エピソード6:一夜漬けの末路③
結局、ユカと政宗が瑠璃子達の家を後にしたのは……22時を過ぎた頃だった。
瑠璃子はお酒を飲んでいるし、何よりも車は一誠が使っているのでここにはない。時間も遅いのでタクシーで帰るかと瑠璃子が問いかけると、政宗より先にユカが首を横に振って、地下鉄を使って帰ると言い放った。
「百道浜はここから近いですし、慣れた道だから大丈夫です。政宗は博多駅やんね……バスやったら駅から直通があるとやか……?」
本気で思案するユカに、「流石に近くまで送っていくからな!?」と彼が自分から言いだしたことで……2人は今、地下鉄の藤崎駅から百道浜方面へ向かう道のりを歩いていた。
この道は昨日の朝、統治と一緒に歩いた道だ。あの時はユカを探すことで精一杯だったけれど……今、彼女は隣にいてくれる。それだけで達成感がこみ上げてくる。
「……懐かしかね」
夜風に髪をなびかせ、街頭に照らされた歩道を歩きながら、ユカが思わず口をほころばせた。彼女が言いたいことを悟った政宗もまた、静かに同意して前を見つめる。
「……10年だもんな」
出会って10年という時間は、決して短くない。
その間に彼は心身ともに大人になり、彼女は――
事実を自覚した政宗が、言いようのない切なさを感じていると……ユカが前方に何かを見つけ、首を傾げた。
「……あれ、なんかあそこ……電柱が壊れとる?」
彼女が指を指した先には、道沿いに並ぶ電信柱。それが他と違う点は、コンクリートの一部が剥がれ落ちており、中の鉄芯が露出しているところだ。近づかないようにということで、工事現場に置いてあるようなコーンとポールで囲まれている。
まるで、外側から何かがぶつかったよう。
それを見た瞬間、政宗の中で……昨日見たことが思い出される。
ここは昨日、貴子のせいで無関係の人が事故を起こしていた……正にその場所だということを思い出したから。
政宗が無言になったことに気付いたユカは、ここで、彼が昨日、福岡支局で語っていたことを思い出して……息を吐いた。
「そういえば……『遺痕』のせいで事故が発生したんやったっけ。ここやったっちゃね」
「あ……」
その反応で確信したユカは、段々と近づいてくる現場に目を細めつつ……ポツポツと吐き出した。
この事故現場から、自分が身を潜めていた場所までは、目と鼻の先。
もしも偶然昨日、出会っていたら――そう思うと背筋が寒くなる。
「昨日もこげんすぐ近くまで来とったんやね。政宗達が無事で良かったけど、無関係の人、巻き込んで……」
やがてユカは現場の前に立つと、軽く目を閉じて頭を下げた。そして振り返り、自分の後ろで困った顔をしている政宗を見上げ……苦笑いを浮かべる。
「しんみりしてごめん。もう終わった、全部終わったけんが……こげなことは二度と起こらんとよ」
「あ、ああ……そうだよな」
ユカの言葉に政宗は我に返ると、彼女の隣に立って再び歩き始めた。
そう、ユカの言う通りだ。貴子の件は終わったから、福岡ではもう、こんなことは起こらない。
そのことを明るく伝えればいいだけなのに……どうして、言えないんだろう。
その答えは分かっている。ユカが明日の試験に合格するかどうかが……現時点で不明瞭だからだ。
勉強はしたし、彼女は苦手を克服しようと努力していた。でも……その成果を明日、完璧に出せるかどうかは彼女次第だ。どれだけ願っても、政宗が代わってあげることは出来ない。
10年前、彼女を目の前で失いかけたときのように。
どれだけ願っても……出来ないことは出来ないのだから。
互いに無言になってしまった2人は、大通りに突き当たった。信号待ちをしている間……ユカは彼から視線をそらしつつ、両手を握りしめて口を開く。
「あの……その、言いたいことが、あるんやけど……」
こう言われた瞬間、政宗はビクリと両肩で反応して……ユカから盛大に視線をそらした。
こんなシチュエーションでとぼけられるようなメンタルは、残念ながら持ち合わせていないのだ。
彼女が2人きりになったタイミングで口にすることなんて……嫌でもある程度予測出来るから。
「お、おう……思ってることは、何でも言ってくれ……」
自分の思いがどうなるか分からないけれど、想いを告げたことに後悔はしていない。
だから――
「ケッカ、俺は――」
