エピソード1.5:一方その頃、仙台では①
政宗と統治が福岡に行っている間、仙台支局では何が起こっているのでしょうか、という隙間のエピソードです。今回は第7幕ということもあり、ちょっと久しぶりに「政さん凄いっす!!」的なエピソードも紹介してます。
万吏が仙台支局のために暗躍していたエピソード(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/80/)と一緒にお楽しみください!!
連休直前の金曜日、16時を過ぎた頃。
統治を送り出した『仙台支局』では、茂庭万吏が政宗の――支局長の椅子にドヤ顔で腰を下ろし、近くで仕事をしている支倉瑞希へピースサインを向けていた。
「ミズ、俺どうよ。支局長っぽい?」
「えぇっ!? あ、う、うん、偉そうに見えるねっ!!」
「褒められてるよね、俺……」
瑞希の言葉に万吏がジト目を向けていると、そんな彼女の隣――統治の席に座ってコーヒーを飲んでいた伊達聖人が、眼鏡の奥に心からの笑みを浮かべて声をかける。
「万ちゃんがそこに座っていると、他人を蹴落としてのし上がった感が凄いね」
「俺でも分かるよ伊達ちゃん、それは褒めてないね」
「そうだね、最初から褒めるつもりはなかったよ」
「あーハイハイ、1ミクロくらい期待した俺がバカでしたー」
万吏は投げやりにそう言って背もたれに体重を預けた後、壁にかかっている時計を見つめた。
時刻は間もなく、16時15分になろうとしている。定刻通りであれば、あと15分ちょっとで統治が福岡に向けて飛び立つだろう。先程、統治を車で送っていった透名櫻子から、「無事にお見送りを終えました」というメッセージが聖人宛てに届いていた。後はまぁ、飛行機が無事に西へ向かうことを祈ろう。
「政宗君、驚くだろうな……」
統治が向かう件は、あえて政宗へ誰も連絡をしていない。どうせ統治が連絡をするだろうから、そこまで根回しする必要はないだろう……そんな判断の元、意図的に放置しているのだ。
今の所、政宗からの連絡はない。ただ、真面目な彼のことだ。おそらく支局を案じて電話くらいはかけてくるだろう。狼狽えている様子を聞くのが楽しみだ。
……それはさておき。
「あのさ伊達ちゃん、何してんの」
万吏が聖人へ声をかけると、彼はスマートフォンを机の上に置き、万吏へ向けて笑顔で返答した。
「ちょっと蓮君に迷惑メールでも送って、暇つぶししようと思ってね」
「……」
彼がこう言った瞬間、斜め前に座っている片倉華蓮が苛立ちを唸り声に乗せた。そして、これみよがしなため息と共に書類の束を持って立ち上がると、それをドサッと聖人の隣に置く。
「……暇なのであれば、この雑紙からホッチキスの針を取って、紙の種類ごとに分類していただけますか? 分類表と捨てる場所は、ここに書いてありますので」
「華蓮ちゃん、自分は部外者だよ。こんな社外秘、ホイホイ渡しちゃっていいのかな?」
「その席に座っている時点で部外者ではないと思います。それに……これは2年前の備品の注文書や、それに関わるカタログです。私が扱える時点で、特に重要な社外秘ではないことくらいおわかりですよね。コーティングが施されている紙とそうでない紙は一緒にしないでください。何か質問はありますか?」
「……伊達先生、一生懸命頑張るね」
華蓮の圧に屈した聖人は、「しくしく」と言って笑いながら作業を始めた。万吏はその様子を見て笑いを噛み殺しつつ……華奢な女子高生(風の男性)に小間使い扱いされている聖人をからかう。
「伊達ちゃん、ちょっと弱すぎない? 俺の前と態度が違い過ぎると思うけど」
「しょうがないよ。自分は専門的なことが分からない『一般人』だからね。出来ることはこれくらいしかないってことかな」
「まぁ確かに。そういえば、里穂も何気にベテランなんだよな……」
万吏はここで言葉を区切ると、改めて、事務所内をぐるりと見渡した。縦に長いオフィスは、机やパソコン、キャビネットにコピー機、来客用のソファやテーブルなど、仙台にある多くのベンチャー企業とさほど変わらない。
