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エピソード7:あの時の君へ③

 同日、時は少しだけ遡り、時刻は間もなく19時になろうかという頃。

 自室で洋服を整理していたセレナは、ユカからメッセージが届いていることに気がついて……スマートフォンを手に取ると、その内容を確認して、肩をなでおろす。

「良かった……無事に着いたっちゃね」

 ユカから届いていたのは、無事に仙台へ到着したという報告と、滞在に関する簡単な謝辞だった。セレナはスタンプを使って返信しつつ……今日の午後、空港の土産物屋で聞いた話を思い出す。


「あれから色々考えて……正直、この結論が正しいかどうか分からんと。でも……こうしてみたいなって思っとることが、あってね……」

「うんうん」

 彼女が改まってそんなことを言うから、何かと思って耳をそばだてると……本人はとても真面目に、こんなことを言い出したのだ。

「あたし、仙台で政宗と一緒に住もうと思っとると」

「えぇっ!?」

 前置きと共にユカがサラッと語った驚きの内容に、セレナは思わず大声を出してしまい……周囲から向けられた視線を、慌てて笑顔で誤魔化した。

 そして、視線の先を親友に戻すと……彼女の並々ならぬ斜め上の決意に、心の中で脱帽するしかない。飛躍しすぎている気がしなくもないけれど。

「ゆ、ユカ……それ、本当にやるつもりなん?」

「え? あ、うん。多分……これくらいせんといかんやろうな、って」

「まぁ確かに、今のムネリン見とったらそげん思うのも分かるけど……」

 ユカの考えに思わず納得してしまう、そんな自分に思わず笑みがうかんだ。

 確かにこの2人は、収まるべきところに収まったとはいえ……このまま安穏を求めるようなタイプではないし、周囲(境遇)がそれを許さないだろう。

 それに、仙台でユカは複数回体調を崩しているらしい。セレナとしても、何かあった時に人の目があるのは安心出来る。だからといって、彼の部屋に生活ごとおしかけるつもりだとは思っていなかったけれど。

 やっぱり彼女には敵わない――セレナは無意識のうちに、心の底からそう思ってしまった。

「やっぱ、ユカは凄かよ」

 思ったことはちゃんと口に出す。

 彼女が自分の判断に、さらなる自信を持てるように。

 セレナの言葉に、ユカはどこか安心した様子で笑みを浮かべた。

「そ、そう?」

「うん。凄いと思う。やけんが……上手くいくといいね」

 本心からの激励に、ユカが更に笑顔で頷いて。

 その後、土産物を物色するユカを、セレナは隣で見守りながら……過程より結論を重視しがちな彼女らしい決意を思い出して、人知れず肩をすくめる。

「ムネリン……仙台に戻っても大変やねぇ……」

 

 ……という話を聞いた時のことを思い返し、セレナは自然と口元に笑みを浮かべた。

 ユカがいつ、この話を切り出すのか分からないけれど……彼女のことだから、早ければ今日の夜、政宗と2人になれるタイミングがあれば言い出しそうな気がする。むしろさっさと話を進めて、みんなをもっと驚かせて欲しい。

