エピローグ:スリーコード・アンサンブル
ユカが仙台へ戻ってきて、最初の1週間があっという間に過ぎ去った土曜日の夕方、時刻は間もなく17時30分。
いつもの3人――ユカ、政宗、統治――は、政宗の家のリビングに集まって、情報を共有しようと顔を突き合わせていた。
「政宗、何か分かったと?」
ダイニングテーブルの椅子に座り、ホットコーヒーを飲みながらユカが尋ねると……彼女の隣に座っている政宗が、足元に置いたトートバックからクリアファイルを取り出した。
「ケッカに言われて、ちょっと調べてみたんだけど……三浦美紀さんは確かに、国分町の飲食店で働いていたらしいんだ。いわゆる歓楽街にあるスナックで……今はもう閉店して別の店になってるんだけど、ここで妙なことが分かった」
政宗がクリアファイルから取り出したのは、古い名簿のコピーだった。見出しには『国分町商工会登録店舗一覧』と記載されており、店の名前と住所、電話番号、当時の店主の名前がリスト化されている。右上に書いてある日付は、今から約15年ほど前のものだった。
あの日――仙台の沿岸部で三浦美紀の『関係縁』を切って、車で『仙台支局』へ戻る道すがら。
助手席でスマートフォンでの調べ物を終えたユカは、画面の明かりを落として……政宗へ問いかける。
「ねぇ政宗、今日の三浦美紀さんって……『生前調書』と違うこと、言っとらんかった?」
「違うこと?」
「そう。『生前調書』に書いてあった彼女の経歴は、高卒で旅館で住み込みをした後、家政婦として雇われたって書いてあったんよ。ちょっと特殊やけん、覚えとったっちゃけどね……」
ユカはここで言葉を切ると、先程の美紀の言葉を思い出す。
――あの時は確か……『あけみ』で働いていたんですけど、ママからその仕事を辞めるように言われて……それから、この家でお世話になっていました。
「旅館やったら『ママ』じゃなくて『女将』って言うと思わん? それに、働いとった旅館? の、名前も……正直、場末のスナック感があるっていうか……」
ユカの疑問に、政宗はハンドルを握ったまま顔をしかめた。
「言われてみればそうだけど……でも、わざわざ虚偽の情報にする理由は?」
「今回の『生前調書』の中の経歴って、千葉君を経由して新聞社の持っとる情報を使ったっちゃろ?」
「いや、今回は……警察側だったはずだぞ」
『縁故』が仕事前に見る『生前調書』は、これから『縁切り』を実行する『遺痕』が、生前にどんな人生をお送り、どうして死に至ったのか。そして……死後、『遺痕』となりどんな悪影響を及ぼしているのか、を、凝縮して記載したものだ。『遺痕』の状態に関してはユカ達でも記載出来るが、生前の情報や死因ともなると、個人で調べるには限界がある。
場所によっては探偵のような専門の調査官を雇っているところもあるが、『仙台支局』の場合は警察内部の協力者に情報提供してもらったり、新聞社の協力者に情報を提供してもらっていた。その新聞社側のエージェントが、8月にセレナへ一目惚れして、転職を悩んでいる千葉駆だ。
今回の3人分の『生前調書』は、どうやら警察から得た情報を元に作成されたらしい。
「警察が持っとる情報が、最初から意図的に事実と違う情報やった可能性があると思ったと。現に……今、スマホで簡単に調べたっちゃけど、戸塚君が自殺したって情報は、全然引っかからんかったと」
「そうなのか?」
「簡単に名前とキーワードで検索をかけただけやけどね。小学生、しかも……父親は地元企業の社長。全国区にはならんでも、県内では多少報道されてもおかしくないネタだと思うんよ。名前を伏せたのかもしれんと思ったけど、彼が自殺した時期に、それらしいニュースはなかった。警察では彼の自殺を把握しとるにも関わらず、やけんね。遺族感情とかあるやろうし、多感な他の子が引きずられんように配慮した可能性もあるけど……情報がなさすぎる」
断言するユカに政宗は舌を巻きつつ、赤信号に従って車を一時停止させた。そして、ハンドルを握ったまま横目でユカを見やり、今後の動き方を問いかける。
「それでケッカ、俺が調べた方がいいことは?」
「そうやね……『あけみ』って名前のスナックが国分町に本当にあったのか、かな。まずはそこから知りたい」
「分かった。既に潰れてる可能性もあるよな……ちょっと調べてみるよ」
政宗がそう言った瞬間、信号が青に変わり……車は再び、仙台市中心部を目指して進み始めた。
そして、今。政宗の「調査結果を共有したい」という一言で、3人はこの場所に集まっていた。
「このリストは、国分町で俺が懇意にしてる飲み屋のおじちゃんの口添えで複写させてもらったんだけどな……」
その前置きに、ユカが「おぉ」と軽く目を見開く。
「政宗の酒癖の悪さも、役にたつことがあるんやね……」
「一言余計だ。で、美紀さんの働いていた店が、恐らくココだな。名前が一致しているし、何よりも……店主の名前が――」
政宗が指差した先には、その当時、店を切り盛りしていたとされている店主の名前が記載されていた。