ただ、この組織が取り扱っているのは、目に見えない商材だ。
特殊能力を持った一族が牛耳っているこの組織は、人の生死さえも動かすことが出来る……そんな絶対的な『権力』がある。
「俺達は『一般人』……か」
先程、聖人が言っていた言葉を反すうする。
それは変えようがない事実だが……瑞希のようなイレギュラーな存在もいるのだから、自分もいつ、『一般人』でなくなるのか分からないのだ。
そもそも万吏は、『縁故』という能力者や、この『良縁協会』について詳しいことは何も分からない。勿論深入りするつもりはないけれど……ただ、概要すらよく知らない事を改めて実感すると、ちょっとした知的好奇心が湧いてくるのだ。
万吏は立ち上がると、衝立の向こう側へ向かった。そして、壁に立て掛けてあるパイプ椅子を組み立てると、応接用のスペースで試験勉強や明日の予習をしていた学生組――名倉里穂、柳井仁義、名杙心愛、森環――の中へ割って入る。
「万ちゃん、どうしたっすか? 勉強教えてくれるっすか?」
万吏から見て手前にいた里穂が、彼に気付いて顔を上げた。ポニーテールが似合う、快活な少女。見た目はどこにでもいる普通の女の子が……『縁故』としては10年近く、最前線で働いている、らしい。
「なぁ里穂……俺にちょっと、『縁故』について教えてくれない?」
「へ? 『縁故』についてっすか?」
思わぬ申し出に、里穂はシャープペンシルを動かす手を止めて……万吏を見つめる。
「どうしてっすか?」
「どうして、って……俺が何も知らなすぎるからだよ。ミズの件もあって『仙台支局』には世話になってるけど、その割には里穂達のやってることについて、あんま知らないからさ。さわりだけでいいから教えてくんない?」
万吏はこう言って、里穂達を見つめ返した。里穂は「うーん」と思案した後……仁義と視線を合わせて打ち合わせを終えた後、座ったまま万吏を見上げて、首を横に振る。
「万ちゃん……申し訳ないっすけど、それは出来ないっす」
「あ、やっぱり?」
ある程度予測していたとはいえ、ノリの良い里穂からここまでビシッと断られるとは思っていなかった。万吏がおどけた表情で肩をすくめると、里穂もまた苦笑いで応酬する。
「これだけお世話になってるのに、申し訳ないとは思うっすよ。ただ……私達はまだ、そこまでの許可を出せないっすよ。政さんやうち兄、ケッカさんくらい偉くなったら、万ちゃんにも自己責任で話せるようになるっすけどねぇ……」
「里穂、10年選手なのにまだ下っ端なのか?」
万吏の問いかけに、里穂は「そうっすねぇ……」と思案した後、人差し指を立てて軽く上を見上げた。
「私やジンは中間……っすかね。まだまだ上がいるっすけど、『縁故』でここから更に上を目指すのは大変なんっすよー」
「でも、ケッカちゃんや政宗君達は、若いけど上に行ったんだろ?」
「あの3人が特殊なだけっす。だから……本当に凄いと思ってるっすよ」
里穂の言葉に、隣に座っていた仁義が穏やかな表情で頷いた。
「そうなんだ……あの3人、やっぱ凄いんだね」
「凄いっすよー!! 政さん達は私の憧れっす!!」
里穂がこう言って鼻息を荒くした瞬間……淡々と数学の宿題をしていた森環が、スッと手を上げて自己主張する。
「……聞いていいっすか」
「はい森君、どうぞっすよ」
「あの……名杙先生とか佐藤って人とか、何が凄いんすか? 若くて成功してることっすか?」
「それもあるっすけど……そうっすね、ここからは、私の思い出話だと思って、ゆるーく聞いて欲しいっす」
里穂はこう言って、万吏にニヤリと笑みを向けた。そして、環の方へ向き直り、過去へ思いを馳せながら言葉を続ける。
「この『良縁協会』っていう組織は、ココちゃんやうち兄の実家・名杙家が取り仕切ってる組織っす。宮城だけじゃなくて、全国の大きな町には支局を設置しているっすけど……そこを任せられるのは、名杙の直系筋か、それに準ずる分家筋だけだったっすよ」
「要するに……身内以外はのし上がれないってことっすか?」
