エピソード2:告白①
程なくして統治からも追いつかれたユカは……観念した表情で、自転車から降りた。
そして改めて政宗を見つめて……すぐに視線を下へそらし、空笑いで吐き捨てる。
「仙台の支局長さんと、名杙本家の長男が……こげなところで何ばしよっと?」
「そんなの、決まってるだろ……ケッカを連れ戻しに来たんだよ。この辺は10年前に散々……開拓してるからな。土地勘がある、のがっ……自分だけだと思ったら……大間違いって、ことだっ……!!」
政宗は呼吸を整えながら、自転車のカゴを掴る手に力を込めた。そして、自分の方を真っ直ぐ見ようとしない彼女に一抹の寂しさを抱きつつ……現状を確認するため、単刀直入に問いかける。
「ケッカ、お前……相当厄介な『遺痕』と関わってるよな?」
「え……!?」
刹那、彼女の目の奥に微かなゆらぎを感じた。それで己の予測に確証を得た政宗は、これ幸いと一気に畳み掛けていく。
「さっき、俺と統治もすれ違ったんだよ。年齢は分からないけど女性で、手に残ってた『関係縁』は……ケッカとも繋がってた」
「は……!?」
政宗の言葉を聞いたユカは、目を見開いて彼を見つめる。そして、珍しく狼狽した表情のまま、彼らの現状を確認した。
「すれ違った、って……襲われたりせんかったと!? 怪我とか、気分が悪いとかは……」
「い、いや、特には。写真を撮影出来るくらいの余裕はあったぞ。ただ、近くで事故が発生してた。関わりたくないからすぐに逃げてきたけど……」
「事故……そう、そうなんね……」
政宗の言葉を反すうしたユカは、安堵と不安が入り混じっている表情でため息をついた。
そして、振り返って統治を見やり……もう一度、ため息をつくしかない。
これ以上逃げられない、誤魔化せない。そんなこと、自分が一番良くわかっている。
ましてや、自分と縁深い『遺痕』とも関わりがあるのであれば……尚更だ。むしろ、正確な情報を伝えた上で……早々に宮城へ帰ってもらうのが一番だろう。
自分のことを正確に伝えれば、きっと……諦めてくれる。
それで、いい。
ユカは視線を泳がせつつ、自分の中の調子を取り戻すため、とりあえず軽口を叩いてみることにした。
「ったく……二人がかりでそげん警戒せんでもよかやんね。ケッカちゃんはもう、逃げたりせんよー」
刹那、ユカの言葉に、政宗がジト目を向ける。
「あのなぁケッカ、さっき盛大に逃げたヤツが何言っても、説得力ないからな」
「あ、そうやった。うん、そうやったね……」
ユカは彼のツッコミに苦笑いを浮かべると、これからどうしようかと思案しながら肩をすくめた。
この2人が来福していることは、福岡支局側も把握していると思っていいだろう。そして、彼らの行動を制限せずに、ユカにも注意を喚起することなく泳がせたのは……彼らがここにいる原因が自分だから、自分で尻拭いしろという無言の圧力だと考えるのが妥当だろう。
「ったく……麻里子様のやりそうなことやね」
「ケッカ?」
「こっちの話。さて……2人が聞きたいことの答え、あたしがある程度持っとると思うけど……その前に、どこかで買ったご飯食べてもよか?」
そう言って自転車の前カゴを指差すと、政宗が「ああ」と頷いて周囲を見渡す。
そして……2人を見つめ、とある方向を指差した。
「折角だから久しぶりに……海の方、行ってみないか?」
その後、3人は連れ立って、シーサイドももち海浜公園へ向かった。
海岸沿いに公園と遊歩道が整備されており、敷地内の一角にはセレクトショップや飲食店、結婚式場などが軒を連ねている。夏休みは海水浴客で賑わうし、先月頃まではマリンスポーツを楽しむ人が多かったが……10月になった今、海は穏やかに波打っており、家族連れやカップルなどがそれぞれの時間を過ごしていた。
3人は園内のベンチに並んで腰を下ろし、海の方を見つめながらそれぞれに口を動かす。政宗が中央に座り、彼の右側にユカ、左側に統治という並びだ。
無意識のうちに定着している横並び。ユカは静かに海を眺めながら……秋の海風に髪をなびかせる。
この海を3人で眺めるのは、10年ぶりだ。
あの夏は、この海岸沿いで色々な思い出を作ることが出来た。
そしてまさか……10年後、こんなに複雑な心境で、海を見ながら食事をすることになるとは思っていなかった。
ユカが買っていたミートソースパスタを見下ろした政宗は、彼女から譲り受けた500mlのペットボトル(オレンジジュース)の蓋をあけながら、からかうような笑みを向ける。
「ケッカ、今からパスタ食べるのか? もうすぐ昼飯の時間になるぞ?」
「しょうがないやんね。家の冷蔵庫に何もなかったっちゃもん……」
ユカは政宗からの嫌味を受け流しつつ、プラスチックのフォークにパスタを巻いていく。そして、十数時間ぶりの食事を楽しみつつ……2人の方を見ないようにしながら問いかけた。
「なして……あたしの居場所が分かったと? 『関係縁』、統治でも簡単には見えんはずなんやけど……」
ユカに関しては麻里子が直接、強力なプロテクトをかけている。そのやり方は名杙のものと根本から異なるため、仮に統治であってもそう簡単に見破れない――そう、思っていたから。