「――あたし、なして政宗のことが好きなのか分からんと!!」
「……はい?」
政宗が盛大に間の抜けた声を出した次の瞬間、歩行者用の信号が青に変わった。
彼女が何を言っているのか分からなかったので、とりあえず横断歩道を渡った後……政宗は、近くにある百道中央公園のベンチで落ち着いて話をすることを提案した。
近くの自動販売機で飲み物を調達してから、公園内で見つけたベンチに並んで腰を下ろす。遊具や散策路のみならず、野球のグランドも整備されているほど広い公園だが、夜も深まってるため……周囲には誰も居ない。
政宗は缶コーヒーをあけながら、隣に座っているユカを恐る恐る見つめた。
「そ、それでケッカ……あのー、さっき、何を言ってたんだ?」
聞き間違いでなければ、ユカは「政宗のことは好き」だと言っていた。しかし、その言葉の後に「分からない」とも。
一体何がどうなっているのか……説明を求める彼に、ユカは真顔で返答する。
「だから、あたしがなして政宗を好きなのか分からんって……」
「――待て待て待て。今の言葉に俺は喜べばいいのが凹めばいいのか分からないぞ!? そ、そもそもケッカは、ケッカは……その、俺の、ことが……」
彼女の意思を問いかけようとしたところで、口がモゴモゴしてしまう。そんな政宗にユカは目を丸くした後……呆けた様子で問いかけた。
「あの、さ……政宗、まさかとは思うっちゃけど……気付いとらん?」」
「へ? き、気付く?」
先程から彼女が何を言っているのか本気で分からない。缶コーヒーを握ったまま目を丸くする政宗へ、ユカは思案した後……自分の左手を彼の前にかざしてみせた。そして。
「えぇっと……とりあえず、あたしと政宗の『関係縁』、いますぐに視てくれるやか?」
「か、『関係縁』を? 分かった……」
ユカの言葉に政宗は頷いた後、瞬きをして世界の視え方を切り替えた。そして、恐る恐る自分とユカを繋ぐ『関係縁』を見つめて……これまでにないほど盛大に目を見開く。
これまで、政宗側は紫、ユカ側は赤かったはずの片思い『関係縁』は、その1本が全て、綺麗な紫色に染まっていたのだから。
「……は!?」
それを理解した瞬間、夜の公園に彼の間抜けな声が響いた。ユカからのジト目ですぐに我に返った政宗だが、もう一度、それを何度も凝視して……固まったままユカを見つめる。
『関係縁』は普段、赤色が普通だ。ただし、それが恋愛感情を抱く相手と繋がっている場合は、紫色に染まっていく。
それは片思いでも同じこと。だから、これまでの政宗とユカの『関係縁』は……政宗側が紫色で、ユカ側が赤かった。一目瞭然の色違い、疑う余地もない片思いだったはずなのに。
「け、けっか、さん……おれたち、りょうおもいになってる、ん、です、けど……」
「そうなんよ。なして?」
「だからなんでそれを俺に聞くんだよ!? 俺は昨日告白しただろうが!!」
「そげなこと分かっとるよ!! やけど、あたしは分からんっちゃもん!!」
苛立ちに苛立ちで応酬したユカは、自分を落ち着かせるために、先ほど購入した缶のカフェオレをすすった。
優しい甘味と確かな苦味。その両方を噛み締めて……ユカは静かに、正直な思いを口に出す。
「……まだ、分からんっちゃもん……確かに政宗のことは大切やけど、統治やセレナ、他のみんなのことも大切やし……第一、あたしが政宗を好きになったキッカケを、しっかり思い出せんし……」
「え……」
「色がはっきり変わったことに気付いたのは、今日、お母さんとの『関係縁』が切れた後なんやけど……なしてこのタイミングで色が変わったのか、いっちょん分からん。分かっとるのは……あたしが政宗のことを好き『らしい』っていうことだけで……やけんが、こうなったヒントが、仙台にある手紙の中に隠れとる気がすると」
「あ……」
ユカの言葉に、政宗は軽く目を見開き……昨日、博多駅の屋上で語ったことを思い出す。
――その……実は、6月のケッカから……ややこしいな、とにかく過去のユカから、今のユカに向けて書かれた手紙を預かってるんだ。
その手紙はかつて、6月に出会った彼女から託されたものだ。
もしも、未来を生きている自分が困っていたら渡して欲しい、そんな言伝と一緒に。
ユカはカフェオレを自分の脇に置くと、両手を見ろして……目を伏せた。
