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エピソード6:一夜漬けの末路④

 次の日……政宗達が福岡に滞在する最終日の朝。時刻は間もなく9時20分。

 ユカは一人、福岡支局の前にいた。

 昨日までの予定であれば、政宗と統治も彼女に付き添う予定だった。それを断ったのは、ユカ本人の強い意思だ。


 これは自分の問題だから、あとは1人で片付ける。

 飛行機は夕方の16時過ぎだと聞いているから、2人は荷物の整理をしたりして、全て終わる11時過ぎに合流して欲しい……と。


「……よしっ」

 ポケットから取り出したSuicaを、一度、強く握りしめて。

 ユカは呼吸を整えると、入り口へ続く階段を登った。



 そして……彼女が建物に入ってから数時間後、時刻は間もなく午前11時。

 佐藤政宗は、福岡支局の前を忙しなく徘徊していた。

 実は既にこの10分前には支局前に到着していたのだが、瑠璃子から「こっちから呼ぶまで入ってこんでねー」と、インターフォンで盛大に門前払いをくらってしまい……為す術もないまま、ここから離れられないままなのだ。

 キャリーケースは既に福岡空港のコインロッカーに預けているため、2人とも身軽な状態でここにいる。時間的な余裕は十分にあるが、政宗の心には一切余裕がない状態だ。

「佐藤……落ち着かないか」

 階段のてすりに体重を預けて腕を組んでいる統治が、右往左往している政宗にジト目を向ける。

 政宗はそんな統治に非難じみた視線を向けると、やることもないので食って掛かった。

「統治は気にならないのか!?」

「気にしてもしょうがないだろうが。俺たちが動揺していると、山本も落ち着かないぞ」

「分かってるけどさ……!!」

 焦りを隠しきれない彼へ、統治は冷静に言葉を続ける。

「分かっているなら落ち着け。山本を信じていれば出来るはずだ」

 統治の言葉に、政宗はハッとした表情で言葉を切った後、自分自身を落ち着かせるように呼吸を整えた。

 そして、自身の左手を握りしめて……静かに、その時を待つ。


 数分後、入り口の扉を開けた瑠璃子が、笑顔で2人を中に招き入れた。


 政宗と統治が中に入ると、応接室のソファに座っていたユカがその状態で振り返り、どこか安心したような表情を見せる。

「政宗、統治……」

 政宗は早足で彼女へと近づくと、座っている彼女の斜め前に陣取って……口の中にたまった唾を飲み込んだ。気持ちはまるで、受験生の家庭教師。教え子がどんな結果を出すことが出来たのか……自分の目で確認するまでは、生きた心地すらしない。

