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エピソード7:あの時の君へ②

「政宗……!?」

 彼が無抵抗で床に叩きつけられた次の瞬間、ユカは椅子を蹴って立ち上がると、彼の隣にしゃがみこんだ。

 理由は分からない、けれど、彼が意識を失って倒れたこと――それが、現実だ。

 すぐに室内が静寂に包まれる。聞こえるのは……焦っている自分の呼吸音だけ。

「どげんなっとると……!?」

 全く分からないけれど、困惑してフリーズしている暇はない。ユカは力を振り絞って彼を仰向けにすると、真っ先に心臓の音を確認する。

「脈は、ある……そうだ、『生命縁』……!!」

 今のユカは、視界を切り替えたままだ。彼の頭の方へ回り込んで『生命縁』を凝視するが……今の所、特に変わった様子はない。

 しかしそれが逆に原因不明の要因ともなってしまい、今のユカにはどうすることも出来ないのが現状だ。

「『生命縁』に異常がないのに、なして……!?」

 焦るユカをよそに、目の前にいる彼は目を固く閉じたままでピクリとも動かない。先程まで会話をしていたはずなのに……部屋の中はシンと静まり返っており、跳ね返ってくるのは、不規則な自分の呼吸音だけ。

 彼が倒れてから、どれくらい経過している?


 もしもこのまま、彼が目を覚まさなかったら――



 ――心臓が掴まれたように苦しくなり、息が、出来なくなる。



「――っ!!」

 ユカは唇を噛み締めて自分のカバンへ駆け寄った。そして自分のスマートフォンを取り出すと、震える指先に力を入れて、電話をかける。こんな時に頼れるのは、宮城でたった一人だけだから。

 相手と繋がる間に政宗の方へと戻るが、彼の現状が変わらないことを目の当たりにするだけで……緊急事態であることに、何の変化もなかった。

「……お願い、お願い……っ!!」

 祈るように声を震わせ、待つこと数秒。呼び出し音が5回ほどなったところで――回線が切り替わる。


「もしもし、あなたの伊達先生で――」

「――伊達先生!!」


 電話の向こうにいる彼――聖人の声を遮り、ユカは萎縮した自分を鼓舞するためにも大きな声を出した。彼女の様子で何かを察した聖人は、「落ち着いて」と告げた後、冷静に現状を尋ねる。

「ケッカちゃん、どうかしたのかな?」

「あ、あの……政宗が、急に、倒れて……救急車って呼んでいいんでしょうか……!!」

「政宗君が……」

 ユカの言葉と焦りに事の重大さを感じた聖人は、努めて落ち着いた声音を心がけつつ……現状を把握するために質問を投げた。

「ケッカちゃん、彼の心臓や脈は止まってるのかな?」

「心臓は動いてます。『生命縁』にも異常はないんですけど……急に、倒れて……それで、目を覚ましてくれなくて……!!」

「なるほど……そうなる前、何か予兆みたいなことはなかった? もしくは誰かが、普段と違うことをしたりとか。直前の行動を、詳しく教えて欲しいんだけど」

「予兆……」

 聖人の言葉に、ユカは思案を巡らせる。

 そして、関係あるのか少し自信はないけれど……気付いたことを情報として提供した。

「彼が倒れる直前に、あたし、が……彼との『関係縁』を掴んでました。その後、政宗があたしに触った瞬間……急に……!!」

「なるほどね……うん、分かった。とりあえず今から自分がそっちに向かうよ。恐らく救急車を呼んで病院に搬送されても、何も出来ないと思うからね。無線で運転中も電話出来るようにしておくから、何かあったらすぐに連絡してね」

