1・まずは調査研究のための活動組織を立ち上げます
(8/23)都築→都筑に。実際の地域名にしました。内容の変化は全くありません。
(5/24)誤字脱字を修正しました。内容変化ナシです。
(5/1)舞台を移動しました。自分が10年程住んでいた街で、勝手知ってる地域です…
自衛隊って「佐」「尉」「曹」などの階級職の定年が56〜53歳と知り、お話が成立しなくなるので親の職業も変えています。
あとは内容も細部を推敲しました。親の職業とか学校名とかも変わっていますが、全体の流れは変化有りません。
(4/25)部員の数が合いませんでした、ソコだけ書き直しました。
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コレはそんな中ふと思いついた、アイデアの保存のためにテスト上げしたものです。
具合を見ながら続けるつもりはありますが、オチとか展開とかの細部を練り込んでいないため、行き詰まってしまったら場合によっては削除するかもです。だもんで、描いたり消したりが多いと思います。
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読みやすさの実験も兼ねて、書式が文節ごとに改行されています。
私の父親は、国土交通省・観光庁職員の国家公務員で、母親は、日赤医療センター病院勤務のCT・MRI検査技師である。
そんな、ごくありきたりな両親のもとに生まれた私は、ごくありきたりな、ごく普通の、ごく平凡な家庭の一人娘である。
幼い頃は勉強はソコソコ、運動体育はやや苦手、絵を描く事が若干得意だが、自分の持つ才能はどれも伸び代は知れててソレで食べて行けそうな程ではない、と感じている。
致命的な欠点はない代わりに人より優れた長所も特にない、実にありきたりなイチJK1年生である。
こんなありきたりなJK、将来だってありきたりに決まっている訳で、平凡に暮らし平凡に人生を終える事がほぼ確定している。
私としては不本意であるそんなありきたりな人生を、ほんの僅かでもイイカンジなモノにしたいという願望こそ強くあり、その実現に向けてそれなりに努力はしたつもりだ。
その甲斐あって私は、ココまでの人生で最大の『成功』を見事収める事に成功した。
それは念願であった名門進学校への入学である。
もとい、准・名門進学校、としておこう。
通ってる学校は神奈川県でも比較的お上品な中産階級が集まる准・名門進学校『横浜都筑の丘高等学校』。
一般的には浜筑とか都筑高とか呼ばれていて、入学試験はソコソコ難しく入試に挑むに際しては私の学力では相当困難を極めたのは事実だ。
ぶっちゃけ中学教師には記念に受ける分には止めないとさえ言い放たれたものだ。
だが、私はソレを見事覆す事に成功したのだ。
ちなみに学校創立からまだ13年の比較的新しい学校で、横浜周辺の歴史ある各公立高校のソレに比べてワリと小綺麗で立派な校舎で、見た目の新しさで受験する生徒もいるらしい。
つまり私達の学年は、卒業時点で学校創立15周年と云う節目の卒業生となる訳だ。
卒業できればだけど‥‥
そして後から知った話だが、その入学試験は得点足切りで一定点数以下はたとえ定員に満たない生徒数になっても不合格とされる。
コレは最近の色んな特色を打ち出してきている高校の中にあっては、ナカナカ珍しいシステムだと思う。
また入試得点で1年生時のクラスが決まると云う訳で、この春入学した私は当然ながら1年生全6クラス中6組。
ただしクラス内での出席番号は氏名順となるため正確な入試得点や順位は解らない。
まぁワリとギリギリラインで入学出来た生徒たちが集められたクラスである。
上記のシステムのせいで各学年とも生徒が結構少なく、ソレ故おのずと競争倍率が上がるという構図であることが予想されるが、さもありなん学校説明のパンフレットにも少数精鋭を校是と謳っている。
因みに制服は今どき珍しいスタンダードセーラーである。
この制服着たさに受ける生徒も多いとか多くないとか‥‥
で、男子は詰め襟の黒い学ラン‥‥
もう少しコレまでの私の話をしよう。
先程述べた通り私の頭脳は凡才につき入試で死ぬ程苦労した。
あの辛さは思い出したくない。
と言うのも当時まことしやかに噂されていた話に、中級〜下級の学校は校内が荒んでいて、アタマワルイ連中が集まるのでイジメや暴力沙汰は日常茶飯事、正直そんな学校にしか行けない時点で人生詰んでるとさえ言われていたものだ。
私はソレをアホみたいに真に受けてしまい、性格的にもビジュアル的にもイジメられ体質を自覚していたため、て言うか実際中学時代はイジメられっ娘属性だったため、とにかく背伸びしてでも届く範疇のなるべくいい学校に受かり、そう言ったクズに隣接するリスクも回避すべく頑張ったのだ。
幼馴染で親友の鹿屋真夢は頭脳明晰だったので、受験に際してもイロイロ面倒を見てもらった。
それはそれは大迷惑をかけてしまったに違いないのだが、お陰さまで私も彼女と同じこの学校に入学できた。
但し彼女は1組だけど。
コレが2組とかになった日にゃ私が足を引っ張ったとしか思えないわけで、辛うじて面目を保てる事が出来たと思ってもいいだろう。
あ、いや、もしかしたらもっと上の高校、准の付かない名門校に行けたのかも?
