貴族に成ること。それが出来れば、汝達も必ず引き上げてやる。
だが、そう簡単に貴族には成れぬ。指を加えていれば、我等の身分は、代々下がる一方じゃからな」
「全くその通りだ。
父は元王、爺様は親王と言うのに、今の我等は何なのだ。公卿共に顎で使われてよ」
満季は、日頃の不満を口にした。
「三郎。そんな繰り言を一生言い続けて朽ち果てて行く者が、どれくらい居ると思う?
目を瞑って石を投げても当たるくらいおるわ。皆、伸し上がろうとする覇気も無ければ才も無い連中だ」
「そう言われてもな。どうにもならぬことも多いではないか」
「皆がどうにもならぬと思っていることをどうにかせねば、前には進めん」
「どうすると言うのだ」
「力有る者の力を借りる。
だが、それをするには莫大な財が必要となる。並の者は『無理だ』と思い、そこで考えが止まってしまう。後は、愚痴と繰り言の人生よ」
「確かに」
「なぜか? 腹を括ることが出来ぬからだ。麿は公卿をも操って見せる」
「高明様か? 」
「まあな」
「何だ。気の無い返事だな」
「世の中、一寸先は闇。何が起こるか分からん。それも考えて置く必要が有ると言うことだ。
どう転んでも良いように、あらゆる方向に道を付けて置かねばならん。
だがな、繋がりは付けても縛られてはならん」
「言うは易いが、なかなか難しい」
「財じゃ。財が有れば出来る。まずは、財を稼ぐ」
「うん」
「綺麗事では行かん。他人のやらぬことをやる。誰もやりたがらぬことをやる。それで財は得られる」
「ふん。ふん」
「それからが肝心。どう生かして使うかだ。
財を得るのに巧みな者は居る。
たが、使い方を知らぬ。使わねば、意味が無い。
惜しげも無く使うことだ。使い方を間違えなければ、必ず、二倍三倍になって戻って来る。
その繰り返しじゃ」
「兄者の言うことは分かるが、中々難しいのう。いざ、やるとなると」
「まあ、任せておけ。人の真価は、能書きを言うだけか、実際行えるか。その差じゃ。
麿はやる。例え他人がどう評そうともな。
能書を言うしか能の無い連中には言わせて置けば良い」
少しの間、考えている素振りを見せていた満季が、決心したように満仲を見た。
「決めたぞ、兄者。一生、兄者に着いて行く。
兄者のように色々考えることは出来ぬが、腕だけは兄者にも引けを取らん。
兄者が我等一族の為にすることであれば、麿ばかりではなく、次郎兄も弟達も、きっと同じように思うはず。
我等を手足として使ってくれ」
満仲が両の手で満季の手を取った。そして、満季の顔を見詰める。
「三郎。良くぞ言うてくれた。
他の弟達も頼らねばならぬが、中でも麿は汝を最も頼りにしておる。宜しく頼むぞ」
満仲の目が、いくぶん潤んでいるようにも見える。
満仲と言う男、実の弟でさえ演技で足らし込もうとする。
「宮仕えとは窮屈なものでな。適当に暇を取ってはいるが、それにも限度が有る。
時が足らぬ。これからは、代わりに汝にやって貰わねばならぬことは増えるぞ」
「任せてくれ。荒事なら寧ろ胸が躍る思いじゃ」
「頼もしい。汝の先のことも考えておるぞ。何とか検非違使に押し込もうと思っておる。
数年待て」
満季の顔が上気する。
「本当か? 実は、もし官職に就くなら、是非とも検非違使をやってみたいと思うておったのよ」
「そうか。麿は出来ぬ空約束はせぬ。楽しみに待っておれ」
弟のことを思ってと言うのが嘘と言う訳では無い。だが同時に、
『身内を検非違使にして置けば何かと便利だろう』
と言う計算が有ったこともまた事実だった。
満季の動きは速かった。
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数日後のことだ。千清の案内で京見物をした千方らは、千晴の舘への帰り道、右京の小路を歩いていた。