「そういうことっすね。宮城は名杙本家があるから、これまで別に支局を設けていなかったっすけど……あの災害後に、仙台に1つ窓口を作ることになったっす。そこのトップに就任してるのが、名杙じゃない政さんなんっすよ。これが異例中の異例っす!!」
「でもそれは、名杙先生がいるからですよね。棚ぼたっていうか……」
環の言葉に、里穂は首を横に振った。
「棚ぼたで支局長になれるほど、名杙は甘くないっすよ。ね、万ちゃん?」
「え? あ、あぁ……そうだな」
里穂の言葉に万吏は頷いて……少しだけ、自分の過去に思いを馳せる。
万吏はかつて、名杙に反抗をして、仕事を失いかけたことがあるのだ。
「……こんなに上手くいかないんだな」
これは、今から3年ほど前のこと。
冬も終わりに近づいた、ある土曜日の夕方。人の少ない路地裏を自宅のマンションへ向けて歩きながら、万吏は珍しく、どこか疲れた声で吐き捨てた。
春先とはいえ、夕方ともなると風はまだ冷たい。ロングコートを羽織っている万吏は、その襟を立てるように着用して横顔を隠しながら……もう一度、ため息を付いた。
先程仕事終わりに合流し、同じくコートを着用して隣を歩く恋人の支倉涼子――今は結婚して、茂庭涼子と名乗っている――は、何も言えずに……彼の隣に付き従い、歩幅を合わせて歩く。
彼がここまで疲れ切っているのには、自分ではどうしようもない理由があった。
我慢できなくて、職場の不正を――名杙と癒着関係にあることを告発した。
結果、縁を切られたのは自分だった。
ここまでは想定していた。だから退職して、石巻で独立しようと思っていたのに。
万吏は『名杙』という家の力を過小評価していたのだ。彼らの権力が及ぶのは仙台圏のみではない。現に今、事務所として石巻市内に物件を借りようと思っても書類審査で落とされたり、顧客として新規開拓しようと思っても、万吏の名前を聞いただけで門前払いされてしまうことがある。
その理由が、名杙が『茂庭万吏からの仕事を受けないように』という『お触れ』を、石巻を含む県内の商工会に出しているから……ということを、地元で家業を継いだ同級生がこっそり教えてくれたのだ。
「お前……名杙を敵に回すとか正気か? あの家を敵にすると、少なくとも宮城で商売なんか出来るわけねぇぞ」
そう言って彼もまた、自分と距離を置くようになった。
それ以外にも同級生や知人をあたってみるけれど、けんもほろろにあしらわれる。
まるで疫病神のように、自分が戸口に立っているだけで「帰れ」と冷たくあしらわれたこともあった。
あの家は、底が知れない。
知らず知らずのうちに逃げ道を塞がれ、孤立させられてしまう。
気づけば――周囲との縁を、切られてしまう。
こんなはずじゃなかった。
正義を信じて貫けば、良い結果が伴うと思っていたのに。
『憑いてきた』のは……『疫病神』のみ。
正直者が馬鹿を見る、そんな現実だ。
ふと、隣を歩く涼子を見やる。
告白をして、受け入れてもらって、今、とても幸せで。
彼女の笑顔に支えられて、かろうじて立っているような状態だ。
この笑顔を、守れるだろうか。
彼女をこのまま、自分のエゴに巻き込んでいいのだろうか。
「万ちゃん……?」
いつの間にか立ち止まっていた万吏を追い抜いてしまったことに気づき、涼子が慌てて彼の隣に戻ってきた。
「どうしたの? 考え事?」
自分を覗き込む彼女の顔を、直視できない。
夕焼けに照らされた道の真ん中で、万吏は1人、立ち止まっていた。
進み続けて、良いのだろうか。
この道は――間違いじゃないのだろうか。
怖い。
あの災害の時のように、突然、全てが壊れてなくなってしまったら。
この先が分からないことが――怖い。
「スズ、俺……」
万吏が少し震える声で彼女の名前を呼ぶと、涼子はそんな彼の手を握って、首を横に振った。
「万ちゃんは、間違ってないよ」
「スズ……!?」
優しい声に、心が震える。
まだ自分は、何も言っていないのに。
どうして彼女は……しっかり先を見越して、自分が一番欲しい言葉をかけてくれるのだろう。
涙を流したくなくて、反射的に上を見上げた。涼子はそんな彼を見上げてクスリと笑った後、もう一度、念を押すように言葉を続ける。