実感がない両思い。『好き』という感情を『理解出来ない』自分。
欠けた感情のヒントが仙台にあるのであれば、明日、絶対に戻らなければならないと改めて思う。
「成長したあたしは、間違いなく政宗のことが好きなんだと思う。今のあたしにはその記憶が中途半端なままやけんが、こげなことになっとるのかもしれん。やけんが……って、政宗?」
ユカが淡々と事実を積み重ねていく間、政宗は目を様々な方向に泳がせて……心がここになかった。
「政宗、聞いとる?」
「へっ!? あ、あぁ!! 当たり前だろ!!」
「じゃあ、なしてそげん目が泳いどると? 真面目に聞いとるつもりなら、相手の顔ば見らんといかんやろうもん」
どこか不満そうな彼女を、政宗は恐る恐る見つめて……再び盛大に視線をそらした。
「ちょっと、政宗」
彼女からどれだけジト目を向けられても、こればっかりはどうしようもない。
10年間好きだった相手が、自分を好きになろうとしてくれている。
それだけで……泣きそうになるくらい、嬉しいのに。
政宗は困惑を見せないように顔をそらしながら、必死に言い訳を続けた。
「……ま、まともに見れるわけがないだろう? 俺、ケッカに10年片思いしてたんだぞ、それで……」
「それが成就しそうやけん良かったやんね。おめでとう」
「だからもう少し情緒をくれませんかねケッカさん!! さっきからケッカが他人事なのが一番腹が立つんだよ!!」
彼がそう言って反射的にユカを見下ろした次の瞬間――笑顔の彼女に見つめられ、思わず目が離せなくなった。
ユカはしてやったりと言いたげな表情で彼を見据えた後……彼の左手をベンチの上で握って、口元を綻ばせる。
「もう少し……もう少しだけ、時間を頂戴。あたし、ちゃんと思い出すけんが」
「ケッカ……」
「まずは明日の試験をパスして、仙台に帰って……手紙を読んだら、きっと分かる。きっと……」
ユカは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、言葉を続けた。
「この『縁』が繋がってる限り、気持ちが消えることはなかよ。あたしの中にもちゃんと……『好き』って気持ちが、必ずあるはずやけんね」
「っ……!!」
――この『縁』が繋がってる限り、消えることはなかよ。『ケッカ』の中にもきっと、あたしと同じ……『好き』って気持ちが、必ずあるはず。
6月に出会った彼女が、自分にかけてくれた言葉。
あの時も彼女が自分に手を添えてくれて、それで――
あの時はここから、彼女を守ることが出来なくて。
泣いて、喚いて、後悔に明け暮れた……そんな日々を過ごしていたから。
そして、そんな自分を救ってくれたのも……過去を知らない彼女だったことを、改めて思い出す。
「……凄いな、ケッカ」
「政宗?」
「ケッカは……俺が欲しい言葉をちゃんと言ってくれるんだ。ありがとな」
そう言って涙目のまま笑う彼の真意は、今はまだ、ちゃんと分からない。
分からないから……ちゃんと、知りたくなる。
そのためにどうすればいいのか……しっかり考えて、結論を出さなければ。
ユカが1人、心の中である想いを抱き始めた一方……政宗は右手で目尻の涙を拭うと、呼吸を整えて話を整理した。
「とりあえず……両親との『関係縁』が切れたことで、ケッカの中でも目に見えない変化が起こってるのかもしれない。特に具合が悪いところはない……よな?」
「うん、それは大丈夫。後は明日、あたしが頑張るだけやね」
ユカの言葉に首肯した政宗は、左手を少しだけ動かして、ユカの手を包むように手を握り直した。そして、少しだけ困惑している彼女を笑顔で見据えて、彼女に伝えたい言葉を探す。
これまでは、彼女が先に笑顔を向けてくれたから。
次に同じような機会があれば……必ず自分からだと、心に決めていた。
「明日の試験、ケッカならパス出来る。俺が保証するよ」
「政宗……」
「根拠がないって思ってないか? 根拠ならあるよ。だって……ケッカはずっと、そうやってきたんだ」
10年前――それ以上前から、理不尽と戦って。
成長という平等な時の経過を享受出来なくても、諦めずに前へ進んでいる。
今はその軌跡に、心からの感謝を。
そして……これから先、少しでも自分が寄り添っていけるようにと、願わずにはいられない。