「ムネリンの顔、実況生中継してほしかねーっ!! あー、せめて写真が欲しいっ……!!」

 ユカへ『お疲れ様』とSuicaペンギンのスタンプを送りつつ、セレナは2人の今後を思うと……ニヤニヤが抑えられなくなってきた。

 しかし、同時にふと我に返ると……こんな疑問を浮かべる。

「結局2人って……付き合っとる、と?」

 部屋の中に響いた問いかけは、誰からの回答を得ることもなく……静かに消えていった。


 時と場所は戻り、政宗の部屋の中では……家主が現実を受け入れられず、盛大に混乱していた。

 今、彼女は凄まじいことを言った。言語としては理解出来るけれど、内容としては一切理解出来ない。

「ちょ、ちょっと待ってくれケッカ。話が飛躍しすぎていて俺はわけが分からない」

「そうやね。今の政宗、言葉に出来んくらい気色悪か顔しとるよ」

「マジで!?」

 慌てて両手で頬を押さえる彼は、どこまでも真面目な彼女に萎縮しつつ……。

「どういうことだ? っていうか……一緒に住むって、ど、どこで?」

 確認するまでもないとは思っているけれど、念の為に……自分が整理する時間を稼ぐために、政宗はビクビクしながら問いかける。

 その問いかけに、ユカは静かに指を立てると……テーブルをトントンと軽く叩いた。

「ここ、一部屋余っとるやろ? あたし荷物少ないけんが、あれだけ収納があれば十分なんよ」

「そ、そうでしょうねハイ喜んで……じゃなくて!! どうしていきなり一緒に住もうなんて……!!」

 先程から彼女の真意が見えない。しどろもどろになりながら問いかける政宗に対して、ユカはあくまでも冷静に、それでいてとても真剣に言葉を続けた。

「さっき、政宗が倒れたやろ? 伊達先生が言うには、しばらくの間、記憶障害とか……何か弊害が発生するかもしれんけんが、しばらく経過を観察したほうがいいんだって」

「そ、そうだったのか……っつーか伊達先生、それ、俺にもちゃんと言ってほしかったんですけど……」

 先程、笑顔で帰宅した聖人の笑顔が脳裏をかすめた政宗は、ついたため息とともにそれをかき消して……ユカを見つめる。

「ケッカも体調を崩したら心配だから……まぁ、誰かが一緒に居たほうがいいとは思ってたけど……」

「そういう意味では利害が一致しとるってわけ。それに……あたし、政宗のこと、実はちゃんと知らんなって思ったと。それで……それはもしかしたら、政宗も同じかもしれんな、って」

「それは……」

 ユカの指摘に政宗は口ごもり、彼女に対抗出来る言葉を探していた。

 10年間、付かず離れずだった関係。その間に2人は違う環境で――真逆とも言える環境で生きてきた。

 ユカは福岡で、完成した組織の中で己を守る術を身につけて。

 政宗は仙台で、新しい組織を作るために攻め続けていた。

「あたし達……っていうかあたしが、もうちょっと時間が欲しいのかもしれん。政宗の10年を知るには半年じゃ短すぎるけんね。それぐらい……お互いに変わったと思っとる」

 無言で思案している彼の様子を観察しつつ……ユカはどこまでも冷静に『説得』を続けた。

「これからも仙台で一緒に仕事するし、必要なら互いの家も行き来するとは思うっちゃけど……なんかこう、それだけじゃ埒が明かんっていうか、とにかく現状維持じゃ駄目だなって思ったと。あたしたちが本当に好き同士なら、互いに妥協しながら一緒に暮らせるはずやし……そうじゃなかったら、見切りをつけるいいキッカケになると思うと」

 先程からユカの見解があまりにも男前すぎて、政宗は「お、おう……」と、頷くことしか出来ないまま。

 そして、彼女自身が未来を見据えて、自分から近づこうとしてくれていることに……嬉しさが、こみ上げる。

 要するに政宗が何も言えないでいると、ユカは不意に彼を指差して、次に自分を指差した。

「伊達先生に言わせると、政宗と、あたしは、相性が良すぎるんだって。やけんが、トラブルもこれから更に沢山出てくるとは思うけど……だからこそ、どうやって補い合っていけばいいのかをちゃんと考えたいと。でないと……これから先、ずっと一緒にげないられんと思うっちゃんね」


 『関係縁』を繋げ続けるために、今の自分に出来ること。

 それは……状況を俯瞰することではない。あえて、渦中に飛び込んでいくことだと思った。


「福岡では、ちゃんと思い出すって言ったけど……もう、それにこだわるのもやめる。勿論、思い出せたら御の字やし、過去の自分を蔑ろにするわけじゃないっちゃけど……『関係縁』の色とか、過去の感情とか意見とか、それを理由にするんじゃなくて、今のあたしのままで……政宗のことをどう思うのか、ちゃんと決めて返事をしたい」