「名波、利子さん……え? 名波?」
ユカは声に出してその名前を反すうし、驚きで更に目を見開いた。
名波――それは、名杙の分家の名字。
かつて『仙台支局』を潰しかけた少年と、同じ名字の女性だ。
でも、もしかしたら関係ない人かもしれない……動揺を隠しつつ顔をしかめるユカへ、政宗は更に、驚きの事実を告げた。
「彼女は……名波華さんの母親だ」
「はぁっ!?」
予想以上の内容に、ユカは極限まで目を見開いてリストを凝視した。統治もまた同様に、立ち上がって2人の方へ近づいてくると、ユカと一緒にリストを見下ろして……息を呑む。
名波華
かつて名杙直系に生まれながら分家の娘として扱われ、『縁故』としての才能を活かす場も与えられず、先の災害で亡くなった――そんな女性だ。
そして、ユカが仙台へ来る間接的なキッカケとなった女性でもある。
「嘘やろ……こげなことってあると……? え? じゃあ、今も名波家は国分町でお店を?」
ユカの問いかけに、政宗は首を横に振った。
「利子さんがあの災害で亡くなってから割とすぐに、この店は名波と関係がない不動産会社に売却されて……今は名波と関係ない人が居酒屋を経営しているはずだ。詳しく調べたわけじゃないけど、今、商工会に登録されていたのはこの名前の店じゃない」
「そうなんやね……」
ユカは呆けたまま椅子に座り直し、頬杖をついてため息をついた。
まさか……まさか、こんなところで名波の――名杙分家の関係者に行き当たるとは、思っていなかったのだ。
「それにしても、なして店の名前が『あけみ』なんやろうね……利子さんの源氏名みたいなものなんやろうか……」
「飲み屋のおじちゃん情報によると、利子さんは先代のママから店を引き継いだ2代目だったんだそうだ。恐らく初代の女性の名前が『あけみ』だったんだろうな」
「なるほど……時代やねぇ……」
ユカはふと、脳裏に分町ママの姿を思い浮かべて、彼女が生きていた時代に、もしかしたら利子とすれ違うことがあったのかもしれないと……そんなことを思いながら肩をすくめた。
そして、ユカの斜め前――政宗の前の椅子に座って思案している統治を見やり、とりあえずの方針を問いかける。
「ねぇ統治……あたし達、これ以上、深入りせん方がよか?」
ユカの言葉に、政宗もまた、手元のリストを片付けながら……統治の考えを待つ。
名波家の人間が関わっていることが分かったということは、何かあれば名杙本家にも火の粉が飛んでくる可能性がある。
そして――戸塚歩夢の戸籍は操作されている可能性が高くなった。戸籍を操作することなど、実は――名杙にとっては造作もないことだ。あの家にはそれだけの力と、誇れない実績があるのだから。
美紀が産んだ後に特別養子縁組等をした可能性はあるけれど、彼らがそんな『人道的な』扱いを受けているとは思えない。
この件には、もしかしたら……名杙本家か、分家の筆頭主か、とにかく今の『仙台支局』よりも権力を持った存在が絡んでいる可能性が出てしまったのだ。
しかも、名波利子は……統治の叔父にあたる名杙慶次とかつて婚姻関係にあった女性だ。利子自身は亡くなっているけれど、慶次はまだ生きており、今の名杙家を構成する中心人物の一人でもある。今後の状況によっては彼との関係が更に悪化する可能性が出てしまった。
藪をつついて蛇を出したくないのが本音の『仙台支局』だが、ここまで知ってしまったら結末が気になってしまう。でも、自分たちが動きすぎて、名杙本家の中で統治や政宗の立場が危うくなったり、いらぬ敵を作りたくない。そんな事情もあるから……2人は統治の意思を無視してまでも、この件に深入りするつもりはない。
2人から視線を向けられた統治は、その場で少し考えた後……顔を上げて、結論を告げる。
「……この件、一度俺に引き取らせてもらえないだろうか。名杙側で確認をしたいことがあるんだ」
この答えに、ユカと政宗は迷いなく頷いた。
「分かった。何かあったらこっそり教えてね」
「ああ。必ず報告する」
統治は力強く頷くと……政宗に、「リストの写真を撮らせてくれないか?」と提案して、了承を受ける。
彼らが書面の情報を共有している間……ユカは手元のコーヒーをすすって、華の存在からいつまでも逃れられないことに強烈な因果を感じ、苦笑いを浮かべるのだった。
その後、この話はもうやめにして……3人は夕食の用意を始める。
「先週は3人とも、福岡におったとやんねぇ……」
食器が並んでいる棚の前に立ち、3人分の取皿や箸を用意しながら……ユカは一人、しみじみと呟いていた。
本当に、この10月の上半期は色々なことが起こりすぎていて……きちんと整理するには、もう少し時間が欲しい。
仙台でも新たな火種を見つけた気がするけれど……どうかこれ以上燃えませんように、と、祈るだけだ。
「統治、これは先に持っていってよかと?」
「ああ。適当に並べておいてくれ」