「ケッカは福岡で、そして仙台で、ずっと頑張ってきた。今回だって誰よりも辛いはずなのに折れずに立ち向かって……自分の力で、結果を残した。だから明日だって大丈夫だ。一緒に勉強して、俺はそう思ってる」
「本当に……?」
「ああ。苦手なところも最後は間違えなくなってきてたし……そうだよな、10年前からずっと、ケッカは物覚えが早かった。俺はそれをよく知ってるんだ。だから、明日だって楽勝だ」
10年前の合宿でも、ユカは座学で分からないところを、政宗から教えてもらっていた。
そこで身についた知識は今、『縁故』として生きる上で大切な武器になっている。
当時のことを思い出したユカも、頬を緩めて一度だけ頷いた。
「そうやったね……あたし、政宗に教わって、失敗したことなかったっけ」
「そういうこと。だから今回も大丈夫だ」
そう言って笑う彼の左手を、ユカが両手で強く握りしめた。そして、少し驚く彼の胸に帽子ごと頭を押し当てて……小声で、願い事を口にする。
「……もう一回、言って。あたしなら大丈夫だって」
「ケッカ……」
「自分のことは曖昧すぎて信じられんけど……今の政宗の言葉なら、きっと、信じられるけんが」
彼女の言葉に政宗は頷いた後、両手で彼女の手を包んだ。
不安があることを正直に打ち明けてくれたことが嬉しかった。だからこそ……自分もちゃんと、正直に伝えたい。
これまでにも自信がないことは沢山あったし、トラブルも数えられないくらいあった。それでも……『縁』を繋いで、何とかしてきた。
悩みや不安は常に付きまとう。1つ解決すれば、また1つ……とめどなく襲い掛かってくるけれど。
でも……そう簡単に叶えられないことを、周囲の力で何とかしてきた、それが、今ここにいる、今を生きる自分たちだから。
「ケッカなら大丈夫だ。だから明日、一緒に帰ろう」
「うん」
「それで……今度は仕事とか関係なく福岡に遊びに来て、屋台をハシゴだな」
「やだ」
「勉強見てやってるんだから、少しくらい付き合ってくれよ。まぁとにかく、頑張ってるのは俺が一番知ってるよ。だから未来はオーライだ」
「本当に? 一番とか話盛っとらん?」
「盛ってないって。だって……」
政宗は自分に顔を見せないようにしているユカの背中を見下ろした後、彼女の名前を呼んで、顔を上げるように促した。そして……泣かないように感情を堪えているユカの両手をもう一度強く握って、ちゃんと前を見て、自分の気持ちを声に出す。
「……そんな頑張り屋のユカのことが、俺はずっと大好きなんだからな」
言い終えた後にユカを見ると、彼女は耳まで赤くして政宗を見つめた後……無言で彼にすがりつき、静かに両肩を震わせた。
政宗はそんな彼女を抱きしめて、その泣き顔を覆い隠す。
彼女が誰の目も気にすることなく、感情をここに吐き出して……明日からまだ、一緒に歩き出せるように。
第3幕の6-③(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/30/)で、ユカが政宗に言ったこと、その次の6-④(https://ncode.syosetu.com/n2252eb/31/)で、政宗がユカに伝えたこと。
これを改めて、今の2人で言い直したことで……第3幕は本当に清算出来た気がしました。過去の本文から沢山コピペしてます。(ヲイ)
狛原ひのさんのイラストは、見るだけで霧原の涙腺を刺激してくるので迂闊に使えないのですが(笑)、今回は使うしかないと思って使わせていただきました!! 続けてきたからこそ出来ることです。ありがてぇ……。
初稿ではユカがもっと早い段階から泣きじゃくっていて、政宗がそれを受け止めていたんですけど……『山本結果』ってそう簡単に泣くキャラじゃないなって違和感が残っていたので、直前で書き直しました。2人の間に流れる空気はこれくらい軽いほうが丁度よいと改めて思います。
本編では散々ヘタレだと言われている(率先して霧原が言っている)彼ですが、前よりも更に成長出来た、かな。本当にW主人公のようになってきましたが……さぁ、ここからはユカに再び頑張ってもらいましょう。
そう、あと2話くらいで終わりそうですが……まだもうちょっとだけ続くんじゃ……!!