「ケッカ、お疲れ様。終わったんだな」

「う、うん……今、瑠璃子さんが採点してくれとるけど……」

 ユカはそう言って、閉ざされた事務室の扉を見やる。入り口には一誠が立っており、すりガラスの向こう側を伺い知ることは出来ない。

「全部埋めたか?」

「それは勿論。自信は半々くらいやけど……」

 そう言って萎縮しそうになった自分を鼓舞するように、ユカは意識して顔を上げた。次の瞬間、事務室の扉が開いて……ユカの解答用紙を持った瑠璃子が出てくる。

 その姿を見た3人は、思わず各々で表情を強張らせた。

 瑠璃子は感情を悟らせない笑顔でユカの前に腰を下ろすと、テーブルの上に解答用紙を伏せて置いた。

「ユカちゃん、朝からお疲れ様でしたー。結果が出たよー」

「は、はいっ……!! あの、それで、どうでしたか……!?」

「知りたいー?」

「知りたいに決まってるじゃないですか!! は、早く教えて下さいよ!!」

「そうやねー」

「瑠璃子」

 一誠がジト目で瑠璃子を諌めると、彼女は「はーい」と頷きつつ……居住まいを正しいて彼女を見据え、机上の用紙を裏返した。

 解答用紙の右上に印字されていた点数を、3人が一斉に凝視して――


「――お疲れ様でした。文句なしの合格やね」


 記載されていた点数は、95点。8割がボーダーラインの試験だが、十分すぎる結果だと言える。

 政宗がユカの後ろから答案用紙を覗き込み、その内容の良さに目を丸くした。

「9割超え……マジかよ。正直、合格ラインギリギリかと思ってたけど……ほぼ完璧じゃないか」

「流石だな。これで仙台に……山本?」

 統治が何も言わない彼女を覗き込むと、ユカはどこか放心したような表情で解答用紙を持ち上げて……しげしげとそれを眺める。

「あたし……出来たと?」

 そう言って統治を見るから、彼もまた「ああ」と頷くことしか出来ない。目の前の現実が信じられないユカに、政宗は笑いながら点数を指差した。

「何言ってるんだよ。目の前の結果が信じられないのか?」

「信じられん……」

 ユカが正直な感想を口にすると、政宗が思わず吹き出して。

 そして、後ろから彼女の肩を叩き、明るい声を響かせる。

「実力で結果を出したんだよ!! これで堂々と仙台に帰れるぞ!!」


 3人がガヤガヤとしている様子を眺めながら……近づいてきた一誠が、立ち上がった瑠璃子に耳打ちした。

「……なぁ瑠璃子、採点、甘くしたとか?」

 そんな彼に、瑠璃子は笑顔で一誠を見上げ……首を横に振る。

「一誠、なんばいいよっとね。マークシートの機械採点やけんが、私にはどうも出来んと。やけんがこれが……今のユカちゃんの実力なんよー」

 瑠璃子はそう言って、改めて3人を見た。そして……満足そうな表情で目を細める。


 一緒に学んで、協力して困難を乗り越えて。

 最後は笑顔で締めくくられるはずだった10年前の研修、それが今……ようやく、終わったような気がしていた。


「10年前に見たかった景色……やっと、見れたかもしれん」

「瑠璃子……」

「……みんな、本当によう頑張ったね」

 そう言った彼女の声は、少しだけ震えていて。そのまま事務所の中へ戻っていった彼女の背中を、一誠は穏やかな笑顔で見送るのだった。


 と、いうわけで……晴れてユカは仙台へ戻ることとなった。

「じゃあこれ、ユカちゃんの航空券。今日は連休最終日やし、オンラインでチェックイン出来るけんが、時間があるうちにやっといたほうがいいかもしれんねー」

「ありがとうございます」

 ユカは瑠璃子から予約番号や便名などが書かれた書類を受け取ると、勉強道具などを入れていたリュックの中へ片付けた。

 既に仙台へ行くつもりで大きな荷物はまとめており、地下鉄天神駅に預けているので……それを引き取ってから、空港へ向かうことになる。

 時刻は間もなく11時30分。瑠璃子は自身のスマートフォンを操作しながら、今後の予定を共有した。

「セレナちゃんも空港に向かうって連絡が入っとるけんが、空港でお昼食べてからお土産探しやねー」

 こう聞くと、福岡で過ごす時間が残りわずかだということを悟る。胸の中に言いようのない寂しさを感じながら……ユカは改めて、瑠璃子と一誠へ頭を下げた。

「瑠璃子さん、一誠さん……本当にお世話になりました。そういえば、あの……孝高さんや麻里子様は……」

 実は今日、ユカは麻里子と顔を合わせてはいない。昨日、ユカが帰宅した時、麻里子はまだ帰宅しておらず……結局、朝になっても帰ってこなかったのだ。

 ユカの言葉に瑠璃子は「あぁ」と何かを思い出すと、ユカと、彼女の後ろにいる政宗へ視線を向ける。急に目が合った政宗が何だろうと首を傾げていると、瑠璃子は表情を変えずに、2人へと別ミッションを課したのだ。