ユカの問いかけに、政宗は少し思案した後……いずれ分かることだろうから、と、事実をそのまま伝えることにする。
「ココに来る前、地下鉄の天神駅で、名雲双葉さんに会ったんだよ。ケッカも知ってるか?」
「名雲、双葉……あぁ、確か北九州のヤクザのお姉さん……」
「は!? ヤクザ!?」
政宗が思わず声を上げると、周囲にいた人が一斉に彼を見て、どこかよそよそしい態度で遠ざかっていく。左右にいる2人からジト目を向けられた彼は、誤魔化すようにパウンドケーキを口に入れて咀嚼した後、気まずさをジュースと一緒に飲み干して息をついた。
「な、何だよケッカ、仮にも名雲直系筋の人に対して、そんな失礼な……」
「いや、別に双葉さんがそうだって言ってるわけじゃなくて、確か、双葉さんと一緒に北九州におるスキンヘッドの人が、そういう関係の人やったはずやけど……あれ、違ったっけ?」
「いや、それも十分衝撃的な話なんだけどな……とりあえずキャラが濃いことは分かった」
政宗はユカの話を遮り、改めて、先程出会った双葉を思い返す。
年齢としては自分たちと一誠達の間くらいだろう。要するに20代後半だ。それにしては肝が座っているというか、余裕があるというか……。
その理由は単に、名雲本家で酸いも甘いも噛み分けてきたからだろうと思っていた。しかし……どうやら、それだけではなさそうだ。
政宗は先程握手をした左手を見下ろした後、改めて双葉の計らいに感謝して話を続ける。
「話を戻すけど、統治が双葉さんにナンパされてるところに居合わせて、俺達がケッカを探してることを伝えたんだ。そしたら、なんか、その……協力してくれることになって、俺が双葉さんと握手をしたら……強くなった」
語彙力が徐々に失われていった彼を、ユカは盛大に横目で蔑んだ。
「なんねその雑な説明。あと、結局、政宗が双葉さんをナンパしたってことでよかと?」
「ちっ、違うぞ!? 俺は握手でパワーアップしたんだ!!」
「要するに、美人と会って浮かれたってことなん? ったく……言い訳ならもうちょいマシな理由にしたほうがよかよ」
「いや、そうじゃなくてな……!!」
パスタを咀嚼しているユカから虫けら以下の視線を向けられた政宗は、助けを求めたくて統治の方を見た。統治は同じくユカから譲り受けた、ストローを刺すタイプのカフェオレを飲んでいたのだが……彼の情けない態度にため息をつくと、淡々と補足説明を開始する。
「これは憶測だが……名雲双葉という女性は、外部への霊的な影響力が桁違いの女性なんだろうな。名杙では心愛もそれなりに影響力が強くなっているが、彼女は恐らく、その比じゃない」
名杙直系の統治や、彼の妹の心愛、イトコの里穂は、近くにいる相手へ霊的に干渉する力が強い。それこそ10年前の研修中、能力に目覚めたばかりのユカや政宗に統治の力が伝播して、2人を相次いで体調不良にしてしまうほどに。
「俺は名杙直系の『因縁』を持っているから効果が出ないと思うが、佐藤にその影響力を伝播させることで、『縁故』としての能力が一時的に強化されたんだ。乗っ取られた、と言ってもいいかもしれない。一度握手をしただけでこれだけ強いのだから、相当な実力者だと推測出来る」
「ふぅん、それで双葉さんと握手、か……あーあ、名雲側に強化されたんなら、見つかってもしょうがなかね」
どこか自嘲気味に呟いたユカは、パスタをフォークでくるくる巻きながら……少しだけ身を乗り出して、涼しい顔で海を見ている統治を見やる。
正直なところ、政宗単独であれば福岡に乗り込んでくるかもしれない―― 一誠や瑠璃子もそう言っていたし、対応も考えていた。
でもまさか、統治まで一緒だとは思わなかったのだ。
彼の実家はとても厳格で……時に、思った通りの行動が許されないこともあるのだから。
それに、2人が福岡にいる今、仙台支局はどうなっている? もしも今、仙台で突発的な事案が発生した場合……誰の責任で、誰が対応するのだろうか。
そう考えると……急に、不安が襲ってきた。
「政宗と統治が2人とも仙台におらんでも……よかと? 確かに今は連休中やけど、何かあったら――」
「――何かあったから、俺たちがここに来たんだ」
ユカの言葉を遮った政宗が、彼女を見つめて強い口調で言葉を返す。
そして、口ごもったユカに「悪い」と一言告げた後、海の方を見つめて言葉を続けた。
「仙台は他のメンバーに任せてるから問題ないよ。まぁ、流石に月曜には帰るけどな」
「そっか……」
「それでケッカ、そろそろ教えてくれないか。さっきの『遺痕』は……ケッカと、どういう関係なんだ?」
政宗の言葉に、ユカはフォークで巻き取ったパスタを口の中に入れて……静かに咀嚼する。
そして、それをゆっくり嚥下した後……どこか遠くを見つめて、無機質に口を開いた。
「彼女は……あたしの母親やね」
シーサイドももち海浜公園(https://marizon-kankyo.jp/)です。福岡で海遊びがしたくなったら、百道浜周辺がオススメですね。福岡市の中でも比較的落ち着いている場所なので、のんびり過ごせますよ。暇があったらタワーとか博物館とか行けばいいし!! 野球が好きならドームに行けばいい!!
ちなみに一誠と瑠璃子が住んでいる姪浜という地域は、ここよりもうちょい郊外になります。