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小説 藤原千方・坂東の風  作者: 青木 航
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4 満仲と千晴 1

「あの男以外には考えられない」


 満仲はそう考えていた。


 武蔵からみやこへ送る下野藤原家の荷駄を横取りしようとしていた者達が、全て殺されたのだ。他に考えようが無い。

 十五人全て殺されて、しかも、敵の死体は、唯のひとつも見付かっていない。


 少なくとも二十人。或いは三十人くらいで襲ったものと思われる。

 草原かやはらは元より、下野まで人をやって、千常の郎等達の動きも探らせてみた。しかし、あの日、誰一人、武蔵や相模に入った様子は無い。


『東海道で目撃されているのは、千方と朝鳥と言う老臣の二人だけだ。

 あの二人だけでやるのは、どう考えても無理だ。他の実行部隊が居なくてはならない。

 それが何者で、どこから来て、どこへ消えたのか。それが分かれば、あの男をひっくくれる』


 満仲は、そう思った。


 しかし、それが掴めない。

 いっそのこと、強引に捕縛して、痛め付けて吐かそうかとも思った。

 だがそれは、千晴の手前、さすがにまずい。

 本音では、満仲は、千晴がどう思おうと構わないのだが、私君しくん・高明の手前がある。


    ~~~~~~~~~~


 満仲も千晴も、共に源高明を私君とする言わば朋輩である。

 あるじの手前、角突つのつきき合わせて居る訳にも行かない。表面上は親しそうにやっているが、本音は水と油なのだ。


 高明に対する仕え方も、性格も考え方も、両極端と言って良い。


 まず千晴は、御所への行き帰りはもちろん、高明が外出する時は、牛車ぎゅっしゃの傍に付いて、片時も離れない。

 そればかりでは無く、自らの郎党を指揮して、常に高明邸の警護に当たっている。 


 一方の満仲はと言えば、時々やって来ては高明の機嫌を取って行くと言う、至って気儘な仕え方をしているのだが、命じられたことは、どんな汚れ仕事であろうと、嫌な顔ひとつせずこなす。

 それでいて、藤原摂関家の公卿くぎょう達の館にも平気で出入りしている。


 そんな二人を、高明は両腕のように頼りにしているのだ。

 どちらが右腕で、どちらが左腕かは別として、忠勤に励む千晴同様に、高明は、なぜ満仲をも、同じように頼りにしているのか。

 それは、源氏の血である。


 従二位じゅにい・大納言・源高明は醍醐だいご天皇の皇子みこであり、朱雀すざく天皇、村上天皇の兄である。


 父を同じくする弟ふたりは相次いで帝位に就き、一方、高明自身は、七歳の時に臣籍降下して源氏みなもとうじ朝臣あそんかばねを賜り、臣下と成った。 


 これはひとえに、生母の父の身分の差にある。


 高明の母・周子しゅうし(醍醐天皇の更衣こうい)の父・源唱みなもとのとなうは、正四位下しょうしいのげ・右大弁までしか上っていないのに対し、朱雀天皇、村上天皇の生母である中宮・藤原穏子ふじわらのおんしの父は、『阿衡あこう事件』を通じて天皇をもしのぐ権力を見せ付けた、太政大臣・藤原基経ふじわらのもとつねである。