「政宗君とユカちゃんは、ここでちょっと居残りになるねー」

 刹那、名指しされたユカと政宗が大きく目を見開き、互いに顔を見合わせる。そして、何の心当たりもないと互いに首を振った後……ぎこちなく、瑠璃子を見つめた。

 ユカはまぁ、分からなくもないけれど、どうして自分まで……恐怖心が育っていく政宗が、顔色を失いながら理由を尋ねる。

「いの、こり……ですか? あのースイマセン瑠璃子さん、どうして俺まで……?」

「さっき連絡が入ったっちゃけど、今から麻里子さんと孝高さんがココへ来て、仙台支局で開発した『遺痕』撮影アプリのリースに関する契約を結びたいんだってー。政宗君、実印とか持ってきとるー?」

「あるわけないじゃないですか!! っていうかそれ、今言います!? 俺、午前中はずっと暇してたんですけど!?」

「麻里子様の時間が今しか取れんかったとよー。朝まで中洲で飲んどったらしいけんねー」

「えぇっ!?」

 政宗は顔色をコロコロ変えながら、急いでカバンの中からタブレット端末を取り出した。中に保存してある説明書類のデータを呼び出して、脳内を早急に仕事モードへと切り替えていく。

 瑠璃子はそんな彼を横目で見ながら、次はユカへと視線を向ける。

「あと、ユカちゃんには、麻里子さんから言いたいことがあるらしいよー」

「へぁっ!?」

 自分関係ないじゃんと思っていたユカが一気に矢面に立たされ、盛大に顔色をなくした。そして、タイミングをあわせたように政宗と同時に統治を見やり……2人同時に追いすがる。

「ねぇ統治、一緒に残らん? だって統治が開発者やろ!?」

「そ、そうだよな!! 主に開発したのは統治だ!! お、俺は見守っただけで細かいことは分からないから……!!」

 そんな2人の切実な言葉を、統治は青ざめた真顔でバッサリ斬り捨てた。

「……呼ばれていない人間が同席するのは、失礼にあたるからな。仙台への土産は俺が買っておくから……後は頼んだぞ、佐藤支局長」

「都合のいいときだけ支局長呼ばわりするなよ!! えっ、マジで実印とか何も持ってな……えっ、俺、今から仕事するの? 俺が仙台に帰れないフラグ立ってないよな!?」

 頑張って仕事モードへと頭を切り替えようとして失敗している政宗から、統治は盛大に視線をそらしながら……話の長い麻里子に捕まって2人が昼食を食べる時間がなくなりませんように、と、願わずにはいられなかった。


 そして……更に2時間半後、13時30分を過ぎた頃。

 福岡支局から出てきたユカと政宗は……げっそりした表情で階段を降りると、地面に降り立ったところで盛大に息を吐いた。

「お、わったー……政宗、あたし達、頑張ったよね……2時間半で出てこれたよ!!」

 今まで、9割の時間は麻里子が1人で喋っていた。残りの1割は、孝高が仕事の話をしただけ。流石に政宗や仙台支局の正式な書類を用意出来なかったので、彼が戻り次第、必要書類を郵送するということで落ち着いたが……それ以降は、麻里子がひたっすら喋っていた。主に、2人の関係縁が紫色になった件についてを、延々と。

 ユカ自身も心当たりがないと言っても、「そげなことあるわけなか」と一蹴され……次に来る時の手土産まで丁寧に指定された後、孝高のとりなしもあって無事に解放されたのだ。

「まぁ……ガッツリうな重食べさせてもらったけどな……!!」

「そ、それはまぁ、接待ってことで……」

 ユカは乾いた笑いを浮かべつつ、改めて……福岡支局の入っている建物を見上げる。

 青空を背景に、少々貫禄のある茶色い外装の建物がそこにあった。築年数を考えると、ユカが生まれる前からずっとここにあり……彼女自身も約10年間、ずっと通い続けた場所だ。

 次にいつ、ここに帰ってくるのかは分からないけれど……ただ、次に帰ってくるときは、今より更に成長した自分でありたい。


「……またね」


 呟いたのは、未来への約束。

 同時に、次はもっと肩の力を抜けるような用事で帰ってきたいと切に願う。


「ケッカ、行くぞ」


 少し進んだ先で振り返る彼に、ユカは一度だけ頷くと……小走りで追いついて、隣に並んだ。

 うちの主人公、やれば出来る子なんです。

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