「分かり、ました……お願いしますっ……!!」

 ユカは両手で電話を握りしめ、深々と頭を下げる。そして聖人から「一枚、彼の現状をアプリで撮影しておいてね」というオーダーを承った後、通話を終了した。

 彼女が話をしている間も、彼はピクリとも動かなかった。聖人は心当たりがあるのか、特に取り乱した様子はなかったけれど……本当に、大丈夫なのだろうか。

「政宗……」

 名前を呼んでも、声が返ってくることはない。とりあえずアプリを起動して写真を撮影したユカは、それを聖人へ事務的に送信した後……改めて、彼を見た。

 いつも自分に笑顔を向けてくる彼の目も、口も、全てが固く閉ざされて……一切動かない。

 不安ばかりが、募っていく。

 ユカはせめてと思い、彼の左手を握った。繋がった『関係縁』は切れていない。『生命縁』も残っている。大丈夫、大丈夫、きっと、大丈夫。


 ――目視出来る情報から自分を安心させようとしても、目の前の彼が起き上がらなければ……全て、信用できない情報になってしまう。


「あたしが倒れた時……政宗、こげな思いやったとかな……」

 ポツリと呟いた言葉を、ユカは自分で笑い飛ばした。

 『縁故』として働いて10年。これまでにも仕事が立て込んで『混濁』し、フラつく人の姿は何度となく目の当たりにしてきたから……分かったつもりになっていた。

 そして、その上で……政宗は自分に対して過保護すぎる、そう思ったことも否定出来ない。

 けれど……その認識は改めたほうが良いのかもしれないと感じている。

 目の前で大切な人が意識を失って……焦るなという方が無理だし、同じことを繰り返したくなくて過保護になるのもしょうがないとさえ思えてしまう。

 今のユカにとって、彼は、それだけ――

「政宗っ……!!」

 震える唇を奥歯ごと噛み締めて、ユカは彼の様子に気を配りつつ……聖人の到着を待った。


 そして、ユカの電話から約20分後。

 部屋に到着した聖人は、リビングで寝ている政宗の脇に腰を下ろした。

 特に医療行為をするつもりはないらしく軽装で、目に見える手荷物は見当たらない。彼は政宗の右手首を掴んで脈を確認すると、ユカに改めて状況を問いかけた。

「政宗君は……急に倒れちゃったんだよね」

「は、はい。あたしの肩に触って、それで……」

「肩に……なるほどねぇ……」

 聖人がウンウンと頷く横で、ユカは表情と口調に焦りを滲ませた。

「あ、あの、伊達先生……なしてそげん落ち着いとると?」

 今のユカには、聖人の態度が信じられない。いくら病院で対処慣れしているとはいえ……あまりにも冷静すぎるから。

 困惑に懐疑が混ざり始めたユカに向けて、聖人は苦笑いで白状する。

「んー……実は、政宗君がこうなるの、初めてじゃないんだよね」

「そう、なんや……って、え!? そうなんですか!?」

 改めて驚くユカに、聖人はいつもどおり、落ち着いた口調で言葉を続けた。

「実はそうなんだ。初回は今年の6月、ケッカちゃんが最初に倒れた時だね。自分がここに彩衣さんと一緒にやって来た時に、政宗君も今回と同じように、気を失って倒れていたんだ」

「そんな……どうして……」

「これは、自分の経験と現実から推測したことだけど……ケッカちゃんの成長が遅いことに、原因があると思っていてね」

「あたしの……」

 やはり原因は自分にあった。彼女が少しだけ悔しそうに唇を噛みしめる中、聖人は政宗の脈拍数を計測して、口の中に異物が入っていないかも軽く確認しながら……普段の調子で言葉を続ける。

「6月、ケッカちゃんが一時的に成長した時の、『生命縁』が綺麗だったっていう写真は見せたよね。そして8月だったかな、ケッカちゃんの『生命縁』には『毒素』があるっている話、覚えてる?」

「それは……」


 それは、8月の上旬――セレナ達が来仙する直前のことだった。

 ふとした偶然が面白いほど悪い方へと重なってしまい、政宗や統治が自分に嘘をついていることがわかり……心がざわついていた時。

 仲裁に入ってくれた聖人が、ユカや政宗、統治、そして櫻子の前で、6月に何があったのかを端的に語ってくれたことがある。


「始まりはこの6月、ケッカちゃんが体調不良になったところから。ここからは自分の憶測だけど、恐らく『縁故』の仕事のストレスで『混濁』状態が極まって、『生命縁』に『ささくれ』が出来てしまった」

 『生命縁』がささくれる――己の命を繋ぎ止めている縁に生じた異変が事実だったことを改めて悟ったユカは、背筋に寒気を感じて、反射的に両手を握りしめる。

 ささくれが出来るとすれば、そのほとんどが『関係縁』、稀に『因縁』だ。『生命縁』への異常は聞いたことがない。本当に自分は、危ない状況だったのだろう。

 だとすれば……写真の中の『自分(ユカ)』は、どうしてあんなに笑えていたのだろうか。

 脳裏によぎった疑問は、一度、見ないふりをして。ユカは改めて、聖人の話の続きを聞くことに集中する。

「ケッカちゃんも知ってると思うけど、普通であれば、その『ささくれ』は外部からの影響を受けて、当人を面白おかしくするよね。でも、ケッカちゃんの場合は元々『生命縁』に毒素が蓄積していて、それが放出される形になってしまった。だから、体も成長して、『生命縁』も綺麗な状態になってしまった……と、自分は考えているよ」