 しかし、立場は変わっても、村上天皇は兄・高明を慕っており、また頼りにしていた。

 そしてふたりは、藤原摂関家からまつりごとを取り戻し、真の『帝親政みかどしんせいの世』を作り上げようとする同志でもあったのだ。


 帝を飾り物にして実権を握ろうとする藤原摂関家を排除し、源氏は真に帝を補佐する存在にならなければならない。

 そして、それが出来るのは、一世源氏である自分である。

 それが、高明の考えだった。


 かと言って高明は、摂関家を敵視して対立するような真似はしない。


 摂関家に連なる朱雀、村上両帝の生母・藤原穏子(おんし)の絶大な信頼を得ており、穏子は、高明が早く村上帝を援ける立場に上れるよう援助を惜しまなかった。 


 また高明は、学問を通じて話の合う、藤原忠平の次男・師輔もろすけの三女を妻とし、その妻が二十八歳で早世すると、五女の愛宮あいみやを妻として迎えている。

 また、最初の妻は忠平の長男・実頼さねよりの娘だった。


 これは、実頼、師輔の兄弟が、当初、それほど権力に固執しておらず、村上帝に譲歩したこともあり、特に師輔とは馬が合う関係だった為である。

 だから、摂関家と高明が対立していると言う構図は無かった。摂関制度の廃止を高明が口にするのは、村上帝と二人きりで対話する時だけである。

 むしろ高明は、太皇太后たいこうたいごう・穏子や師輔の応援を得て出世して来たのである。


 朝廷に於ける高明の環境は万全であった。 

 ただ高明は、盗賊や、何らかの理由で自分に恨みを抱く者に襲われる危険が有ることを意識していた。  

 そして、早くからつわものと呼ばれる者達の存在に注目していたのだ。 


 貴族達からは、『血のけがれ』を持つ者として忌み嫌われ、さげすまれているつわものであるが、それでいて貴族達は、彼等を汚い仕事に平気で使う。

 犬くらいにしか考えていないのだ。


 そのつわものを、高明は武力として見た。

 大事を成し遂げる為に武力が必要となる時が来る。そう考えた。

 そこで、最初に目を付けたのが、同じ源氏の血を引くつわもの・源満仲と言う訳だ。


 清和せいわ天皇の皇子・貞純親王さだずみしんのうの子・源経基みなもとのつねもとが満仲の父である。


 源経基と言えば、将門・興世王・武蔵武芝が謀反を共謀していると朝廷に誣告ぶこくし、事実無根が証明された為、一時、検非違使の置かれていた左衛門府に拘禁され、『未熟者、臆病者』と笑われた男である。


 その後、将門が実際に謀反に走った為、名誉回復され昇進し、純友の追討に加わるなどして、最終的には鎮守府将軍まで努めた。


 父・経基が臣籍降下した二世源氏なので、満仲は三世となる。血筋は良い。そこが気に入ったのか、高明は、満仲を配下にした。千晴が従者ずさと成るかなり前のことである。

 これで、朝廷内に於いても外に於いても、高明に死角は無くなった。


 その後、千晴が仕えるようになり、高明の身辺警護は、更に強化されることになる。


 再三の上洛命令を無視し遂に上洛しなかった為、太政官は千晴の父・秀郷に、妥協案として嫡男の上洛を命じた。いわば人質である。


 最初、秀郷は、みやこに縁戚の有る千常を送ろうと考えたが、千常は、みやこと公家が大嫌い。坂東大好きという男で、千晴はみやこに強い関心を持っていた為、太政官の要求通り、嫡男・千晴を送ることになったのだ。


 但し秀郷は、多くの郎等を千晴に付けて上洛させた。選んだ私君は、将門を討った功を決める詮議の席で、秀郷に有利な献策をしてくれた高明である。

 高明も受け入れてくれた。しかし、俸給を貰える訳ではない。

 大勢の郎等を連れて行くということは、大変な経費が掛かるということである。

 それは、下野藤原家全体で支えることとした。


 そこまでするのは、藤原摂関家に対する秀郷の強い警戒心からである。


 摂関家は、隙有らば秀郷を潰そうと、常に狙っている。

 秀郷には、下野に根を張っている限り、そう簡単には潰されない自信が有る。だから、断固として上洛を拒否して来たのだ。


 それで、千晴の上洛に際しても、万全を期すこととした。

 摂関家の危険性に付いては、千晴も十分認識していた。

 だが、高明の従者ずさである限りは、摂関家といえども、千晴に手出しすることは出来ない。

 高明が政治的に千晴を守ってくれる以上、高明の身辺の警護をするのが自分の役目。そんな想いで、千晴は高明に仕えた。


 面白く無いのは満仲である。

 千晴の忠勤振りが気に入って、高明は、「小藤太ことうた、小藤太」と、何かに付けて千晴を頼りにするようになった。

 だが、満仲には千晴のような真似は出来ない。

 下野藤原氏と言う裕福な背景を持つ千晴とは、置かれた環境が違うのだ。


 満仲の父・経基は二世源氏である。


 一世源氏である高明が十六歳で従四位上じゅしいのじょうに叙せられているのに対し、経基は、記録として初見しょけん承平じょうへい八年(九百三十八年)に武蔵介むさしのすけとして赴任している。


 長男の満仲が、二十歳はたちを超える歳に成ってのことだ。

 大国・武蔵の介の位階は正六位上しょうろくいのじょう。スタートからして六段階もの差が有るのだ。

 その上、世の中を斜めに見るようになっていた。 


 将門追討軍に副将として加わり、手柄を立てようと張り切ったが、秀郷らが先に討ってしまった為、むなしく戻るしか無かった。


 その後、藤原純友の乱の平定に向かうが、ここでも既に乱は小野好古おののよしふるに鎮圧されており、純友の家来・桑原生行を捕えるに止まった。


 何をやっても上手く行かない。


 天皇の孫として我が儘に育った男である。

 遂には、臣籍降下させられたことを恨むようになる。


 せっかく武蔵・信濃・筑前・但馬・伊予の国司を歴任しながら、蓄財に励むことも無く、大して財は残していない。

 そんな父・経基を満仲は情けなく思っていた。

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