「私には、難しいことは分からないけど……でも、万ちゃんが間違っていないことは誰よりもよく知ってるよ。勿論、正義感だけではどうにもならないことが多いかもしれないけど……でも、それでも、万ちゃんが前みたいに我慢して、辛い顔をしているのは……見たくないの」
「スズ、俺は……何も分かってなかった。あの家の恐ろしさも、人の怖さも……何も」
「そうなんだ……でも、それが分かっただけでも、大きな一歩なんじゃないかな」
涼子はそう呟いて、彼の手を強く握った。
「私がいるよ、万ちゃん。万ちゃんのことを信じてる私が、万ちゃんのことを大好きな私が……ずっと、隣にいるからね」
万吏は繋がったままの手を自分の方へ引き寄せ、そのまま彼女を抱きしめた。涙を見られたくないので上を向いたまま、暮れていく茜空を見つめながら……思いをこぼす。
「……好きだ」
「万ちゃん……」
万吏は何度か鼻をすすり、呼吸を整えてから……彼女の頭を優しく撫でて、いつも通りの声音で、もう一度告白をした。
「好きだよ、スズ。俺……もう少し頑張ってみるわ。スズが隣にいてくれるのに、情けないところは見せたくないもんな」
「でも、頑張り過ぎちゃダメだよ」
「分かってる。でも、ここが踏ん張りどころなんだ。だから――隣にいて欲しい」
「……分かった。万ちゃんが倒れそうになったら教えてあげるね」
涼子もそう言って、彼の背中にそっと腕を伸ばしながら……こんな場所で誰か来たらどうしよう、と、別の心配が頭を過るのだった。
その後、万吏は更に奮起して諦めずに石巻周辺で営業を続けた結果……名杙をよく思っていない、また、名杙当主である名杙領司から秘密裏に紹介された仕事先を拠点に、ジワジワと人脈を広げてきた。
領司が自分へ情けをかけてくれていることは分かっている。本当は頼りたくないのが本音だが……領司が紹介してくれた顧客は、『なぜか』名杙を快く思っていなかった。
名杙も内部で色々あるんだなと思いつつ、万吏はこれ幸いにと踏ん張って地盤を整え……そして、涼子に慰められてから約1年、ようやく、貯金を崩さなくても何とか生活をしていけるようになってきた。
そんな時、かねてから親しかった名倉陽介から、ある人物と会って欲しいという打診を受け、万吏は1人、名倉家のリビングにいた。
出してもらったお茶を飲みながら待っていると、玄関先が騒がしくなり、バタバタと足音が近づいてくる。そして。
「あーっ!! 万ちゃんっす!! お久しぶりっすね!!」
中学校のジャージを着ている名倉里穂が、ポニーテールをなびかせながら万吏に笑顔を向けた。
「おぉ里穂、中学校でもサッカーしてるのか?」
「勿論っすよ!!」
元気に胸を張る彼女に、万吏は思わず目を細めた。すると、そんな彼女の後ろにおいついた仁義もまた、万吏を見つけて軽く会釈をする。
「万吏さんこんにちは。今日はどうしたんですか?」
「おぉ、仁義もおかえり。いや、陽介さんが俺と会わせたい人物がいるからって呼び出されたんだよ」
「会わせたい人……ああ」
誰か思い当たったのか、仁義の顔に笑みが浮かぶ。万吏と同じく顔に疑問符を浮かべている里穂が、仁義の制服の袖をちょいちょいと引っ張った。
「ジン、誰か分かるっすか?」
その質問に、彼はどこか楽しそうに返答する。
「多分だけど……政宗さんじゃないかなって」
「あぁ、政さんっすね!!」
すぐに合点がいった里穂は、1人だけ理解出来ていない万吏に、ドヤ顔でこんなことを言った。
「万ちゃん、政さんは凄い人なんっすよ!! なんてったって、うち兄と一緒に新しい組織を立ち上げて、そこの偉い人になる人なんっすから!!」
「うち兄……名杙統治君だよね。ってことはその政さんも、名杙家の人なの?」
当然の問いかけに、里穂は首を大きく横に振った。
「それが違うっす!! 政さんは名杙家じゃないのに名杙を認めさせた、本当に凄い人なんっす!!」
「名杙じゃ、ない……!?」
里穂の言葉に万吏は思わず息を呑んだ。
あの閉鎖的な家を認めさせ、次期当主候補筆頭である統治と共に組織を立ち上げようとしている人物。
そんな人物が、本当にいるのだろうか?