「ケッカ……」

「それで答えが一致したらあたしもスッキリするし、もしも、仮に一致しなかったとしても……それが今のあたしの評価なんだと思って、受け入れて欲しい、かな」

 どこかためらいがちにそう言った彼女へ、政宗は静かに首を縦に動かす。

「……分かった」

 政宗が頷いたことを確認したユカは、口元を緩めて肩の力を抜いた。そして彼に触れようと手を伸ばしたが……先程のことを思い出して、そっと、手を自分の方へ引っ込める。

 一方的に喋ってしまい、結局、遠回しに彼の気持ちを否定してしまった気もするけれど……これが自分に可能な、かつ必要な、最大級の落とし所だと思う。


 過去の自分が、麻里子と同じ家で過ごして――前に進めたように。

 1人から2人になることで、間違いなく、何か変わる。

 それがどんな結果になっても――今後、彼と袂を分かつ未来を選ぶことになったとしても、このままぬるま湯の中で守られるよりずっとマシだ。



 ――動け。



 あの時の自分へ、福岡タワーで麻里子から言われた一言。

 2人の隣にいたい、そう強く思った、あの夏の日。

 

 立ち止まる暇はない。2人はどんどん先へ行ってしまう。

 友人からの縁故採用で働いているだなんて――2人に引き上げてもらっているなんて、もう、思いたくない。

 

 ユカは政宗を見ると、苦笑いで口を開いた。

「なんか、その……厳しいこと言ったみたいになって、ごめん。あたし、そういうこと曖昧に出来んっていうか……」

「……ああ。よく知ってる。それがケッカだからな」

「ありがと」

 そう言って同意してくれる。彼の腹のくくり方も、今のユカには頼もしいことこの上ない。

 彼女は両肩の力を抜いて、椅子の背もたれに体を預けた。そして視線だけを政宗に向けて、口元に笑みを浮かべる。

「やけんが――もう、1人では頑張らん。どうせならちゃんと好きになりたいけん……今の政宗のいいところ、今のあたしに沢山見せてね」

 そう言って笑顔を向ける彼女に見惚れ、政宗は思わず目をそらした。

 間違いなくユカは無意識だと思うけれど、今後、こんなことが日常茶飯事になるのかと思うと……急に不整脈が心配になる。

「ど、努力……します……」

 萎縮して声が小さくなる政宗を、ユカが不満そうなジト目で見つめた。

「なんね政宗。嫌なら嫌って言わんと分からんよ?」

「い、嫌なわけないだろ!? むしろそこまで真剣に考えてくれてることが嬉しいけど気が利いたこと言えないんだよ!!」

 心情を吐露した彼は、机の上にあった彼女の手を両手で強く握りしめた。そして、そんなことをして大丈夫かと視線で尋ねるユカを見据え……口を開く。

「……俺、負けないからな」

「別に勝負とかしとらんよ?」

「いやその敗北感が凄まじいんですよケッカさん!! 俺が現状に甘んじようとしているところを見透かされた気がして……やっぱり、ケッカには敵わないなって思うし、俺もこのままでいたくない」

「なるほど。それで……あたしの今の提案に対する、政宗の答えは?」

 ユカがどこか意地悪な表情で彼に意思を問いかけると、政宗は視線を泳がせつつ……なけなしの勇気を雑巾より振り絞って、彼女をしっかりと見つめた。そして。

「当然、受けて立つよ。ここで一緒に生活して、それで、ケッカには今の俺をちゃんと見てもらって……返事をもらう。要するに俺は選んでもらえるように、そして……ケッカを本来の姿へ戻せるよう、引き続き頑張るだけだな」