コンロの前で味噌汁をかき混ぜながら統治が頷いたので、ユカは手に持った皿などをテーブルへ運んだ。そして、先ほどと同じ位置に並べながら……キッチンで冷蔵庫からビールを取り出す政宗と、それをジト目を向ける統治を見やり、思わず口元を緩める。
この先、何が起こるかなんて……今は誰にも分からない。
今はもう、ユカも『縁故』として働くことが出来ているけれど……また、能力が不安定になることがあるかもしれない。
大切な人が傷つき、倒れる瞬間を、目の当たりにすることがあるかもしれない。
不安が渦巻くそんな中で、唯一分かっていることがあるとすれば……これから3人で食べる食事が、とても美味しいに決まっているということ。
今……ここで、3人が一緒にいられるということ。
その事実がユカを奮い立たせてくれるし……そして、2人にとっても未来への活力になる、そう信じたい。
「魚のいいニオイがする……!!」
皿などを並べ終えたユカが統治の方へ近づくと、コンロの前で少しだけ膝をかがめた。そして、視線の先――グリルで焼けているサンマを見つめ、目を輝かせる。
「時期は少し早いが、女川のサンマが手に入ったんだ」
「宮城のサンマって脂がのっとって美味しいっちゃろ? 秋の味覚って感じやねぇ……食べる時はポン酢なん?」
「軽く塩はふってあるが、味は好きにすればいい。佐藤、大根おろしは出来たか?」
統治がそういって政宗を見ると、彼が「もうちょっとだ……!!」と言いながら大根をすりおろしていることに気付いた。
「おぉ、政宗が働いとる」
「佐藤は人一倍大根おろしを使うんだ」
「へー」
さして興味があるわけではなかったのでそこは軽く聞き流しつつ……ユカは焼き加減を見ている統治を見やり、オズオズと問いかけた。
「その……統治、あたしが近いうちにここに住むこと、政宗から聞いとる?」
その言葉に、統治は「ああ」と端的に頷いた後、グリルの火を切った。そして、取っ手を握って中身を引き出しながら……口元を少しだけ綻ばせる。
「これで俺も、この部屋の掃除に気をもむ必要がなくなるな」
「えっ!? そげなこと言わんでよ統治!! むしろ3人で住んでもよかよ!?」
「遠慮させてもらう」
統治はユカからの申し出を秒で斬り捨てながら、魚用の長方形の皿に、焼けたサンマを1本ずつ置いていく。焦げた皮がパリパリと音を立てており、裂け目からは脂が滴り落ちていた。
まばたきを忘れてそれを凝視しているユカに、「これを運んでくれ」と指示を出した統治は、とりあえず2つ持って行く彼女の背中を見送りつつ……肩をすくめる。すると。
「――統治、終わったぞ!!」
一心不乱に大根をすりおろしていた政宗が、ドヤ顔で統治を呼んだ。同じタイミングで戻ってきたユカが、政宗の脇にある大根おろしを発見して……目を見開く。
「そげん使うと!? 3人分にしても多すぎるんやけど!?」
「何ってるんだよケッカ。サンマといえばコレとポン酢だよな、統治」
2人が同時に統治へ注目する中、本人は2人へ背を向けて冷蔵庫へ向かった。そして、野菜室からあるものを取り出すと……それを、2人の眼前に翳す。
「俺はレモン派だ」
かくして。
女川のサンマと、仙台味噌で仕上げただんご汁。そこに炊きたての白米と、その他……辛子明太子や高菜漬け、長なす漬けにしそ巻などなどなど。
テーブルに並んだ食事を前にユカは両手を合わせると、そこに心からの感謝を添える。
「――いただきます」
今日の食事を、この時間を楽しんで……これからまた、3人で前に進めるように。
リアルでは2020年の1月末ですが、作中では10月なのでサンマです。
秋といえばサンマ!! グリルで一本焼くのが美味しいんだ……あぁ、早く秋になればいいのに……。←
仙台味噌をベースにしただご汁が美味しいのかどうかは分かりませんが、きっと美味しいと思います。あと、白米はコシヒカリ派です!! 新米食べたい!!(割と食べてるわよ霧原さん)
さて。
トータル1ヶ月半ほど(休止期間含む)続けてきたエンコ第7幕も、これで無事に終わりです!! 追いかけてくださった皆様、本当にありがとうございます!!
7幕はユカの過去に踏み込むということで、福岡を舞台に色々なことを書きましたが……結局、彼女の体を成長させる核心には至っていないので、そろそろなんか考えたいですね。(ざっくり)
政宗も告白したり、励ましたり……同居を打診されたり、色々なことがありました。そして統治、君の笑ったところを書けて本当に良かったよ!! これからも色々な表情を引き出しいていけるといいな……!!
この3人は書き進めるたびに、親戚のおばちゃんのような気分で見てしまいます。「あぁー、成長したわね」みたいな感じです。勿論、彼らのこれからには引き続き困難が立ちはだかりますが、きっと3人なら大丈夫だと思って、これからも容赦せずに書いていきたいと思います!!
それでは……2020年秋に開始予定、エンコサイヨウ第8幕でお会いできることを祈って!!
開始出来ると!! いいな!! 頑張ります!!