だとしたら手遅れだが申し訳ない事をしたかも知れない‥‥
まァそんな擦った揉んだの苦労を経てこの学校に入学した訳だが、正直『牛尾』の身である苦労は今まさに始まったばかりだという事に気がつくのは、もっと後になってからの話である。
6組とは言えソレナリに頭いい連中が揃っているわけだし。
あと、あまり言いたくないが個人情報とやらも一部開示しておく。
身長158センチ、体重50キロ、上から89・59・89センチ、運動性能は既出の通りあまり良くなく、中の下か下の上かと言ったところ。
コレが私のスペックである。
◆
さて、4月の入学式から本格的に高校生活が軌道に乗るまでは今更事細かに説明する程の変哲はなく、皆が経験したであろうそれらと何ら変わりはない。
そして学校生活の大きな要素を占めるであろう部活動、コレについても特筆する部分は特になく、極めて普通の学校である。
そう、文字通り私のあまりお好みではない普通、なのである。
そんな何の変哲もない都筑の丘高校部活動ではあるが、案の定力を入れている部活動がある訳でもなく、イササカ経済的水準のヨサゲな家柄の生徒+准・名門進学校のソレまんまの様相である。
野球部・サッカー部・陸上部等の屋外競技、バレーにバスケにバドミントンなんてのがある室内競技、意外となかったのが卓球部や柔道・剣道部、何故かあった弓道部。
華道・茶道、美術部などの文化部も各部とも人数少ないが一通りのソレが揃ってはいた。
さて私はどの部活に入るかは既に決めていた。
決めていた、というのは実は言い方として間違っているが、それは文化部で『心理学』に類する部活動なのだ。
が、サスガにそんなニッチな部活がある筈はない。
なのにソコは寧ろわざわざそんなある筈のないニッチな部活動を所望する、ソコがポイントなのだ。
と云う訳で、当初からこう決めていた。
なければ作ればいい!と。
この発想、実は『涼宮ハルヒ』の受け売りなのだが、そもそも私は始めからその意図で行動するつもりだったのだ。
つまりポイントというのはその部分である。
但し、その本当の思惑を教師や周囲に悟られるのは絶対NGの最重要機密事項である。
そう、コレは物心ついた頃からの幼馴染「真夢」に対しても同様で、自分以外の誰にも知られてはいけない。
部活も裏の研究テーマ『変態心理』の探究を意図しつつ、表向きは人間社会における何やカンやを考察してまーす的な体裁を取り繕うのだ。
要は既存の部活でそんな裏の事情なんか持ち込める訳がないと云う単純な話だ。
高校生活が始まり部活動入部の手続きに関しては4月からのゴールデンウイーク前をおおよそ目安に行われる様だ。
連休を利用した新入部員歓迎合宿などのイベントも企画されるからだろう。
ソレを意識しながら私も入学後2週間程経過した頃合いを見計らい、私はソレを早速実行すべく単独で職員室の担任教師の所に相談に行くのだ。
そこでどうせ、5人以上集めないと部の設立申請はできないとかナントカ言われるに決まってる事も充分予測した上で、その場合は『同好会』と言う立場でお願いできないかと交渉する、一応ココまでは脳内シナリオが出来上がっていた。
だが、早速その思惑が軽く壁にぶつかるのだった。
ある日の放課後、私は上記の内容を担任教師・宮小路智徳先生(数学担当)のもとに申し出るべく足を運んだのだが、まずそこでつまづくのである。
宮小路先生は私の申し出に予想外の返答を返してきた。
それは、既に類似する部活動が存在し、類似する内容のソレを同好会と言えど設立する事は出来ない、と云うものだった。
私はその予想外の返しに一瞬戸惑ったが、ソレは何かと詳細を尋ねると、何とこの学校には既に『社会学部』と云う部活動が存在するらしい。
私は入学の際新入生に配られた入学のしおりに部活動紹介欄をシッカリ確認したつもりだったのだが、どうやら見落としたのか何かと勘違いしたのか、とにかく私の目論見がド最初からポッキリ折れてしまったのである。