「あたしの『生命縁』に、毒素……ですか?」

「ケッカちゃんの成長を妨げている因子……とでも呼べばいいかな。分かりやすい表現として、『毒素』は適切だと思うよ」

「じゃ、じゃあ、その『毒素』を取り除けば、あたしの体はちゃんと成長するってことなんですか?」

「自分の仮定が正しければ、だけどね。まぁ、そう上手くいけばいいんだけど……」


 彼との会話を思い出したユカは、オズオズと聖人を見やり、己の頭上を指差した。

「あたしの『生命縁』にささくれが出来ていて、でも、あの時はそれが原因で毒が抜けたって……」

「そう。今は『毒素』も出てないから、伊達先生も元気でいられるんだけど……伊達先生的には、その『毒素』は『生きている人間の生命力を奪うもの』なんじゃないかって思っていてね」

「生きている人間の……ってことは政宗は……!?」

 聖人の言葉にユカは目を見開いて彼を凝視したが、目を凝らして『生命縁』を見ても、特に変化はない。かといって、彼が起きる気配もないけれど。

「意味が分からん……どげんなっとると……?」

 顔をしかめるユカに、聖人は苦笑いで言葉を続ける。

「本来ならば毒になるはずの物質も、政宗君には効果が薄かった……というか、毒にならなかったんだよね。あまり仮説を並べても混乱させるだけだから控えるけれど、政宗君は常人ならば致死量の毒になる可能性のあるものに対して耐性がある。けれど無効になるわけではないから……今回はその毒素に突然触れて眠っちゃった、的なところかな」

「伊達先生……つまり、政宗は特殊なんですか?」

「あくまでもケッカちゃんに対して、ね。要するに眠っているだけだから、もう少しで目を覚ますとは思うし、優しく起こすくらいなら問題ないはずだけど……記憶障害や適応障害が出ないかどうか、しばらくは経過を観察したほうがいいかもしれないね」

「記憶障害……」

 今の自分にも言えることかもしれない。ユカはどうか政宗が自分と同じ思いをすることがないようにと思いつつ……聖人の話を整理して、唇を噛みしめる。


 政宗は自分のせいで倒れた。

 そういうことだ。



 でも――逆に考えてみれば。

 自分は今後、周囲に見境なく毒を撒き散らす可能性があるけれど……政宗はそれに耐えられる、ということにもなる。

 