半信半疑の万吏が言い淀んでいると、リビングに陽介が入ってきた。そして、里穂と仁義を子ども部屋に戻るよう促してから……自分の隣に立っている青年を紹介してくれる。
真新しいスーツ姿に負けない、意志の強さを感じる真っ直ぐな眼差し。それだけで彼がどれだけの修羅場をくぐり抜けて来たのかが何となく分かるほど、年下とは思えない、堂々とした佇まいに思えた。
「万吏君、彼は佐藤政宗君。今度、統治君と一緒に、仙台に名杙の窓口を開設することになったんだ。ただ、彼は経理については素人だから……色々と力になってあげてくれないかな」
「初めまして、佐藤政宗です」
彼――政宗はよく通る声で自己紹介をした後、深く頭を下げる。
万吏も立ち上がって頭を下げた後……自分から、手を伸ばしていた。
彼と繋がれば、きっとこれから面白いことになる――そんな、根拠のない予感。
久しぶりにワクワクする、そんな高揚感。
「初めまして、公認会計士の茂庭万吏です。これから宜しくね、政宗君」
そう言った彼の手を、政宗の手がしっかり握り返して。
かつて死神と呼ばれた政宗と、疫病神というそしりをうけた万吏。
そんな2人の縁が繋がり、物語は今に至る。
「名杙は……俺たちが知らないところで、相当の権力を持ってる。立ち向かおうと思ったら、相当の覚悟が必要だな」
「マジですか。名杙の実家って凄いんすね」
「……心愛が凄いわけじゃないもん」
黙って話を聞いていた心愛は、環の言葉にフイと視線をそらして……カバンから取り出したペットボトルのお茶を飲んだ。里穂はそんな心愛を見やり、苦笑いで口を開く。
「ココちゃんがいるのに、あまりこんなこと言っちゃ駄目かもしれないっすけど……政さんが来るまでの名杙家は、正直、今よりずっと閉鎖的で怖かったっす。私みたいな分家は……親戚なのに、なんか、下に見られてる気がして……うち兄ともあんなに親しく話せなかったっすよ。雲の上の人って感じで」
「そうなんすか」
「でも、政さんがうち兄と一緒にいてくれるようになって、少しずつ……本当に少しずつっすけど、風向きが変わり始めてると思うっす。その理由がケッカさんだったことを知った時は、ちょっと驚いたっすけど……ケッカさんと会って、その理由が分かった気がするっす。そして、政さんとうち兄には、ケッカさんが必要だってことも。組織的にもケッカさんがいてくれた方が、戦力アップになるっすね」
「戦力アップ?」
「ここでココちゃんに問題っす!! 『縁故』のランクを示す5資格、全部言えるっすか?」
「えぇっ!? え、えっと、えっと……」
突然話を振られた心愛は、必死に記憶と知識をつなぎ合わせ……指を折って数えながら返答した。
「えっと……初級縁故、中級縁故、上級縁故、特級縁故……統括縁故!!」
「正解っす!!」
里穂はドヤ顔で手を叩いた後……仁義を見つめ、首を傾げた。
「……正解っすよね?」
「正しいよ。里穂、正解を知らずに問題を出したの……?」
仁義からジト目を向けられ、里穂は慌てて視線をそらした。
「支局長になるには、一番上の『統括縁故』にならないと駄目っすけど、ケッカさんは仙台にいなかった『特級縁故』っす。管理職にならなければ最上位、能力としては申し分ないっすね。ちなみに私とジンは『上級縁故』っす。今度、ココちゃんが挑戦するのが『中級縁故』で、森君は『初級縁故』っすよね。私もちょーっと『特級縁故』の受験資格を見たことがあるっすけど、年間で150件以上の実績が必須になるっすよ。やってみると分かるっすけど、ほぼ1日おきに縁切りをしなきゃ稼げない数字なので、地味に大変っす」
「そうなんだ……」
心愛が感嘆の声を漏らし、慌てて視線をそらした。
「『特級縁故』になると、急にレベルが上がるっすね。私はまだまだっす。だから……『仙台支局』の仕事量を守るためにも、ケッカさんは必要なんっすよ」
里穂はこう言って、壁にかかっている時計を見上げた。
時刻は間もなく16時30分。統治が福岡へ出発する時間である。
「全員で……帰ってくるといいっすねぇ……」
里穂がポツリと漏らした言葉に、その場に居た全員が静かに同意した。
刹那、衝立の向こうから華蓮が顔を出し、「茂庭さん」と万吏へ声をかける。
「佐藤支局長から電話です。現時点での責任者と話がしたいと言っていますが……どうしますか?」
この言葉に、万吏は口元へ笑みを浮かべると……静かに立ち上がった。
「……了解。茂庭支局長代理の初仕事、だな」
仙台支局は平和です。(今の所)
物語の後半でも仙台の様子は挿入しますので、お楽しみにっすよー!!
そして本文中の挿絵は、涼子(と、蓮華蓮役)の狛原ひのさんが描いてくれました!! 万吏の倒れそうな儚さと、それを支える涼子の内なる強さをしっかりと表してもらって……
……というか、確か霧原はこの絵を見て、この短編を書いたんですよ、えぇ、絵が完全に先だったんです。霧原が絵に這い寄ったんです!! おかげでキャラの素敵なエピソードを生み出すことが出来ました。本当にありがとうございます……!!