私は仕方なくその『社会学部』と云う部活動について簡単に説明を求めた。
すると宮小路先生も細かい内容までは知らんと言い、部室に割当てられた教室の場所と顧問教師を教えてもらい、私は一旦その場を退散した。
その社会学部(何だか大学の専門科目みたいだが)というのが割り当てられている部室は、なんと美術教室準備室らしい。
顧問教師も美術部と兼任と云うではないか。
私は取り敢えず様子を見る目的で美術室とやらのある特別教室棟へ向かった。
美術室の場所はその油絵のテレピンオイルの独特な匂いですぐに判明した。
私はコソコソと目立たない様に美術準備室と思われる入り口の戸についた磨りガラスの窓から、中の気配を伺おうとした。
するとその瞬間ガラッと戸が開いて、中から生徒が飛び出してきて私とモロにぶつかった。
私は突き飛ばされる様な格好で後ろにひっくり返り、中から出てきた生徒もびっくりして私に駆け寄り大丈夫かと声をかけた。
そんな様子に中に居た別の生徒も何事かと出てきてしまい、チョッとした騒ぎとなる。
私は大げさになるのを嫌って、大丈夫だコッチこそ申し訳ないと平謝りを繰り返す。
するとその突き飛ばした生徒が私の手を引き、起き上がるのを手伝ってくれた。
そんな様子を傍から見ていた男子生徒が、もしかして入部希望者なのかと私に尋ねた。
私はただ社会学部の様子を見にきただけで、だが部に入部するつもりもないのでソレを明かす訳にもいかず、適当に取り繕うために美術部の先生に用があったと出任せを述べた。
すると更に別の女子生徒が、今日は美術部顧問の廣田先生は体調不良で休んでいると教えてくれたのだった。
◆
気がつくと私は、何故か美術準備室のとっ散らかった室内のテーブルに付いていた。
面前には普通の緑茶が出されており、正面にうっかり突き飛ばした相手の女子生徒が対面している。
その女子生徒曰く、自分は〝ポップカルチャー研究部〟の部員で名瀬川と名乗った。
学年はスカーフの色が黄緑なので2年生、上履きの縁も緑色のゴムである。
私は彼女の何やかんやと誘う言葉に乗せられ、その場に引きずり込まれてお茶まで出されたのである。
今は部長が部活の部長会で生徒会室に出てるので不在であると説明し、我がポップカルチャー研究部は通称ポカル部とかポプ研とか略称で呼ばれてるとか、取り敢えずどーでもいい話で場をつないでいた。
形式的にはどうやら入部希望者としておもてなしを受ける格好で、何となく逃さない風な空気もあった。
名瀬川先輩はポカル部の活動についてようやく説明を始めた。
だがソレは実質『マン研』そのものであり、ただマンガ描いてるだけなのだと言う。
『げんしけん』かな?とも思ったが、そんな科学的な要素は欠片もなく只のマンガ好きの寄せ集めだそうだ。
以上で説明が終わってしまった。
前置きより実情の説明の方が字数も少なかった。
確かに私が座った席のテーブルの横では、3人の男女生徒が思い思いにマンガを読んだりスケッチブックにイラストを描いたりしている。
だが名瀬川先輩は無理やり追加情報を付け加え始め、今ポカル部は3年の部長含め全5人なのだと言う。
そこから3年生2人が夏休み明けの2学期から引退すると現在2年の3人だけが残る形で、部活動の『部』としての認定が剥奪されるため、最低でも2人の新入生部員を獲得しなければならないと状況を説明された。
部としての立場を失うと、これまでマンガ執筆の際に購入していた台紙やスクリーントーンなどの備品、コンビニでのプリント代、はたまたコミケ出展の際の参加料などの金銭的支給が途絶えるのだとか。
ちなみに1台だけあるiMacとタブレットは部長の私物だそうだ。
そんな死活問題をナゼか私に訴えてきたと云う事は、コレは完全に勧誘までの道のりに乗っている状況を表している。
私はこの部屋の奥の窓際で、デッサンモデルのダヴィデの首と向き合うような格好で教室にあるのと同じ机の上で、ノートパソコンに何やらカタカタ打ち込んでいる姿が目にとまる。