ひとつ先の角に犬丸が立っているのに、まず、夜叉丸が気付いた。
「六郎様」
と声を掛ける。
千清と話しながら歩いていた千方が、夜叉丸を見る。
夜叉丸は、黙って犬丸の居る方へ顔を向ける。
釣られて、そちらを見た千方も犬丸に気付いた。
「千清殿。寄って行きたい所が有る。済まぬが、先に帰っていては貰えぬか。
今日はお世話になった。義姉上に宜しく伝えて頂きたい」
「左様ですか。では、お気を付けて」
二人の郎等を従えて、千清は先に帰って行った。
それを見届けて、犬丸が走り寄って来る。
「この先の社の境内で十人ほどが待ち伏せています」
「手配りは? 」
「はい。出来ています」
「夜叉丸。秋天丸。祖真紀の指揮下に入れ。
麿ひとりの方が、敵も油断するであろう」
秀郷に従って、昔何度も京に来ているので、朝鳥は見物に同行していない。
夜叉丸、秋天丸は、犬丸と共に姿を消した。
物見から六人連れと聞いていたのに、ひとりで現れた千方を見て、男達は一瞬戸惑った。
だが、年格好、人相、装束を見ても間違いは無い。
聞いた話より多いのなら兎も角、少ないのだから問題は無い。寧ろ楽に済む。
まず一人が進み出て、道を塞ぐように立ち塞がる。
「藤原千方か? 」
見るからに柄の悪い、ならず者風の男である。
「確かにそうだが、汝のような柄の悪い輩に知り合いはおらぬな」
「吾も汝など知らぬ。だが、藤原千方と言う男が気に入らんと言うお方がおってのう。
頼まれた。恨みは無いが死んで貰う」
他の者達がばらばらと出て来て、千方を囲む。
「ふ~ん。何を貰って引き受けた」
「死ぬ前と言うのに、下らんことを心配しおって」
「なに、汝達の命の値はどれ程のものなのかと思ってな」
「何だと。頭、可笑しいのか。死ぬのは汝の方だ」
「そうかな。後ろを見るが良い」
何人かが、半信半疑で振り返った。そして、
「うっ」
と声にならない声を上げた。
路の前後、境内から半弓を構えた祖真紀、犬丸、竹丸、鷹丸、鳶丸、そして、夜叉丸、秋天丸の七人が男達を狙っているのだ。
仲間の異様な反応に驚いて振り向いた他の男達も含めて、全員の顔色が変わる。
「言って置くが、その者達は、狙った獲物は外さぬぞ。
運良く矢を逃れた者が有れば、麿が相手をして遣わす。さあ、どうする」
一瞬、辺りを沈黙が支配した。突然、
「わ、分かった。やめる。
我等、命と引き替えにするほど多くの物を貰ってはおらん。
申した通り、貴殿に恨みが有る訳では無い。無礼は詫びる。頼む、助けてくれ」
頭格と思われる男が、太刀を背の後ろに引き、何度も頭を下げる。
「情けない奴等よのう。まあ、楽な稼ぎと思って引き受けたのであろうが」
「その通り。浅はかな考えだった。済まぬ」
「ひとつ教えてやろう。もし、首尾良く麿を殺せたとしても、汝達の命は無かった。
成功すれば、当然、後の物を貰う約束をしていたであろう。のこのこ行けば、汝達はひとり残らず殺されていたろう。証拠を消す為にな」
「真か。それが真なら奴こそ許せん」
「誰だ」
「郎等風の男としか分からぬ。顔も布で隠していた。こう成ったら、奴を殺す。
それで帳消しにしては貰えぬか」
「やめておけ。汝達の敵う相手では無い。
皆殺しにされるだけだ。京を彷徨いているだけで、見付かったら殺されるぞ。
命が惜しかったら、京落ちして、遠くへ逃れろ。麿が殺すまでも無い」
「助けてくれるのか? 恩に着る」
一旦下ろした弓を構え直した古能代達がそのままの体勢で道を開けると、男達は、先を争うようにして、我先に逃げ去った。
「皆、ご苦労であった」
「しかし、あ奴ら逃げ切れるでしょうか」
犬丸が言った。
「さあな」
抜いた太刀を鞘に収めながら、千方が答える。
「助けてやっただけでも十分だ。襲って来た奴等の心配などしていられるか」
犬丸にそう言ったのは夜叉丸である。