「そうやね。少なくとも……お酒で失敗ばっかりしとったらマイナスやけど」

 刹那、安易に予測出来る険悪な未来を提示された政宗が、ビシリと表情を固まらせて盛大に目を泳がせた。

「そ、それ、は……けど、部屋にケッカがいたら真っ直ぐ帰って来て――!!」

「――家でビール飲むっちゃろ?」

「……」

 己の未来を的確に予測され、政宗は思わず口をつぐみ……否定するように頭を振った。

 そんな彼を見つめ、ユカは苦笑いで肩をすくめる。

「まぁ、お互いにいい大人やけんが、節度を持って接すればよかっちゃなかと?」

「ソウデスネ……」

 彼女と話をしていると、自分の駄目なところがボロボロ出てくる気がする。身から出続ける錆に政宗が一人で疲弊していると、ユカは笑いながら慰めの――言われた方は特にそうでもない言葉を口にした。

「大丈夫。政宗、麻里子様より酷くなかやろ? 麻里子様、酔っ払って屋台をエントランスまで引きずってきたことあるけんね」

「判断基準そこかよっていうかなんだよその強すぎるエピソード!! それを越えるエピソードなんか一生かかっても無理だよ!!」

 ユカの言葉に政宗はガクリと肩を落としながら……ふと、気になったことを問いかける。

「そういえば……ケッカって、麻里子様とはいつまで一緒に住んでたんだ?」

「んー、あたしが単位制の高校を卒業するまで、やけんが……1年ちょっと前、やろうか……」

 思ったよりも最近の話だったことに政宗は驚きつつ……彼女の中で他人との同居に対する敷居が低すぎるから、こんなことになってしまったのではないかと邪推してしまう。ましてや自分は異性だ。同性の麻里子とは根本的に違うのに……。

 ……かといって、そこを指摘して「じゃあやめとく。」なんてキッパリ言われたくないから、絶対に口には出さないけれど。

 政宗が密かに黒い腹づもりで頷いていると、ユカは「んー……」と思案しつつ、こんなことを口にする。

「他人同士が一緒に住むんなら、最初に決めたルールを阿吽の呼吸で守れるようになれば大丈夫だって……麻里子様、そげなこと言っとったかな。やけんが、政宗とだったら大丈夫だと思う」

「な、なるほど……なるほど?」

「だって政宗も、伯父さん……やったっけ。親族の男性と一緒に住んどったっちゃろ? やけんが……」

「あぁ、そういうことか」

 ユカが『両親以外の人間と暮らしたことがあるから』という判断基準で自分を信頼してくれていることは嬉しいけれど、もう少し警戒心を持って欲しいのも事実。

 まぁ……そのあたりはおいおい、認識をすり合わせていけばいいとも思う。時間は限られていないのだから。

「じゃあ例えば……ケッカは何か、俺に守って欲しいことはあるのか?」

 政宗の問いかけに、ユカは一瞬迷った後……呼吸を整えて、はっきりとこう言った。


「……仕事の秘匿事項とか、よっぽどの事情がない限りは……嘘ついたり、隠し事せんで欲しい」

「っ……!!」


 政宗は一瞬目を見開くと……ユカの目の前で、はっきりと首を縦に動かず。

 そう遠くない過去に、自分の保身から彼女を傷つけた。それを忘れたわけではないし……今はもう、隠すことなど何もないのだから。

 彼は握っていた彼女の手を離すと、自身の左手を握って……彼女の方へ突き出した。

 

「分かった。じゃあ……これから改めて宜しくな、ケッカ」


 政宗の左手に握った左手をぶつけたユカは、「ありがとう」と呟いた後……意識して、呼吸を整えた。

 そして、あの時の――手紙を書いていた6月の自分に現状を教えてあげたいと、心から思う。


 君()好きになった男性(政宗)のことを、今を生きるあたしがしっかりと見極めて――結果を教えてあげるからね、と。

Q:ユカと政宗は付き合っているんですか?

A:いいえ。


Q:えっ? 一緒に住むらしいのに?

A:同居人扱いなんで……。

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