まるで小学生の様に小柄な女子生徒が、影も薄く存在すらおぼつかない状態で存在していることに今更気づいたのだ。
そしてさっきの説明を思い出し、自分を除いて総勢5人がこの空間に存在する事に気づき、さっきの説明と矛盾している事を問いただした。
すると名瀬川先輩は、あー‥‥、とやはり今更思い出したかの様にあの奥の女子生徒は違うのだと言った。
何が違うのかと言うと、あの女子生徒はポカル部ではなく『社会学部』の部員だと説明したのだ。
私は思わずキタ!と思って眉が僅かに動いてしまう。
そうか、あのちっちゃい女子生徒が探していた社会学部の部員なのか。
スカーフが薄紅色の3年生である。
私はソコに食いつくのは色々面倒な気がしていたため、遠回しに何となく訊ねてみた。
まず何故同じ部屋に違う部の『社会学部』があるのか。
それについては、元々この美術準備室は社会学部の部室で、我々ポカル部が居候しているのだと明かした。
ソレには私も少々驚く。
何故ならテッキリ逆の立場だと思ったからだ。
名瀬川先輩はこう語る。
元々ポカル部は美術部から分裂した部活だった。
美術部内でのマンガの創作を当時の部長や顧問教師が認めなかったのがそもそもだそうだ。
9人いた美術部から2年が2名+1年1名の3人が離脱しポカル部を結成、当時は同好会であった。
そしてその後一年が経過する間に新たに新入部員2名が参加、5人になって部に昇格したのが昨年の事だと語った。
つまり今の3年生2名が当時の2年生だと言う。
ナルホドそう言う事だったのか。
部室がないポカル部は当時社会学部が使用していたこの美術準備室を頼み込んで間借りしたのだという。
顧問は当時の顧問教師から現在の廣田先生に交代し、その際にワリとマンガなどのサブカルにも寛容だったため美術部と社会学部、そしてポカル部の掛け持ち顧問を承諾し、現在に至るという流れだ。
だがまたまた疑問が発生、当時の社会学部は5人いたのか?
それを名瀬川先輩は否定した。
当時から社会学部は2人しか居らずそもそも部ではなかったと言い、寧ろ社会学部の方が元々美術部に居候していたのだ。
つまり社会学部ではなく『社会学研究会』てのが正式な呼び名だった。
以降、現在は部として存在するポカル部の方が立場が上なので、実質的には社会学研究会の方が居候の立場になったのだと云う。
名瀬川先輩はよっぽど暇だったのかそんな話を饒舌に話すと、自分と私に出された湯呑にお茶を継ぎ足した。
そして、話を社会学部、もとい社会学研究会へ移した。
あなたは社会学研究会に参加希望なのか?と、残念そうな表情で問うてきたのだ。
◆
私は名瀬川先輩のその質問に思わず口ごもっていると、入り口の戸が騒々しく開いてソコに男子生徒が仁王立ちしていた。
見れば解る通りの、今戻ってきたと云う自分の行動を解説し、そのついでに私の存在に気づいて新入部員かと歓喜する。
何だか一人だけ騒々しい先輩男子だ。
だが早とちるその男子生徒を制した名瀬川先輩が、彼女は社会学部にご興味お有りなのだと皮肉めいた口調で説明した。
どうやら私がポカル部にほとんど関心を示していない事は認識された様だ。
ソレを聞いた男子生徒はクネクネと残念感を全身で表すと、パッと切り替えて俺に任せろとばかりに、今度は彼が私の正面に座り説得を開始したのだ。
その男子生徒は3年生で部長の竜宮一史と名乗った。
因みに自分は生徒会関係者ではないと、ついでに全然訊ねてすらいない情報を付加する。
そして先ずはポカル部結成の経緯と云う訳で、さっき聞いたばかりの同じ内容を倍の時間を費やして聞かされた。
話の節々に無駄な修飾やリアクションを交えながら、和気藹々(わきあいあい)ぶりをアピールする。
だが名瀬川先輩以外の3人の部員は相変わらず思い思いの時間に没頭していて、ハナからコッチの事に全く関与してこない。
恐らく、私が前の廊下で突き飛ばされてから席につくまでは新入部員としての期待があったものの、名瀬川先輩とのやり取りで脈がないオーラを感知したのか、態度を180度ヒックリ返したのだろう。