「伊達先生……要するに政宗はあたしに耐性があるけんがそう簡単にはくたばらんし、『縁由』とかのせいで、その……えっと、ストーカーになるんやったっけ……?」

 聖人の話を自分なりにかいつまんだユカへ、語った本人が苦笑いを浮かべる。

「言葉のチョイスが絶妙だけど、まぁそんな可能性はあると思うよ。2人は本当に……相性が抜群なんだよね」

「それ、今言われても嬉しくないですけど……」

 ユカはそう言ってため息をついた後、改めて、政宗へと視線を向けた。

 彼はまだ目覚めない。まるで泥のように眠っている。

 もしもこの場に居合わせたのが統治や聖人だったら、彼らはこの程度で済まなかったかもしれない。

 それは、やはり……自分の中に出た結論に確証を得るため、聖人を見て冷静に問いかける。

「要するに……互いのヤバい部分を補い合うためには、一緒におったほうがいいこともあるかもってことですよね?」

「確かに、そういう考え方も出来るね。ケッカちゃんには何か策がありそうだけど」

「策というか、考えていることがあって……」

 ユカが続けた内容に、聖人は軽く目を見開いた後……苦笑いで肩をすくめる。

「自分としても興味深いから、それを止める理由はないけれど……政宗君のメンタルが持たないんじゃないかな」


 その後、聖人が何度か彼を揺り動かし……同時に、、ユカが彼の名前を呼んだ。

「政宗……政宗……!!」

 そんなことを続けて十数秒後、固く閉ざされていた彼のまぶたがピクリと動き……ゆっくりと、動き始める。

 それを見ているだけで……思わず、気が緩んだ。

「……あ、れ……俺、何を……」

 半分ほどまぶたが開いたところで、ユカ以外の人物に気付いたのだろう。顔をしかめてゆっくりと唇を動かす政宗へと、聖人が笑顔で手をひらひらと振ってみせた。

「おはよう、政宗君。さて、自分は一体何先生でしょうか?」

「伊達先生……です、よね……」

「ぴんぽーん。と、いうわけでおかえり、政宗君。主治医の伊達先生だよ」

 普段どおりに飄々と語る聖人は、起き上がろうとする政宗の両肩を支えながら……左手首を掴み、脈拍を確認した。

「脈は……大丈夫そうだね。気分が悪いとか、違和感を感じるところはあるのかな?」

「いえ、特には……体が疲れているくらいで……」

「きっと寝れば治ると思うよ。ね、ケッカちゃん」

 話を振られたユカは、「あ、えっと……」とまごつきながら……まだぼんやりしている彼を見つめて、苦笑いを浮かべた。

「ったく……そげん呆けた顔せんでよね、バカ政宗」

「え? あ……え?」

「政宗がそこで寝ても、あたし、部屋まで運べんけんね。伊達先生、わざわざありがとうございました」

 そう言ってユカが座ったまま聖人へ頭を下げると、立ち上がった彼が「いえいえ」と言いながら政宗を見下ろした。

「政宗君も起きたから、自分も帰るよ。あ、そうだ政宗君、明日の午後、事務所の鍵を返しに行くからね」

「へっ!? あ……分かり……ました……」

 本当は何も分かっていないのだが、聖人へこれ以上迷惑をかけないようにとりあえず頷いて。

 「じゃーねー」と手を振って背を向ける彼をその場で見送りながら……政宗は釈然としない表情で、立ち上がったユカを見上げる。

 訳がわからない、その一言に尽きるから。

「なぁ、ケッカ……俺、一体何が……」

「ねぇ政宗、目を覚ます直前まで何をしとったか……どれくらい覚えとる?」

「え? えっと……確か、福岡から帰ってきて、手紙を読んで、それで……」

 そこから先が曖昧らしい。ユカは「なるほど」と思案した後、とりあえず椅子に座るよう誘った。そして、先程のように隣に並んで腰を下ろした後、冷えたコーヒーを一口すすって……話を切り出す。

「政宗、あたしに触った瞬間に気を失ったと。あたしが記憶を取り戻したくて、『関係縁』を掴んどったら……」

「そう、だったのか……でも、どうして……」

「政宗、前にも同じように倒れたことがあるっちゃろ? 伊達先生が言うには、その時と同じ現象が発生したんだろうって。要するに……あたしのせい」

 最後の一言を強調するユカに、政宗は慌てて頭を振った。

「これはケッカのせいじゃない。どうしようもない、って言ったら身も蓋もないけど、でも――!!」

「――でも、原因はあたしにあるとよ。それはちゃんと把握しとかんとね」

 冷静にこう言ったユカに、言い返す言葉を見つけられない。

 違うとは言えないけれど、でも、彼女が責任を感じないように慰めたいのに……適切な言葉が、思い浮かばないまま。

 無言になった政宗をユカは横目で見た後、テーブルの上で両手を握りしめて……言葉を続けた。

「正直いまはまだ、意味が分からんことばっかり。伊達先生は独自理論ばっかりやし、政宗はバカやし、過去のあたしは頭の中がお花畑でいっちょんあてにならんし」

「ちょっと待てケッカ。さり気なく俺をディスるのやめてもらえませんかね!?」

「事実やけん受け入れんね。それで……今のあたしは、一歩引きすぎとると思うと。自分のことなのに他人事みたいって、この間政宗からも言われたけど……本当にそう。何も実感がないことを免罪符にして、自分から踏み込もうとしてない。これだと……何も変わらんと思う」

 自分に言い聞かせるように語気を強め、握った手に力を込める。そしてユカは強い決意と共に彼を見据えると、何の迷いもなく言葉を続けた。


「やけんがあたし、これから政宗と一緒に住もうと思っとると」

「そうなのか………………は?」


 彼女の言葉を聞いて内容を理解した政宗が、間の抜けた声を出す。

 そして、夢かと思った彼が、自分の手の甲をつねってみるけれど……痛いだけだった。

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