そんな他の部員を余所に、私に対してポカル部長の竜宮先輩からは、先程既に名瀬川先輩から聞かされた一連のプレゼンテーションを再度聞かされる羽目になったのだ。
だが私も実は仮想目的であった美術部顧問の廣田先生の不在、およびソレに託つけた社会学部・もとい社会学研究会の実情の一部を垣間見られた事により、今回の目的は半分は達成している。
私は残りの時間を使って、この際だから部室が同じであるポカル部とやらには少なからず後々絡む必要性が発生する事も鑑み、あまり妙な印象を持たれない様ココは猫を被って付き合う事とした。
するとにわかに、竜宮先輩が私の絵心について問うてきた。
私は全く予想していなかったその質問に、アワアワとどもりながら絵は下手くそである事を伝える。
だが竜宮先輩は私の前に紙と鉛筆を差し出すと、何でも良いから女の子キャラを描いてみてくれと要求してきたのだ。
私は非常に戸惑って、絵描きは駄目なのだと断わるのだが、強引な竜宮先輩はどうにも絵を描かないと開放してくれそうになかった。
そこで私は早く逃れる意図からその申し出を渋々受け入れ、白い紙の上に鉛筆で線を描き始めた。
やがてミミズがのたくった、の表現が適当だと思しき私謹製の女の子の漫画キャラの頭部のみが完成すると、それを竜宮先輩に提出する。
すると名瀬川先輩や先程からコチラのやり取りに全く関心を示していなかった3人のモブ部員も、各々の手を止めてワザワザ私のミミズののたくった鉛筆の線を見に身を乗り出してきた。
私は結構恥ずかしいと言うか緊張も交えた面持ちで彼ら5人の感想を待っていると、ウーンと一頻り唸った竜宮先輩は、最初は皆こんなもんだ、だがコレにめげる事なく是非また挑戦してくれと励ましのお言葉をかけてきたのだ。
その言葉に、何だか私の入部勧誘を諦めた訳ではないとの意図を勘ぐる。
とは言え、ソレを最後にナントカ私を開放してくれたポカル部の部室を後にすると、後方で竜宮先輩がまた遊びに来てくれと騒々しく声をかけた。
私も愛想笑いを浮かべて振り返りざまに手を振る。
そして、やれやれまた近いうちにあのメンツと顔を合わせる事になりそうだと予想し、次回その時の作戦をも練る必要に駆られたのだった。
だが私は少し後になってから、ポカル部のそのマンガとやらを見せてもらえば良かった事に気づいた。
確かコミケにも出展してるとか名瀬川先輩や竜宮先輩も説明してたし、コミケのマンガ出展と言えば言わずと知れた例の〝薄い本〟である事は間違いないだろう。
それは少なからず、私の研究材料として役に立つと云うか、願ってもないアイテムになり得るブツである筈だ。
その瞬間、ポカル部の薄い本を見せてもらうと云う、私の次の行動予定が決定した。
イヤだがまてよ、ものっすごいエゲツない内容だったらどうしよう?
〝薄い本〟てのはアレでしょ、その、エロいのは勿論、ワリと変態的と云うか‥‥
そんなヤヴァいモンをお気軽・お気楽に『見せてください♪』なんて言えるだろうか?
『アンタも好きねぇ』的な嫌らしい目で見られちゃうのではないのか?
いやサスガにソレはマズい、て云うかソレは一番知られてはいけない領域で今まで隠し通してきたトップシークレットであって、ソレがそんなエロ本一冊でいとも簡単に貞操が決壊する様な事になっちゃマズいだろ!
そんな感じで、今まさに自分の中で企画した行動予定にいろんな障害がベタベタまとわりついて来てしまった。
私はそんな妙な押し問答を脳内で繰り広げていたせいか、背後の人の気配に気付かなかった。
そう、私の後ろに誰かいて、さっきから頻りに声をかけていた様だったのだ。
私はハッと我に返り、その気配にやっと気づいて振り返った。
ソコには、さっき美術準備室・ポカル部部室の窓際の片隅でノーパソを頻りに操作していた小学生みたいに小さな女子生徒・先輩の姿が、目線の割と下の方にあった。